「俺は、お前たちのような真似はしない。・・・・だが」

翠の瞳が危険に光り、男たちを竦ませた。

「もう二度と、シンの前に姿をあらわすな。その時には・・・・」

アスランが、他の隊のパイロットに暴行を加えたという話を、シンはレイから聞いて驚いた。

３日の休暇で何とか取り繕えるまで回復し、その後はあっという間に元気になっていたシンは、自ら拘禁室に閉じこもったというその人のところへ慌てて向かった。

アスランに叩きのめされ、除隊申請まで出したというパイロット達は、全員シンに暴行を加えた男たちだったのだ。

シンは相手の話はしていない。どうやって犯人を割り出したのかということにも驚いたが、何より暴力で何かを解決する人ではないはずなのだ。

敵討ち、してくれた。

それは、わかったけれど。

そんなこと自分でするのに。

あの人、関係ないのに。

自分達パイロットの間では英雄でも、今のザフトで、あの人が微妙な立場だということは、シンも薄々気がついていた。

そうじゃなくても、権力でも暴力でも、力をひけらかすことが嫌いな人なのに。

そんなもの全部、自分のせいで振り捨てて行動に移してしまった人に、申し訳なくてどうしたらいいかわからなくて。

いっそ、怒りさえ沸いてきて。

アスランのいる拘禁室、その隣の房の前で、シンは立ち止まって考えた。

ちくしょう、何、勝手なことしてんだよ。

でもどうしよう。俺の、せいだ。

何て、言おう。

なんて。

・・・・・・

それにしても、あの人、人の気配とか敏感なのに、俺に気がつかないんだな。

・・・・もしかして。

いやでも。

シンは、恐る恐る、隣の房を覗き込む。

ただの板と変わらない、ベッドの上。

無造作に身を投げ出したその人は。

やっぱり寝てる・・・っ

シンは思わず脱力した。ぐるぐる考えていたものが、ものの見事に吹っ飛んだ。

そりゃあ、この人を、こんな薄暗いところに何も与えずに放っておいたら、たちまちのうちに寝てしまうだろう。

ベッドでうっかり眠り込まれた経験のあるシンは、思わず鉄格子に縋った。

かしん、と軽く音がする。

「ん、あ？シン？」

寝つきも良いが、寝起きも良い人が、顔だけを上げてシンを眺めた。

ものすごくこの人らしくないが、初めからこの人らしくないことだらけなのでこの程度は些細なことに思えてしまう。

大の男を、４人。

緑とはいえMSパイロットで、しかも皆、アスランよりもずっと体格がよかった。

それを全員入院を余儀なくされるまで叩きのめし、除隊の誓約までさせたのだというその人は、ただの一発も食らった様子もなく、投げやり気味に固そうな簡易ベッドに身を投げ出したままだ。

「あ、の。あなたが、奴ら、やったって聞いて」

「ああ」

天井を見上げたまま答えるアスランの、淡々とした、声。

「どうして・・・」

「怨恨なのは間違いないと思ったから。お前に恨みを持っていそうな奴で、あの時、あの場にいることが出来た奴。あと、遺留品の煙草の吸殻、それから使われたクスリの出所と」

割り出すのは簡単だったな、と、言った声は乾いた笑いを含んでいて、シンは切なくなった。

「そうじゃ、なくて」

「ナイフなら誰にも負けたことはなかったし」

だからそんな話じゃない。

たぶん、接近戦なら誰にも負けないと言いたいのだろうが。

「俺のせい、ですよね」

ここで、こんなふうに寝転んでいるのも。

ああ、そうかとシンは思った。

この人も、自分らしくないと思っているのだろう。

だからこんなところに自分から閉じこもって。

寝てたけど。

「俺の勝手な腹いせだよ。・・・・恋人に、あんなことをされて、黙っていられるほど、俺は人間できてない」

「でも、あんたがしなくたっていいじゃないか」

「お前がやったら厳罰ものだぞ。その分俺はフェイスだから。まあ、こういうことに権力を使うのは、良くないんだろうが・・・」

「良くないっていうより、あんたがそういうの大嫌いなんだろ」

「・・・・・・」

クソ真面目でお固くて融通がきかなくて。

恐らく、いちいちうるさい軍の規律を、それこそいちいち守っている人なのだ。

「ほんとは、俺がちゃんと告発して調査して処罰してもらわなきゃいけなかったんだろ。それ、ぐずぐずしてたからっ」

でもだって、嫌だったのだ。

あんなこと、人に言うの。

本当は、アスランにだって知られたくなかったのに。

「だってお前、嫌だろ」

やっと起き上がったアスランは、両手を組んで膝に乗せた。

そうするともういつもの彼に見えて、シンは少し、ほっとする。

「この手の暴行事件ってのはな。調書取られるとき、何されたか事細かに言わないといけないんだぞ。女じゃないからって秘密にもしてもらえないから、忘れ去られるまでアイツがって言われ続けて。異動があればいいけど、お前しばらくはミネルバ付きだろう。艦長は女性だし・・・」

やたらと具体的な話に、シンは小さく唸った。

「経験、あるんですか」

「その時の隊長が、噂が広がらないように気を回してくれたのだけが救いだったな」

あっさりと、そう言って。

「俺は、そういう器用なことはできないから」

それから、その人は申し訳なさそうに上目遣いになった。

「すまない、あっちの隊長にだけは話をしてしまった。でないとグラディス艦長や、下手をすると議長に迷惑がかかるから・・・」

できてるじゃないか、器用なこと。

少なくとも、シンよりは、ずっと。

「・・・・いいです。それは。・・・・俺のため、でしょう？」

そう思うと、嬉しいような気さえしてくるから不思議だ。

そう、この人、俺のために。

「いや、俺自身のためだ」

そう言って、アスランは立ち上がるとシンの前に立った。

鉄格子の間から腕を出して、シンの頭を撫でる。

「しまったな。キスしたいけど、ここじゃ監視カメラに映る」

「映ってもいいです。しましょう」

シンが顔を上げ、アスランが、少し、屈む。

その時。

『アスラン、3時方向より地球軍のモビルスーツよ！ロックは解除したから出てきてちょうだい。あら、シンもそこにいるの？』

凛とした、女性の声。

「はい！・・・シン、行くぞ！」

「・・・・・っ！！！、はいっ！」

電子ロックの解けたドアを、蹴破るようにして開けたアスランは、もう既に、恋人から「隊長」の顔になっている。

思い切り歯噛みしたシンは、しかしすぐに後を追った。

無茶ばかりするこの人を守れるのは、自分しかいないと知っているから。

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