シンの腕の中で、恋人はひくひくと震えて細い声を上げた。

「あぁ・・・は・・・・・ん」

「アスランさん、もう少し、いいでしょ？」

「だ・・・めだっ、やめ、シン・・・っ」

その声を聞かず、シンは深く穿ったままだったそれを、激しく突き動かしだした。

「やっ、ひあっ、やめ・・・・っ、も、うっ」

伝説のエースとさえ言われた人が、今、自分の下で甘く泣いて許しを乞うている。

その快感に眩暈がしそうだ。

「アスランさん、大好き」

言っても、与えられる刺激でいっぱいいっぱいな人は聞いていないみたいで。

仕方がないから、そういうときでもわかってもらえる「大好き」を、キスで伝える。

絡めた舌が応えてくれると、大好きが倍になった気がして、嬉しかった。

「え、と。ごめんなさい」

無茶をした後は、いつも、平謝りだ。

それでも、アスランはいつも仕方ないなぁという顔をしてくれる。

「・・・いいよ、もう。ほら」

手を伸ばされて、引き寄せられてキスされて。

「ありがとーございますっ」

ぎゅうっと抱きつくと、優しく、抱き返してくれる人。

優しい、シンの恋人。

それは、ジブラルタル基地で、MSの格納庫群の間を歩いている時だった。

新型を横目に見ながら、ミネルバへの近道を急いでいると、不意に口を押さえられ、倉庫の暗がりに引きずり込まれた。

シンだって赤服だ。即座に一人殴り倒したが、すぐに力が入らなくなって座り込んだ。

口を押さえた布に、クスリ。

古典的な手段に驚くよりも、理由がわからず憤った。

「なに、すんだよ・・・・」

やっと搾り出した声に、答えた男には、見覚えがあった。

「あぁ、お前のツラ見たら、むかついてたの思い出してな」

インパルスのテストの時に会った、パイロットだ。

ぐだぐだ言う割にはたいした腕もしていなくて、バカにしてやったらやたらと怒っていた。

腹いせか。

「こ、の・・・・」

何とか反撃しようとするのだけれど、体に力が入らない。

相手は４人、話にならない。

逆に、先ほど殴り倒した男に蹴りつけられ、なんとか頭は庇ったものの、床に転がる結果になった。

そうして。

はじめ、何をされようとしているのか、よくわからなかった。

ブーツを取られてベルトを抜かれ、あっという間に下肢を裸にされてしまう。

「なっ、に、すっ」

必死になって暴れても、力ない手足は難なく押さえ込まれ、ざらついた床に押し伏せられた時に、やっと自分の危機に気がついた。

「や、め・・・」

嫌だ、やめて。

「っ、うああああっ」

プライドも何もはじけて飛んだ。

腰から、腹から突き上げる激痛に、泣いて喚いて許しを乞うた。

何度も何度も刺し貫かれ、ナカから壊される恐怖におかしくなりかけた頃、やっとそれは終わり。

打ち捨てられた時、既にクスリは切れていたけれど。

シンは、起き上がることもできずに、自分を蹂躙した男の唾を受けていた。

立ち去る脚を、見送ることしか、できなかった。

アスランは、シンを探していた。

あの育ち盛りが、夕食に顔を出さなかったからだ。

外出許可は出ている。許可された刻限までは、まだ時間がある。

しかし、こういうものは普通、余裕を持って出すものだ。

いたって無趣味なシンだが、ふらふらと出歩くのは好きらしい。

アスランもよく誘われるのだが、忙しくてあまり応えてやれない。

だから今日もシンはひとりで出かけ、そして、まだ、帰ってこない。

「シン、シーンー」

フェイスであるアスランは、基本的に外出許可がいらない。

艦長に一言断れば済むことだ。

しかし、職権乱用は極力慎むべしとの考えから、とりあえず基地内を探してまわる。

ＭＳが好きだから、格納庫でまたぼうっと新型でも見ているのかもしれない。

整備のため、まだ明かりの灯る格納庫群をひとつひとつ見てまわり、それでも見つけられずに。もう艦に戻っているかも知れないと思い立って、心配性な自分に苦笑しながら、艦へと急ぐ。途中、シンに教えてもらった近道を思い出し、明かりのない倉庫の側を通った時だった。

