死の重さ ２
「ア…・」
「動くな」
そう言いながら、アスランは部屋の外とシンの傷と、両方を注意深く観察する。
まずい、な。脇腹を撃たれている。位置からして重要な臓器は無事だろうが、このまま放置すれば、出血多量で長くは持たない。
ドアの向こう、敵は近づいては来ない…が、撃つのを止めれば当然来るだろう。部屋の中にあったものは、すべて撤去されていて、壁にしつらえられた空の棚しかない。ここにまた手榴弾でも放り込まれれば、今度は隠れるところがない。
このままでは、応急手当さえ、できない。
「シン、シン。自分で…」
手当てできるか、と聞こうとして諦めた。
シンは、引き倒された格好のまま、呆然とアスランを見上げている。
動こうとも、していない。
「シン、腹の他に負傷したところ、あるか」
聞いても、彼は呆然と、ちいさく首を横に振った。
「わ、かん、な…・」
「わかった。じっとしてろ」
シンには、何が何だかわからなかった。
大きな音がして。
ずん、と、腹と背中に酷い衝撃があって、なんでかひっくり返ってそのまま引きずっていかれて。
それで。
それで。
「い、た…・」
痛みは、今頃やってきた。
痛い。
よりも熱い。
より、痛い。
だって、おなか。
ぐちゃって。
て、いうか、これ。
血、いっぱいで。
これ、俺。
どう、なっちゃうの…？
「う、ぁ…・」
パニックを起こしかけたシン頬を、アスランの手がざらりと撫でた。
「大丈夫だ。エマージェンシーは出したから、すぐに増援…救助が、来る」
嘘ではない。
しかし。
アスランは、ミネルバから、ここまでに掛かった時間を考えた。
しかも、ここは元連合の施設だ。ニュートロンジャマーキャンセラーが設置されていない。
使えるのは、ドッグタグとセットになっている簡易ビーコンのみ。状況説明が、出来ない。
増援は恐らく、注意深く潜入してくるだろう。
それでは、恐らく間に合わない。
間に合わないんだ。
アスランは、立て続けに引き金を引いた。
向こうの気配を探りながら、カートリッジを入れ替えて、また、撃つ。
ちらりとシンの様子を見る。
出血量、手足の震え。
それから、アスランを見上げる、赤い瞳。
「俺、…死んじゃう？」
聞いたこともないような、細い声。
いつもの無駄な強気はどこへ行った？
「死なせない」
だから、アスランはことさら強くそう言った。
シンの分まで。
俺が、強く在らないと。
「死にたく、ない」
「大丈夫だ」
「死にたく、ないよ…・」
痛い、痛いよ。
おなか、ぐちゃってしてる。
初め熱かったのに、今は、痺れたみたいに冷たい。
痺れたみたいなのに痛い。
こんな、痛かったら、死んじゃう。
みんなみたいに、なっちゃう…
奇妙にひしゃげた、母さんの体。
潰れてた父さん。
それから。
それから。
千切れてた、マユの手。
あんなふうになりたくない。
痛いよ。
怖いよ。
怖いよ。
怖い、よぉ…
「大丈夫だ」
アスランは、馬鹿のように繰り返し、銃を握り締めたままだった、シンの右手を片手で取った。
シンの指は、かたかたと震えて、そのくせ固まっていて。
それでもアスランが一度、力強く握ると、ふっと力を失って、握っていた金属の塊を落とす。
赤い瞳がアスランを見上げる。
そこに浮かんだ絶望を読み取ってしまい、アスランは強く首を振った。
「大丈夫だ。助けてやる」
そう、応えて。
シンの落とした銃を、無造作に自分のホルスターへ突っ込んだ。
それから二度、部屋の外へと引き金を引き、まだ弾の残っているカートリッジを引き抜いて、真新しいものに変え。
誘うように、半身を、ドアの外へ出した。
とたんに響く銃声。パイロットスーツが何箇所か裂ける。ここが地上で良かったよ。宇宙空間だったらこれだけで致命傷だ。
アスランの誘いに乗ったのか、バラバラと、足音が聞こえた。
思っていたよりも、軽い音。
もしかして、子供…か？
何にせよ、やりにくい相手だということは、その音だけで、知れた。
だからアスランは、シンの傷に目をやった。
血の止まらない傷。
それから、それと同じ色の、赤い瞳を。
「大丈夫だ」
大丈夫、どんな相手でも撃てる。
こいつのためなら。
俺は、撃てる。
聞こえる、軽い足音。
子供の、足音。
その足音の数から推測する。
７人、か、８人。
神経を研ぎ澄ませ。正確に把握しろ。
向かっているのは…・７人。
先ほどの斉射の様子を思い返す。
今、ここにいるのは、７人。だな。
他にもいたら、どうにもならない。だから、ここは賭ける。
７人だ。
向こうの増援が来る前に、７人倒せば逃げられるということだ。
アスランは銃を構えなおした。
それから一度瞑目し。
そうして、身をひるがえした。