セカンドバージン １
じた、じた、じた
体の下でじたじたと、暴れると言うにも真剣味のない動きを続ける体を見下ろして、皆本はちいさくため息をついた。
「何がしたいんだ、お前」
「・・・何って」
皆本の下でじたじたしていた兵部は、睨むと言うにもなんだか迫力のない目をして皆本を見上げた。
「なんか、すげえ座りが悪いんだよ。てめえほんとヘッタクソだな」
「うるさい」
ほとんど反射で言い返したが、自分が下手なのは自覚がある。
経験自体があまりない上に、男相手は初めてなのだ。巧い訳がないじゃないか。
見下ろした体は、鍛えてはいても、まだ子供らしい骨格の細さをありありと見せていた。
胸には、膨らみの代わりに痛々しい銃創。
掴んだ足首に柔らかさはなく、ただ、滑らかな感触だけが指を押し返している。
開かせた足の間には、男の自分には理解できない器官の代わりに、見慣れたものが見慣れない角度で存在していた。
・・・いや、見慣れてはいないか。
その、自分より遙かに子供らしさを残したものに手を掛けると、兵部の体がひくりと跳ねた。
敵対する男に急所を握り込まれたのだから、当たり前だ。
「やっ、め」
「触んないでどうやってするんだよ」
「そこ触る必要はないだろ！」
兵部のじたじた度が上がる。
が、足を跳ねさせた弾みで変な風に握り込まれてしまい、「ひゃん！」と鳴いてすぐに体は大人しくなった。
「離せこのバカ！」
しかし、口は大人しくない。
バカだのクソメガネだのと、言いたい放題言い立てて。
「なら、なんで僕と寝ようだなんて言い出したんだよ」
「断ると思うだろ当然！」
なんだか涙目で返された。
確かに。
そこは、『ふざけるな』とか言って断るのが当然だっただろう。
今だって、自分がこの体に欲情しているという事実が訳わからない。
しかし、皆本は何故だか了承してしまったし。
兵部も、始めた時には喜々としていたはずなのだ。
まあ、さっきの鳴き声といい今の涙目といい、実はこいつ可愛いんじゃ疑惑が、皆本の中では持ち上がってはいるのだが。
ていうか。
「でも、初めてって訳じゃないんだろ？」
服を脱がせやすいように背や腰を浮かせ、皆本の首に腕を絡めて誘った仕草が未経験とは思えない。
「お前と一緒にすんな、童貞」
むっとした声は、強がりではなくて真実だろう。
ノーマルに対する復讐者の顔をしていないとき、こいつはもの凄くわかりやすい。
「いや、さすがに童貞じゃないけどさ」
「・・・の割にはヘタクソだなぁっ！」
掴んでいなかった方の足が跳ね上げられて、その落下点が自分の頭だと気づいた皆本は、慌ててそれを受け止めた。
そうして。
図らずも、両足を掴まれ開かれている状況に、慣れているはずの兵部が目に見えてうろたえた。
「さっさとしろよ！」
「ああ、うん」
とりあえず、掴んだ足を開かせると、これから「する」場所がよく見えた。
そんなとこ、自分のも他人のも見たことなどなかったが。
なんかこれ、可愛くないか？
思わず顔が近づいて、眼鏡のフレームが、じたじた揺れる膝に当たった。
その冷たい感触に、兵部の肌が竦み上がる。
「っ、いい加減眼鏡外せバカ！」
この、眼鏡の向こうの瞳でまじまじと見られると、もう逃げ出したくなってきた。
ああもう認めてやるとも。
こいつは、全然隊長になんか似ちゃいない。
隊長は、こんな好奇心いっぱいに僕の体を見なかった！
「ああ悪い。でも、これないと見えないんだよ」
「見えなくたっていいだろ！」
「僕の視力の悪さを甘くみるな」
確かに。
こいつは、眼鏡を外すと部屋にいた兵部にすら気づかなかったことがあるのだが。
「当たるだろ。キスするときとかすげー当たるだろ！」
それは、ただの言いがかりだった。
しかし。
「キスしていいのか」
本気に取られて、兵部の方が慌てた。
「いい訳ねぇだろ！」
あ、やばい。
頬を真っ赤に紅潮させて、涙目で子供じみたワガママを言う兵部の様子に、皆本はなんかちょっとやられた。
こいつ可愛い。
言葉のアヤとかじゃなくて。
キス、したいかも。
幸い、兵部は今のところ、じたじたするばかりで超能力では反撃してこない。
自分が言い出したというプライドがあるんだろう。
なら。
皆本はぐいと伸び上がると、見開かれた闇色の瞳を心地よく見下ろして。
それから眼鏡を外すと、薄く開かれた唇に、狙いを定めてキスをした。
柔らかな感触は心地よく、その間に舌を差し込めば、口の中もひどく柔らかかった。
舌に感じる唾液は甘く、それを纏った粘膜をそろりと舐めれば、舌触りも最高の滑らかさだ。
「んっ、ふ」
小さな舌が、皆本のそれを押し出そうときゅうきゅう抵抗して来たが、それさえも気持ちよくて。
