死の重さ ３
『的』は、予想どおり７つだった。
立て続けに引き金を引く。
３つが命中、もう１つ当たるには当たったが、急所ではない。
残りは物陰に隠れ、そこから撃とうと体勢を立て直そうとする。
こちらの損害はほぼゼロに近い。向こうの戦力は半減した。ここはいったん弾除けになる場所に入って、様子を見るべきだ。
そうする、べきだ。
アスランはほんの一瞬だけそう思い、しかしそのまま床を蹴って踏み込んだ。
時々、こんな感覚が訪れる。
飛んでくる弾丸の機動が読める。
残りの『的』の動きが、まるでスローモーションのようによくわかる。
そうしてそれに、体がちゃんと、ついていく。
アスランを撃つために、ほんの一瞬覗かせた的の頭部を２つ打ち抜く。
どうしてもそれが撃ちにくかった的の、銃を持った手を１つ。
アスランに撃たれ、転がったままだった的が銃を握った腕を持ち上げたのが見えて。
駆け抜けざまにそれを踏み折る。
着地点がその的の腹だったものだから、踵が肋骨と内臓までを踏み潰し、ぐしゃりと血の沼を作った。
「が、あぁ…・」
その、断末の声に。
骨と肉を踏む感触に。
我に返りかけたアスランは、しかし右肩を駆け抜けた衝撃に、ほとんど反射で左手を動かし、シンの銃を抜いた。
それでも残った１つの急所を狙わずに、先程撃った手とは逆の肩と、両足だけを打ち抜いたのは、理性が戻りかけていたからだろう。
『関係者なら、死なれても困る』
そう言ったのは自分だ。皆殺しはまずい。
そんな軍人の、理性が。
その理性が。
足元で痙攣する子供を、応援が来るまで持たないと判断して。
躊躇いもなく、とどめをさした。
「とりあえず止血するぞ。ああ馬鹿動くな、余計血が出る」
銃声が止むまでは、あっという間だった。
戻ってきたアスランの変わらない声と、触れてきた指に、少し、安堵する。
ほんの数秒だったけど、一人でここに転がっているのは怖かった。
痛いよ。
痛い。
死にたくない。
それだけでいっぱいの頭に響く銃声は、ひとつひとつが再び撃ち抜かれるような心地がして。本当にほんとうに怖かった。
死んじゃう、って。本気で、思った。
「ア…スラ…・・」
「しゃべるな。大人しくしてろ。…・だから、片腕だとやりにくいんだ動くな！」
叱られて、シンは大人しくされるがままに手当てされた。
パイロットスーツを切り開かれ、傷口を固めるスプレーを吹き付けられて、他に何も考えられなくなるような痛みに悶絶しているうちに、申し訳程度の止血布を巻かれて、首筋に無痛注射を打たれた。
それからまた、ひょいと覗き込まれる。
「俺は機に戻って状況を報告してくる。医療班の手配も頼んで来るから。…・だから、もう大丈夫だ」
大丈夫？
俺。
「しなな…い？」
こんなに、痛いのに？
薬を吹き付けられた傷口は、鼓動のたびに、痛みを新たにしているのに。
「ああ。しかしこれ以上出血したらわからないからな、お前はここに置いて行く。大人しくしてろ」
そう言ったアスランが、くるりと踵を返したので。
シンは慌てて、何故だか真っ赤になった彼のブーツを掴もうとした。
「いっ…」
「馬鹿、何やってるんだ」
掴み損なって、踏まれそうになって。それでもアスランはさすがのバランス感覚でそれを回避したが、腕を伸ばしたシンの方は、その動きだけで痛みに呻いた。
「い、かな…」
行かないで。
大丈夫、って、言うけど。
本当なの？
怖いよ。
怖い。
「…・大丈夫、だ」
でも、アスランはそう言って。
シンの頭を、ひとつ撫でてくれた。
「敵はもういない。確認してきた。ここは安全だ」
そうじゃ、なくて。
シンがそれを言う間もなく。
掴もうとしたブーツは、ぬるりと指先を滑って。
アスランは、そのまま靴音を響かせて、駆けて行ってしまった。
や…だ。
恐怖に乾いていたシンの目に、じわり、と涙が浮かぶ。
嫌だよ。怖い。
でも、追いかけられない。痛くて怖い。
動いたら、お腹の中出ちゃうんじゃないかとか、そんなこと考えて、余計に、怖い。
でも。
それでも。
吹き付けられた薬の局部麻酔効果が効き始めれば、急速に引いてきた痛みに、シンは恐る恐る、くらくらとする頭をめぐらせて、自分の腹を見下ろした。
腹を覆う布に阻まれて、傷口は見えない。
それでも白い布は真っ赤になっていて、赤いパイロットスーツの上に、それよりもずっと赤い血が乗って、床にもたくさん、赤い液体がこぼれていて、ゾッっとした。
『大丈夫』って、隊長言ってたけど。
ほんとにこれ、大丈夫…？
薬のせいで、痛みは遠い。
それよりも、恐怖と不安が先に立った。
隊長。
アスラン、さん。
『助けてやる』と言った人の姿を追って、シンはずるずると部屋の外へと這い出した。
入り口には、赤い足跡。ザフトのブーツ。あの人の。
それから。
シンは、目をしばたたかせた。
薄暗く、無機質だったはずの空間は、薄暗いまま、しかし恐ろしい色で埋め尽くされていた。
赤。
いっぱいの、赤。
シンよりも幼く見える少年が、頭を打ちぬかれて、壁に大きな赤い飛沫を染み付かせていた。
床に転がっていたのは、ステラを思わせる、金髪の少女。
顔の造作はわからない。
暗いよりも、赤くて、しかもなんだかひしゃげてて、わからない。
その向こうには、やっぱり赤い、あかい誰か。
シンと同じ。お腹が真っ赤で。
何故だか、その子だけは、表情を読み取ることができた。
できてしまった。
見開かれた目。
開かれた口。
ひと目でわかる、苦痛と恐怖。
シンと、同じ。
ビリ、と、胃が痙攣するのがわかった。
吐瀉物を喉に詰まらせないように、首を上げる理性があったのが不思議だった。
吐いた後は、ただ、泣いた。
何が悲しいのか、それとも痛いからなのか怖いからなのか、わからなかったけれど、泣いた。