俺の、家族 ６
でも、その日。アスランは帰ってこなかった。
どうしたんだろう。
シンは思う。
どこか、友達の家にでも泊まったのかな。
アスランの友達、というと、あの銀髪野郎が浮かんだ。
なんだかすっごくムカついた。
それ以外の、アスランの友達らしきものを知らない自分にも、ムカついた。
でも、それ以外のことは考えたくなかった。
だって、アスラン言ってたもの。
『今はやってない』
って。
だから、考えないことにした。
誰もいない家から、学校に行って。
ヨウランとヴィーノに、からかったこと謝られて。
俺も、アスランさんにちゃんと謝らなくちゃ、って、余計に思って。
そうして、授業を受けて、帰った。
帰ったら。
玄関の前に、あの銀髪野郎が座り込んでいた。
それからもうひとり、大柄な男。
シンは慌てて駆け寄って。
そうして。
植え込みの影で、近づくまで気が付かなかった。
銀髪野郎の足元には、アスランさんが転がっていた。
そいつは、アスランさんの服の中に手を突っ込んでいて。
カッとなったシンは、そいつに勢い良く蹴りを食らわせた・・・つもりだった。
「何してやがる！」
なのに、振り上げた足を軽く払われて、ひっくり返ったシンに、そいつはもの凄い勢いで掴みかかってきた。
「丁度いい小僧！鍵を出せ！」
「わ、わ、何、す・・・」
「あったぞディアッカ！」
「ほい、と」
ポケットの中、ウォレットチェーンに付けられていたそれは、するりと簡単に外されて。
受け取った金髪の大男は、それであっという間に家のドアを開いてしまった。
シンと、アスランの家のドアを。
「何すんだよ！」
しかし、その二人組は、シンの言うことなど、まったく聞いていなくて。
「おい小僧！バスルームはどこだ！」
「ああ、突き当たりっぽくないか？」
「よし、救急箱くらいあるな？持って来い。それからタオルとコイツの着替えだ！」
「なぁイザーク、やっぱ医者・・・」
「コイツが大丈夫と言ってるんだ。信用せんのか貴様」
「あー、もー」
銀髪野郎が、アスランを引きずるように家に上がった。
なんとか阻止しようとして、シンはだらりと垂れ下がったアスランの手が、白くないことに気が付いた。
綺麗なきれいなアスランの手が。
なんだか、赤黒く染まって。
「悪い、救急箱どこだ？あと、変な誤解すんなよ？俺ら、あいつ助けてやったんだからな？」
でかい割には人好きのしそうな顔をした大男が、シンの顔を覗き込む。
目元が青く腫れていた。
「まったくいらん世話だったがな！」
気を失っているのか、だらりと力を失ったままのアスランを担ぎ上げ、土足のまま奥へ進む銀髪野郎が大きく怒鳴った。
アスランが今着ているのは、どうやら彼の上着のようで。
そいつの歩き方は、明らかに、足を痛めた人間のそれだった。
キッチンの戸棚を開けて、救急箱を引っ張り出す。
「タオル勝手に出すぞ！」
「え、あ、どれだよ！」
おじさんの勝手に使ったら怒られないか！？
慌てて脱衣場に駆け込もうとすると、銀髪野郎の怒鳴り声が、また聞こえる。
「入ってくるな！ディアッカに渡せ！」
「だってさ」
脱衣場は大男でふさがっていて、彼が引っ張り出したタオルは、ハウスキーパーさんが洗っておいたものだった。あれなら使っても大丈夫だ。
・・・・じゃなくて。
「アスランさん、怪我してるのか？」
バスルームのドアは磨りガラスだ。その向こうの二人は、よく見えない。
「ああ、本人大丈夫だって言い張ってるけどな。おいイザーク、救急箱到着」
磨りガラスが、救急箱の分だけ開けられて、その向こうが少し見えた。
アスランさんの、裸の肩。
それから。
「シン、すまないが、出てくれ」
どこかひび割れたような、アスランの声。
上げられた顔。
銀髪野郎の腕があって、口元は見えない。
ただ、緑色の瞳だけが爛々として。
「アスランさん！」
「出ろ」
アスランの、短い声に、はっとする。
アスランさん、怒ってる？
「ほらほら、出ろってさ」
ディアッカと呼ばれた大男が、体ごとでシンを脱衣場から押し出した。
それから、声をひそめて。
「見せたくないんだろうよ。ヤられた証拠写真撮るとこなんて」
そう、小さく囁いた。
ヤられた、証拠、って・・・
磨りガラスの向こうで、携帯のわざとらしいシャッター音。
フラッシュ。
「あと、着替えと。それからなんか食うもんあるか？まったく、今日は散々だぜ」
やれやれ、と、ため息をつく大男。
その向こうで、シャッター音と、嫌な光。
立て続けに。
「ヤ・・・」
「大声出すなって、この馬鹿」
大きな手で、口を塞がれた。
また、いくつかシャッター音がして、それからシャワーの音がした。
「何を今更恥ずかしがってる！その手を離せ手当てさせろ！手伝えディアッカ！」
磨りガラスの向こうで、何やらバタバタとしちゃいけないような音がする。
がったん、と硬いものが落ちる音がして、ガラスにじゃっと温水がかかった。
「俺行ったら、このガキも入っちまうと思うけどー？」
「だそうだぞ。小僧に見られたくなきゃ大人しくしろ！」
叫ぶ銀髪野郎の声が、なんだかもの凄く情けない。
「シン、出てい・・・ぶっ！」
アスランの声が、途中でもの凄い水音に遮られた。
「お・・・溺れさせる気か！」
「こんなもんで溺れるか！」
がったん、ばったん、がっつん。
なんだか呆然としてしまったシンは。
「い・・・痛い痛いやめろ！」
アスランの悲鳴にはっとして。
「やめ・・・！」
「元気だなーおい。心配することないか」
呟いた大男に止められて、ぽんと胸を叩かれた。
「『弟』ならわかんだろ。ほんとにヤバイ声くらい」
わからない。
わかんないよ。そんなの。
「貴様が大人しくしないからだろうが！」
「してられるか！」
ガラスの向こうでは、まだ何やら言い争う声がする。
わかんないよ。
だって、シンの知っているアスランは、こんな乱暴な物言いなんかしない。
ケンカなんか、しない。
「とりあえず、なんか大丈夫っぽそうだから。着替えと、メシ。な？」
ディアッカにそう言われて。
シンはそいつを睨み上げると、急いで階段を駆け上がっていった。
ここは、アスランと自分の家なのに。
自分の居場所がないような気がして、情けなかった。