たっぷりと絡め取ってやれば、それはすぐに、皆本の舌に甘くとろけた。
「ん、ん、んんっ・・・」
息継ぎのたびに可愛らしく喉が鳴り、しかもそれが忙しなく続く。
もっと、キスしていたいけれど。
ちゃんと息、させてやった方がいいか。
何せ、相手はこう見えて皆本の祖父以上の年寄りだ。
その不思議な感覚に、思わず笑って唇を離すと、兵部は、はあはあと肩で息をした。
たっぷりと唾液を乗せた唇がなまめかしくて、皆本の喉が鳴る。
しかし、兵部はそれどころではない。
うわ、うわ、うわ。
キスでとろかされた頭が、十分な酸素を得てやっと回りだす。
こいつ、いろいろヘタクソなのに、キスだけ巧いとか最低だ！
「ら、れが、キスしていいって・・・」
舌が回らなかった。
最悪だ。
くす、と笑った皆本は、なんでだか、また眼鏡をかけ直した。
「眼鏡外せ」
「キスする時にな」
「今外せ！」
じゃあ、またキスしていいのか。
それを言うと、堂々巡りが始まりそうだったので、皆本はとりあえず口を噤み。
それから、違う言葉を選んだ。
「見えないで、お前に怪我させたら困るだろ」
これでいいのか？と、自分が持ち込んだローションの封を開ける仕草に、兵部の背筋がぞくりと震えた。
思わず跳ねた膝を、もう慣れた仕草でいなされる。
そうしてそのまま、膝を開かれて。
そこをのぞき込まれる羞恥に、閉じかけたそれを、力を込めて阻止された。
最悪だ。
何が最悪って。
なんでこれがこんなに恥ずかしいんだ・・・！
自分から、脚を開いて誘惑するくらい朝飯前だ。
自らそこを開いて見せたことだってある。
それを見せつけた時の、男の間抜け面を眺めるのは、兵部の好きな遊びのひとつははずなのに。
「僕が、怪我したって、困んないだろ、お前」
浮いては戻り、もぞもぞと落ち着かない腰を押さえつけて、皆本は一言言い切った。
「困る」
「なんでだよ！」
今更逃げようとしているのか、それとも誘っているのか。
うねる腰の動きが、たまらなく情欲をそそった。
「今、凄くシたい、から、今怪我されたら困る」
「う、うぅ・・・」
じたじたじた
だからなんで、こんなにじたじたするんだ、こいつは。
「指、入れるぞ」
「いちいち言うなぁ！っ！ひあ！」
こうして喚いているときは、そこに力が入っているのに。
それがわかっていない皆本は、そのタイミングでそこに指を差し込んでしまい。
「きっつ・・・」
「力、入ってるときにすんなヘタクソ！」
「じゃあ力抜けよ」
「ーーーーっ！」
兵部は言葉に詰まった。
セックスの時に力を抜くタイミングなんて、もう、体に染み着いている。
そのはず、なのに。
なんで、初めての時みたいにガチガチなんだ僕！？
「・・・きついけど」
きゅうきゅうと締め付ける中に指を差し込んだまま、皆本は茫洋と呟いた。
「兵部の中、あったかいな」
「な、にを、っん！」
蠢く襞に誘われるように、指を動かすと高い声が上がった。
すぐに唇を噛んで目を伏せて、ふるふる震える兵部が可愛い。
それを、心地よく見下ろしながら。
「あったかくて、凄く、気持ちいい」
そう呟くと、兵部は赤い頬を更に赤くしながら、やけくそのように声を上げた。
「さ・・・さっさと来い！」
そこまでは、ちゃんと言えたのに。
「ゆ、指ぐらいで気持ちいひとか、ゆってんじゃねえよ小僧っ」
あああああ
余裕ぶって言うべきセリフを、噛んで上擦ってひっくり返った声で言うと、こんなにもみっともなくなるなんて思わなかった。
しかもそれを聞いた皆本は、兵部の大嫌いな顔でへらりと笑うと、変に穏やかな声で言いやがった。
「あんまり、可愛いことするなよ」
今のが可愛いとか、やっぱりお前は変態だ！
暴れたいが、中に指を突っ込まれた状態でそれをするとどうなるかは、だいたいわかっている。
ていうか今、どうしてもじたじたしてしまう体で十分味わっている。
しかも、皆本は抱え上げた兵部の膝小僧にフレームを当てるという、妙な方法でずり落ちかけた眼鏡を上げて。
「でも、ちゃんと慣らさなきゃダメなんだろ」
そう言うと、留まったままだった指をずるりと抜くと、入り口でぐるりとそれを回すようにして、また深々と差し込んだ。
「ふやっ！な、なんでそんなこと知ってる！？」
「さっきお前が講釈垂れただろうが」
「ーーーーーっ！！」
そういえば、そんなことを言ったような気もするがそんなことはもう忘れた。
ていうか、中で動く指に思い出すどころではない。
皆本は皆本のくせに、すぐにコツを掴んで、たちまちのうちに兵部のそこを柔らかくしてしまう。
柔らかくされてしまう。
この、指に。
中まで触られて。
溶ける。