あっさりと、泰明の罪は許された。

師匠がそれを告げて出て行くと、部屋に敷かれた結界は、幻の如く消え去った。

さすがにまだ仕事をすることはできないが、外に出られるし永泉も誰も付けずに泰明の部屋へ来る。

師匠も、随分と尽力してくれたのだと、永泉から聞いた。

自分は、まだこの体を使ってもいいのかと師匠に直接聞くと、何百枚と符を書く仕事を押し付けられた。

大量の紙の前で困惑していると、やってきた永泉が笑って言った。

「その体を使って書いてくださいという意味ではないでしょうか？泰明殿は、字もお上手ですし・・・」

泰明が、自由になっても。

永泉は、泰明の側に座る。

話だけをするには、近すぎる距離に。

「・・・噛むな」

眉を寄せて、唇がわずかに歪む。

永泉が自分の口腔内を噛むときの癖を見抜いた泰明は、細い顎を取ってそれを止めた。

「でも、泰明殿・・・私の血、お好きでしょう？」

見上げる永泉の顎が、以前よりも尖って見える。

腕の中に収まった体は、奇妙に細くて骨が当たる。

泰明の元へ来るたびに、口の中に傷をつくっているので、食べるのが辛いのだろうと、先日やっと気がついた。

「好きだが、それはいけないことだろう」

「いけなくはないです。あの、このくらいで、我慢していただけるなら・・・」

「我慢が効かなくなったらどうする」

「ですから、人に見つからないところで食べてくださいね」

永泉が嬉しそうなのは何故だろう？

「・・・本当に食らうぞ」

「はい・・・たべて、ください・・・・」

かすれた声。

永泉は、声まで甘いのか。

その甘さに誘われるように、今日は血の付いていない唇に、自分のそれを寄せる。

口腔の細かい傷を舐め、思い立って袖を引き、包帯の取れた肩をあらわにした。

なめらかな肌が、そこだけ醜くひしゃげていた。

自分の噛み跡。

悪いことをしたと思っているが、しなければ良かったとは思っていない自分に気づく。

それは、自分の噛み跡。

永泉に残した、自分の跡。

そう思うと、たまらなくなった。

その傷跡に唇を寄せる。

舐めて、舌に当たる皮膚の凹凸を楽しむ。

なめらかな肌は、いつも舌にするように、軽く噛む。

永泉の腕が、泰明の背中に回って、泰明は嬉しくなった。

あたたかい。

あの時の苛立ちと、似た感触が胸にある。焼け付くような、もどかしいようなそれは、しかし自分がちゃんと気をつけていれば、永泉を傷つけるものではないと、もう泰明にはわかっていた。

もっともっと、永泉が欲しい。

でも、食べてしまってはいけないのだ。

肉の代わりに唇を割り、血の代わりに唾液をすする。

そうして、うっかり強く噛んでしまわないように気をつけて、体中、全部に口をつける。

どこもかしこも、なめらかで柔らかくて気持ち良い永泉。

邪魔な僧衣は取り去って、指先や胸に付いた赤みや、足の間などの、少し出っ張ったところをきつく吸う。

「や・・・やすあきどの、そこ、だめ・・・っ」

「だめなのか？」

足の間に吸い付いていると、永泉の指が強く髪を引いた。

何故だか、激しく落胆した。

「食べてもいいのにここはだめなのか？」

「だっ・・・だって汚いです・・・」

「汚くない。しかし・・・おまえがだめだと言うのなら、仕方がない」

目の奥がじんわりと痛くなった。瞬きをすると視界が悪くなる。

「や・・・泰明殿・・・・」

永泉の慌てた声が聞こえ、あたたかく濡れたものが目元をぬぐい、少し、物が見えやすくなった。

「あの、その・・・ここ、触ってもいいですから・・・ですから、泣かないでください・・・・」

「いいのか？」

「は、い・・・・」

うつむいた永泉の頬が赤い。

乱れた髪のかかる肩も胸元も、赤い。

いつまでも見ていたくなったが、せっかくいいと言ってくれたのだから、元のところに顔を伏せる。

「ん、んっ・・・」

やがてそこは、白くて甘苦いものを吐き出した。

「・・・旨い」

「・・・・・っ！」

更に赤く染まる永泉の肌が、目に楽しい。

どうしたら、もっと楽しいだろう。

そういえば。

泰明は、以前永泉が言っていたことを思い出した。

「恋人」「閨ごと」「愛し合っている」

そういうときにすることは、知識の上では知っている。

自分の下で、甘い息をついている永泉を見下ろす。

食べてもいいのなら。

「抱いても、いいか？」

知識の上にある「一応の礼儀」に則って、既に裸身をさらしている永泉に問い掛ける泰明は、断られることなど、端から考えてはいなかった。