怪我が治るまで何もするなと姉に怒られ、朔羅も休むならと約束させた十兵衛が部屋に戻ったのは、結局夜も遅くなってからだった。

するべきことはたくさんある。ただ、体をなんとかするのも、確かに必要かもしれないと、痛む傷に手を当てながらドアを開け、十兵衛は呆然とした。

昨日、新生VOLTSの結成を見届け、無限城から去った花月。

その花月が、床に転がって眠っている。

花月だってこう見えても無限城育ちだ。眠らなければならないときには、どこでだって眠れることを十兵衛だって知っている。おそらく、十兵衛のベッドで眠れば、後から帰ってくる十兵衛が、床で寝るだろうということがわかっていてこんなところで寝ているのだというのもわかる。

そして・・・・花月が何をしにまたここに来たのかも、たぶん。

だからといって・・・・。

十兵衛は、らしくないため息をついた。

ついたけれども、ちょっと口元が笑っていた。

「とりあえず・・・ベッドへ上げるか・・・」

綺麗な髪が、既に埃まみれだ。

そう思って抱き上げると、花月はぱっちりと目を開けた。

「あ・・・じゅうべえ、おかえり」

ちょっと寝ぼけているかもしれない。

「何をしている」

「うん、仲直りしようと思って」

言った花月は、抱き上げられたままなのをいいことに、ぎゅうっと十兵衛の首に抱きついた。

「ごめんね、十兵衛」

「・・・・・謝るべきは、俺のほうだろう」

ＭＡＫＵＢＥＸの真意に気づけず、花月を傷つけた。責められるべきは、自分だというのに。

「ううん・・・僕も、もうちょっと・・・上手く、やれれば良かったんだけどね」

「貴様、俺を馬鹿にしているのか」

別に、それが十兵衛のほうが弱かったと、そう見下しての言葉でないことは十兵衛もわかっている。ただ、その言葉を認めてやるわけにはいかなかった。

「ううん、ごめん」

十兵衛にしがみついたまま、表情の見えない花月は、もう一度謝った。

「ふたりでここ、狭くないかい？」

花月をベッドに入れ、続いて自分も転がると、花月がぽつりと呟いた。

「僕、ホントに下で寝るよ？」

「我慢しろ」

いや、そうじゃなくって。と花月は言う。

「これだと、したくなったりとかしない？」

ぴったりとくっついた体。

確かに、『そういう関係』である自分たちだけれど。

「するか。お互い怪我人だぞ」

「そうだね」

まだ痛いもんね、とこぼして、花月はまた、十兵衛の首に腕をまわす。

「痛い、か？」

本気で急所を狙った。

本気で、心中するつもりだった。

他にどうしようもない、と自分が思うとき、いつも違う道を示すことのできる花月。

変幻自在の、風鳥院宗家の伝承者。

誰よりも大切な、十兵衛の唯一の人間。彼は。

「痛いよ。十兵衛」

十兵衛の首に、額をすり寄せて。

「だから、しばらくここにいるよ。ここの方が、外よりも治るのが早いからね」

十兵衛にしがみついたまま、『絃の花月』は。

「いても・・・いいだろう？」

そんなむちゃくちゃなことを言う。

「ああ」

いつでも。

花月の言うことに、間違いはなかった。

十兵衛にとっては。

いつか、記憶の中にあるように、抱き合うようにして。

狭いベッドの中で、ぽつりぽつりと話をする。

『仲直り』のための、大切なプロセス。

「僕は、十兵衛が羨ましかったよ」

「何故だ？」

「だって、僕が死んだとき、十兵衛は死ねるじゃないか」

あたたかな体温。自分が奪おうとした。

「僕は、君が死んでも、たぶん死ねないよ。母上との約束があるからね」

包帯越しの、大切な命。

「十兵衛が死んだら、たぶん僕は死んでしまうだろうけど、風鳥院花月は、生きていないと・・・」

半分眠り込みそうな声。

随分と酷く、傷つけた自覚はある。いくら無限城育ちとはいえ、この細い体の限界は、気を張っていないと意外と近いものだ。

「わかった、死なない」

だから、十兵衛は言った。

「お前が死ぬこともない。俺がお前を守る。今度こそ」

「うん・・・」

大きなガーゼに覆われた、その頬に口付けて。

「今度こそ、間違えない」

「うん、十兵衛・・・」

腕の中の、大切な花月は。

「大好きだよ、十兵衛・・・・」

そう言って、眠りについた。