彼が現れたのは、ＩＬの一件が終わって、まだ一日しか経っていない、夜のことだった。

傷ついた朔羅を、休むように言って追い出して、ひとりっきりの。

コンピュータールームという名の、ＭＡＫＵＢＥＸの巣。

「出てったんじゃなかったの」

ＭＡＫＵＢＥＸの声が刺々しいのは、疲れのためだろう。

若干１４歳の少年王に、無限城下層階の統治は、荷の軽いものではない。

「そうなんだけどね」

のんびりした口調が、なんかちょっとムカツク。

でも、目を向けた彼の姿は、着替えて手当してあるだけマシという、ぼろぼろの姿だったので、湧き起りかけた苛立ちは、行き場のないうちにするりと溶けた。

キレイな顔に大きなガーゼが張り付いているのが、痛々しいのを通り越してなんだか滑稽だ。

「なんでここにいるの」

「うん」

『絃の花月』は、その名のとおり花のように笑った。

「しばらくここにいる許可をもらおうと思ってね。ここの方が、傷の治りが早いから」

笑って、その風情に似合わぬ現金なことを言う。

「じゃあ丁度いい、手伝ってよ」

「駄目だよ、僕がいるとややこしくなるだろう。十兵衛の部屋にでも籠もって、大人しくしてるよ」

なるほど、そちらが本命か。

ＭＡＫＵＢＥＸも、この、『親友』達を相争わせてしまったことに、罪悪感がないわけじゃない。

「いいよ。十兵衛は、もともと花月クンのなんだしね」

「僕の、じゃない。十兵衛が何処にいるかは、十兵衛が決めることだ」

そう言い切る花月。ここに残る十兵衛。

なのに、確かに存在するふたりの絆。

それを、ＭＡＫＵＢＥＸは羨ましく思う。

「どっちにしろ、十兵衛だって大怪我なんだから、キミが部屋に引き止めておいてくれた方が有難いか」

休めと言っても聞かないサムライの、意固地な態度を思い出し、ＭＡＫＵＢＥＸは深くため息を吐いた。

「ホントは、信用できる人手はいくらでも欲しいところなんだけど」

「・・・ごめん」

「何、それはボクを侮辱してるワケ？」

「そういうわけじゃない。でも、じゃあ・・・ありがとう」

そう言って、すらりと上げられた腕にも、包帯が巻かれている。

さりげなく左足をかばって歩く。

それなのに、にこにこと嬉しそうに十兵衛の部屋へ向かう花月の背中を見ながら、ＭＡＫＵＢＥＸは思わず呟いた。

「何でそんなに元気なんだろう・・・」

「無限城育ちだからね」

振り返った麗人は、そう言って笑う。

「そっか」

それは、なんだか嬉しい答えのような気がして、ＭＡＫＵＢＥＸもまた、笑った。