死の重さ １
「探査任務・・・でありますかぁ？」
部下の上げた素っ頓狂な声に、アスランは命令書を握り締めることで、怒りを抑えた。
「お前な、上の命令にそういう不満げな声出すのいいかげんやめろ」
「だって俺、MSパイロットですよ？」
なんで探査任務！？と騒ぐシンを見下ろしながら、平常心、平常心、と自分に暗示を掛ける。
グラディス艦長、恨みます。
「艦内の人間の訓練時データをすべてチェックした上で、お前かレイが適任と艦長が判断したんだ。なら、お前のインパルスの方がこういう仕事は向いている」
あなたたち、もうちょっと上手くやんなさい、と、彼女の声が聞こえるようだ。
ほっといてくださいと言えないのは、アスランも自分の非を認めているから。
なんでこんなに上手く出来ないのか、自分でも良くわからない。
「アンタのセイバーは向いてませんよね」
「いちいちそういう物言いを・・・いいから、これが命令書の写し、これが現場のデータ、これが探査プランだ。出発は二時間後、それまでに目を通しておけ。いいな」
「二時間後！？」
「いちいち騒ぐな！」
とうとう我慢しきれずに、シンの頭をごんと叩き。
アスランは、踵を返して格納庫に向かった。
セイバーが向いていないことくらい、わかっている。
ならば、せめてそれなりに調整しなければ。
探査対象の研究所跡と思しき施設は、しんと静まり返って暗かった。
当たり前だ。事前に渡されたデータでは、既に放棄されて無人らしいと云っている。
それでも注意深く歩を進めながら、シンは先を行くアスランの背中に声を掛けた。
「ねえ隊長、そんな警戒しなくても、誰もいないっぽいですよ」
「いないから危険がないって訳じゃない。…それに」
アスランは、暗い通路の先を、目を細めてじっと見やった。
「・・・いる。たぶん」
「え！？」
驚きの声を上げてしまってから、シンは慌てて銃を持った手で口を押さえた。
それから、今まで散々しゃべってしまっているので、いまさらだと気がつく。
「MSで乗り付けてるんだ。とうに向こうは感づいているさ」
アスランが更に畳み掛け、シンは口を押さえた手をどけた。
「なんで、わかるんです」
「生き物の気配がする。動物なら、こんな時に逃げもせず、気配を殺しているはずがない」
シンのパイロットスーツの中に、どっと嫌な汗が流れた。
正直なところ、シンは今まで、生身で敵の前に出たことがない。
当たり前だ。シンは、MSパイロットなのだから。
この人だって、そのはずなのに。
なのに。
「せめて、相手がここの施設の者か、後から入り込んだ無関係の者かは確認して帰りたいな。・・・できれば、数と装備も」
「MSで制圧しちゃえばいいんじゃないですか？」
「馬鹿かお前は。何故上が探査だと言ってきたか考えろ」
馬鹿と言われて腹が立ったが、それでも考えろと言われたシンは、素直にその理由を考えた。
「え・・・・っと。あ、施設とか壊されたら困る？」
「関係者なら、死なれても困る」
そう言いながらも、アスランは迷っていた。
もしかしたら、ここで一度引いた方がいいかも知れない。
シンは経験が浅すぎるし、こちらは二人、向こうは少なくともそれ以上だろう。
自分がここに残って監視、その間にシンをインパルスに戻させて、増援を頼むか。
アスランは、増援に相応しい者の顔と名前を幾つか思い浮かべ、いや艦長に一任した方がいいなと思いかけ。
次の瞬間、体が動いたのは、戦場で生き延びて来た者特有の勘が、反射に結びついていたからだ。
銃声よりも早く身を沈め、それから慌てて、立ったままのシンを引きずり倒す。
「・・・っ！」
轟音は一度では済まなかった。ここで斉射？たった二人にか？馬鹿じゃないのか？
俺だったら・・・
思うより早く、体が動く。シンを引きずって、開いていたドアの向こうへ。足元を銃弾が掠めていったが、痛みはない。ブーツに傷が付いた程度だろう。
転がり込んだ部屋の壁にシンを押し付けたとたんに、鼓膜が破れそうな音がした。
相手の潜んでいる場所に、手榴弾を放り込む。当たり前すぎる反応で助かった。いや、ドアが開いていて助かった。
「突破する。シン、援護を・・・」
ここにも放り込まれないようにと牽制の銃撃をしながら、アスランはシンを振り返り。
そうして、一瞬、引き金に掛かった指を止めた。
目の前の少年の、赤いパイロットスーツ。
そこから、赤が零れて、床に滴り落ちていた。
そうして、赤い瞳が、呆然とアスランを見上げていた。
硝煙と、血の匂い。
アスランの中で、それはいつもセットになっていて。
当たり前で。
だから、気づかなかったのだ。
「シン！」
シンが、撃たれていることに。