「・・・・？」

血の、匂いがした気がした。

それから何か、憶えのある匂い。

ほんのかすかなものだが、アスランは先の大戦より、血臭には敏感になっている。それは、命の匂いだから。

一応確認するべきだと判断し、入り口が開いたままになった倉庫の、その闇の中へと用心しつつ、踏み込んだ。

血の匂いが強くなる。そう大量でもないが、ここで血が流されたことは、もう疑いようがない。

それから。

この、憶えのある匂いは。

たぶん、男の体液の。

血と、それと。ふたつの匂いが指し示す事件を想定し、アスランは眉をしかめた。

少しづつ、闇に目が慣れてくる。

砲弾の入った巨大なパッケージ、その向こうに、白い物が見えた。軍服のブーツだ。

そこだろうなと思い、足を進める。この様子では、まだ加害者が残っている可能性は少ないが、気配を探りながら、そっとパッケージを回り込んだ。

そこには、ほとんど想像どおりの光景があった。

被害者は意識があるのか、下肢を庇うように蹲っている。

剥き出しの脚、投げ捨てられたスラックスは赤。

・・・赤服？

嫌な予感がした。

「来・・・んな」

その声は、聞き覚えのあるもの。

彼の、こんな怯えたような声は、聞いたことがなかったけれど。

「シンっ！？」

アスランは、慌てて少年に駆け寄った。

「や・・・」

動かない体で後ずさり、なんとか逃げようとするシンの側に膝を付き、怯えさせないようにとできるだけ優しく、声を、掛ける。

「シン、俺だ、わかるか？」

「え・・・？た・・・い、ちょ・・・」

闇の中、それでも赤い瞳が見開かれる。

視線も声も、しっかりしている。とりあえずそれに安堵し、抱き上げようと手を伸ばした。

「すぐ手当てしてやる。もう少しだけ、我慢・・・」

「さわんな・・・」

しかしシンは、傷ついた獣のように、アスランさえも威嚇する。

「見、んなよ・・・っ」

悲鳴のような声を上げるシンが痛々しくて、アスランはシンの言うことなど聞かず、少年をやわらかく抱きしめた。

誰よりも親しい人のぬくもりに、もう枯れたと思った涙が浮かび上がる。

愛おしむように髪を撫でられ、心からも体からも力が抜けた。

「誰が、こんな」

低く唸るようなアスランの声を聞きながら、シンは意識を失っていた。

優しい、手。

シンの大好きな。

その手がそっと頬を撫で、髪をくぐってから、また、頬に戻った。

冷たいそれが、気持ちいい。

ぼんやりと目を開けると、その手が離れて残念だった。

寝たフリ、しておけばよかった。

「大丈夫か？」

心配そうな声がして、翠の瞳が覗き込んできた。

あれ？ええと、なんだっけ？

とりあえず起き上がろうとすると、ひどい痛みが背筋を駆け上がった。

「いっ・・・」

「まだ無理に動くなよ。水、いるか？」

長い指が、唇に触れる。そこがひどく乾いていることを自覚した。

頷くと、頭の下に手が差し込まれて持ち上げられ、口元に冷たいグラスがあてがわれる。その段になって、シンはようやく眠る前にあったことを思い出した。

「ア・・・スランさ・・・・」

「とりあえず、飲めよ」

優しく言われて、唇に触れた液体を飲み込む。少し甘いそれが、喉から体中に染み渡るようだった。

「何か食べられるようだったら、用意するが・・・吐き気は、あるか？」

素直に頷く。何か食べるなんてとんでもない。

「そうか。抗生物質と、鎮痛剤、胃に何か入れてからの方がいいんだが。・・・・・それとも」

囁く声。唇が、近い。

「医務室に、行くか？あそこならもっとちゃんとした手当てができるし、点滴が・・・・」

思い切り首を振ると、頭が痛んで吐き気が増す。アスランは言葉を切って、そうか、と呟いた。

「とりあえず、通報もしていない。落ち着いたらどうするか考えてくれ。休暇届も出しておくし、レイにも俺の部屋にいること伝えておくから。今は休め、な？」

頷くと、また、優しく頬を撫でてくれた。

通報なんてとんでもないと思った。

あんなこと、誰にも言いたくない。

あんな・・・・っ。

痛む背中を無理やり丸める。それを、毛布の上から優しい手のひらが撫でてくれた。

嗚咽をこぼした唇に、そっと触れるキスが降りる。

それでも泣き止まないシンを、アスランはずっと、慰め続けてくれていた。

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