俺の、家族 ７
アスランの部屋に入るのは、初めてだ。
鍵、かかってないよな？
そう思いながらノブを捻ると、それは素直にかちゃりと開いた。
開くとすぐに、見えたのは窓。
首を巡らせると、ベッドと机、本棚。
それだけだ。
なんだか、凄く殺風景だな。
そう思って。
着替えを取りに来たのに、クローゼットの類がないので、首を傾げて。
それから、ベッドの下に引き出しがあることに気が付いて、それを引っ張ってみる。
案の定、その中に、シャツやズボンが入っていた。
その中から、パジャマと思しきものと下着を引っ張り出して、階段を駆け下りる。
脱衣場の中には、まだ大男が居座っていた。
仕方なく、そいつにパジャマを放ってよこす。
バスルームの中は、結構静かになっていた。
「ア・・・アスラン、勝手に部屋入った。パジャマ、これでいいかな」
「・・・ああ、どれでも」
ガラス越しの、少しくぐもった声が、なんだかすごくぐったりしてる。
「・・・大丈夫？」
意味なんかないことがわかっていても、聞かずにいられなかった少年に、アスランの声が、少し、笑んだ。
「ああ、大丈夫だ」
「なんでアレで大丈夫なんだよ・・・」
「ディアッカ」
アスランの声が怖くなる。
おお怖、と、ディアッカが首をすくめた。
「大丈夫だから、もう少し出ていてくれ。・・・本当に、大丈夫だから」
アスランの言葉に、シンは頷くしかなくて。
仕方なしに、シンはリビングに戻って、開けっ放しだった救急箱の入っていた棚を閉めた。
それから、キッチンに入って冷蔵庫を開ける。
入っているのは、ハンバーグと惣菜類と野菜と調味料と・・・
めぼしいものがなくて、閉めて。
冷凍庫を開けると、ピザとフライドポテトが見えやすいところに入っていた。
フライドポテトを引っ張り出して、レンジにかける。
ケチャップは、出さなかった。
がったん、とバスルームのドアの開く音がした。
同時にチンとレンジアップの音がして、少しうろたえてから、それでもシンは廊下に出た。
着替えたアスランは、今度はディアッカに肩を貸されて歩いている。
頬が少し腫れて、垂れ下がった右手には、包帯がぐるぐるに巻かれていた。
「アスラン！」
「ああ、シン。心配かけてすまない」
なのに、アスランの笑顔はいつも通りだった。
それが何だか、少し、怖い。
「だい・・・じょうぶ？」
「大丈夫だ」
言い切られて、黙る。
どうしよう。
あんまり、大丈夫そうに見えないんだけど。
「腹が立つことに本当に大丈夫だぞ。コイツは殴るのも上手いが殴られるのも上手いからな」
後ろの方から声がして、タオルを被った銀髪野郎が顔を出した。
「あ、俺もシャワー浴びたい」
「勝手にしろ」
大男が呟いて、銀髪野郎が答える。
「なんでお前が許可出すんだよ・・・」
肩を貸されたアスランが、呆れたように呟いた。
それから、じっと、シンを見て。
「俺が着ていたシャツ、取ってきてくれないか？」
こくん、とシンは頷いた。
それから、銀髪野郎と交代して、バスルームに向かう大男を追い越して、脱衣場に落ちていたシャツを拾う。
そこでポテトを思い出して。
両方持って、バタバタと階段を駆け上がった。
アスランの黒いシャツは、埃で少し汚れていて。
掴んだ指が、赤黒いもので濡れたのは、見なかったことにしたかった。
アスランの部屋に戻るなり、ポテトの皿を取り上げられた。銀髪野郎の仕業だ。
「・・・アスラン、これ」
それをなんとか無視して、シンは黒いシャツをベッドに転がったアスランに差し出す。
「ああ。すまないが、胸のポケットを開けてくれないか？」
「え、あ、うん。って、これ縫ってあるよ？」
少し膨らんだそこには、確かに何か入っている様子なのに、口は縫い付けられていて、開かない。
「そこに鋏ないか？」
「貸してやる」
机を指差したその手に、彼はポケットから出した小さなナイフを放り込んだ。
「お前、用意いいなぁ」
「どの口が言いやがる・・・！」
ポケットから出てきたのは、家の鍵と、小さなレコーダーだった。
RECのままホールドにされていたそれを、アスランはかちりと切った。
イザークは、物凄く嫌そうな顔をしてポテトを口に放り込んでいる。
アスランは、そこで、大きな大きなため息をついた。
「後は、これと写真、コピーして送りつけようかな。奴らも、犯罪者にはなりたくないだろうし、これでもうちょっかいかけて来ないと思うんだけど」
「やめてくださいよ！」
とんでもないことを言い出したアスランに、シンはもう涙目になっていた。
アスランが、何を言っているのかわからない。
そんな少年の、こぼれそうな赤い瞳を覗き込み、アスランは至極穏やかな声で、言った。
「大丈夫だ。こんなことで、俺は痛まない。それに、不利になるようなことは何も言っていないはずだし・・・」
「このアバズレめ」
こん、とヘッドボードに設えられた小さな台に、半分はなくなったポテトの皿を置いたそいつに、アスランは軽く首を振り。そいつはまた、皿を取り上げた。
「賢いとか、冷静とか言ってくれ。お前だってそうだろう。いつもうるさいくらいなのに、余計なことはほとんど何も言わなかった」
「キサマのすることだからな」
そこで、沈黙が降りた。
『キサマのすること』
アスランのすること。
美味しいごはん作ってくれること。
宿題を見てくれること。
壊れた時計を直してくれたこともあった。
やさしく、頭を撫でてくれること。
シンにとってそれは、そんなことばかりで。
イザークって奴が言ってるようなこと、シンは知らない。
「・・・・・アスラン」
「うん」
シンの声に応えたアスランは、ふい、と銀髪野郎を見上げた。
フン、とそいつはシンを睨み下ろす。
シンが少し竦んだところで、どかどかと階段を登る音がして、勢い良くドアが開いた。
そうして入ってきた大男に、イザークはずかずかと歩み寄る。
「おい、帰るぞ」
「ええ！俺それ食ってない」
「なら食え！」
残ったポテトをそいつの口に押し込んで、銀髪野郎は閉じたばかりのドアを開けた。
「イザーク、ディアッカ！」
その背中に、アスランが。
「ありがとう。後で礼をするよ」
「ああ、期待してるぜ」
「いらんわ！」
軽く手を上げた大男と、不機嫌そうな銀髪野郎は、そのまま部屋を出ていった。
シンと、アスランの家を、出て行った。