俺の、家族 ８
「・・・・ええと」
イザークたちがいなくなると、とたんに、アスランが小さくなった。
小さくなったように、見えた。
「その」
何か言いかけたアスランの、シーツの上に置かれた手には、白い包帯。
パジャマから覗いた足にも、白いものがある。こっちは、包帯じゃなくて湿布みたいだ。
病院で嗅いだような、消毒液の匂い。
ちらりと見上げてきた緑の瞳が、少し潤んで。
きれいな顔に不似合いな、口元の腫れが痛々しい。
「・・・・・っ」
シンの顔が、くしゃりと歪んだ。
アスランの、少しもつれた髪に手を伸ばす。
触れた指に伝わったのは、こもったような熱。
それでもちゃんと、あたたかい。
「う・・・・わあああああああん！」
アスランの上に覆いかぶさって。
アスランをぎゅっと抱きしめて。
シンはその場で、大声で泣き出してしまった。
泣きじゃくるシンの、腕の中。
一度、呆然としたアスランは。
それでも、おずおずとシンの背中に手を回した。
あちこち酷く打ったせいで、少し、熱が出ている自覚はあった。
そんな自分でも、熱いと感じるシンの体温を。
腕いっぱい。
体いっぱいに、感じる。
少しこもった汗の匂い。
彼が泣き声を上げるたびに、湿った呼気が首筋をくすぐる。
一緒に暮らしていても、ここまで近くに彼を感じたことはなかった。
その幸せに、一瞬気が遠くなりかけて。
アスランは、きゅう、と歯を食いしばって、それを堪えた。
「・・・・ごめん」
少年の頬に手を当てると、彼は顔をあげてくれた。
それでも、くしゃくしゃに歪んだ真っ赤な瞳からは、まだ、ぽろぽろと涙が零れ落ちて。
ぐすんとすすられた鼻の頭も、真っ赤で。
アスランの手の中、涙で湿った頬も、やっぱり、赤かった。
「なん、で、アンタが謝、んだよ・・・・」
嗚咽を零したままの唇で、そう不明瞭に言うと、シンはぼふんと頭をベッドに突っ込んだ。
「・・・ご、めんなさい」
「なんで、お前が謝るんだよ」
シンの真似をして、アスランは言う。
その声が、いつも以上に優しくて、シンの喉が、またひとつ、ひっくと鳴った。
「勝手に、汚いとか思って、勝手に拗ねて、勝手に避けて、勝手に・・・」
ひっく。
うぐ。
そこでまた、ぐしぐしと泣き出したシンの頭を、アスランはぽふぽふと撫でる。
少し癖があって、でも、指に掛かるとするりと滑る。
この感触が、アスランは大好きだった。
包帯を留めたテープに、黒い髪が幾本か引っかかったけれど、シンは何も言わずに撫でられていてくれた。
「それは、当たり前だろ？」
その黒い頭に、アスランは吐息を吹き込むように囁いた。
「お前の反応は、当然だと思うよ」
「当然じゃ、な」
うぐ。
「い！」
ひっく。
赤い瞳を涙で潤ませた少年は、その目をきっと上げて。
それからまた、くしゃりと歪めた。
「・・・・ねえ、怪我大丈夫？」
ああ、心配させたな。
アスランは、努めて笑顔を作った。
「ああ、怪我はほとんどしてないんだ。ちょっと・・・足腰立たないだけで」
「足腰・・・」
シンがまた泣きそうになる。
失敗だ。
「いや、その。イザークたちが来てくれて助かったよ」
やくたいもないことを言って、また、うぐうぐ言わせる。
「ねえ、やめてよ。もう、こんなこと・・・」
泣いているシンは、いつもよりも、ずっと幼く見えた。
もしかしたら、ずっと大人ぶらせてしまっていたのだろうか。
アスランは、少し、申し訳なくなる。
「ああ、やめるよ。もうしない。どうしてもってしつこかった奴らも、今日、なんとかなったから。・・・・たぶん」
「たぶんて何だよ・・・！」
「ごめん」
謝ると、シンの顔がまた、くしゃりとなった。
「それ」
ひっく、と、もうひとつ喉を鳴らして。
「アスラン、何謝ってるの？」
真っ赤な瞳が、じっと、じっと。
アスランを、見つめていた。
「・・・・黙っていたこと、だな。それから、迷惑をかけたこと」
ほんの少し、ため息の混じった言葉に、シンはすぐさま言い返した。
「迷惑じゃない」
ひぐ、と、また喉を鳴らして。
ぽろり、と、また、ひとつぶ涙をこぼして。
それが恥ずかしくて、シンは手の甲で、ごしごしと顔を擦って、それからひとつ鼻をすすった。
そんなみっともない様子を、アスランはただ、優しい目をしてじっと見ている。
じっと、シンの言葉を待っていてくれている。
その緑の目が、とってもキレイだと思った。
シンを安心させるためか、少し笑みのかたちを作った唇が、とってもキレイだと思った。
ゆるゆると。
頭を撫でてくれる手のひらを、気持ちいいと思った。
ひぐ、うっく、と、喉を鳴らして。
シンは思った。
なんで、この人のこと、オカズにしちゃったのか、わかった。
なんで、友達に失恋って言われて、あんなにうろたえたのかわかった。
なんで、アスランの友達・・・だかなんだかわかんないのが、あんなにムカついたのか、わかった。
俺、この人のこと。
「迷惑なんかじゃ、全然ない・・・」
家族じゃなくて。
兄貴じゃ、なくて。
そういう意味で、好きなんだ。
なんかそれって。
それって・・・
唐突の恋の自覚は、少年のもともと乱れていた感情をひどく激しく揺すぶって。
シンは、そのまま。
また、声を上げてわぁわぁと泣き出してしまっていた。
そんなシンを、アスランは。
はじめ、少しおろおろとして、それから黙って抱いていてくれた。
初めて会ったあの日のように、ただ、シンを泣かせてくれた。
初めて会ったあの日よりも、ずっと近くで、泣かせてくれた。