俺の、家族 １５
帰りが遅くなるときは、そう言っておけば、シンが夕食を作っていてくれる。
あんなに早く帰ることに固執していたのが馬鹿のように思えるほど、それは当たり前の日常になった。
「でも、アンタのが美味い」
シンはそう言って、アスランの作る食事を強請る。
作れば、ほんとうに美味しそうに食べてくれる。
一緒にいて、一緒に食べて、触れて、抱き締めて、くれる。
シンの腕は、細くて、頼りなくて。
アスランの探していたものとは、全く違っていたのだけれど。
しかし、アスランが探していたのは。
欲しかったのは、この腕なのだと。
そう思うと、泣きたくなって、困った。
シンを困らせてしまいそうで、困った。
「えっと、アスランさん！」
夕食後、宿題が済んだタイミングで、シンが勢い込んでアスランを呼び止めた。
コーヒーでも淹れようと立ち上がりかけたアスランは、そのまますとんと座ってしまった。
「何だ？」
なんとなく嫌な予感がして、それでもちゃんと聞いてやらないとシンが怒るから、と。
赤い瞳を覗き込み、シンの言葉を待った。
「俺、バイトしようと思うんですよ」
「・・・・なんで？」
思わず、返す言葉がぞんざいになった。
それくらい、びっくりした。
「だって、俺行かせてもらってるのって、わりと進学校でしょ？けっこうみんな、将来のこととか考えてて。そしたら俺、このまんま養ってもらってるのって、良くないんじゃないかと思って」
何をどうしたら『そしたら』になるのかアスランにはよくわからないが、シンにはシンなりの理屈があるのだろう。
そう思って、続きを促す。
「それで？」
「通帳見て、いちお、俺なりに計算したんですけど。公立なら大学行けると思うんだけど、生活費まではちょっと足りないんじゃないかと思って。だから、今からちょっとでも足しにできたらなって」
「バイトして、それでも公立に行ける成績だと」
「アンタが教えてくれたら大丈夫だと思う。こないだの学年テスト見ただろ？」
確かに、シンの成績はだいぶ良くなった。
もともと得意な数学や物理はもちろん、苦手だった文系科目も、アスランのコーチングで校内の平均点に届くくらいには。
「生活費、って、出てくつもりか？」
「う・・・」
そこで詰まってくれたことに、安堵する。
「俺を置いて？」
嫌な言い方だな、と思った。
まるで、捨てられる女みたいだ。
「でも、高校のうちは出るの無理だと思うし、そしたら大学４年間だけだし」
「夜は俺の部屋で寝るのに、部屋借りるのか？」
「あ・・・アンタが来てよ！」
驚いた。そっちか。
「そいで、就職したら、俺と暮らしませんか！ここよりでっかい家とか無理だけど！俺稼ぐから！」
「・・・・」
そんなこと、考えてたのか。
そんなことまで、考えてくれていたのか。
「・・・学校は、どこを考えている？」
「いちお、アンタと同じとこ。就職いいっていうし、上手くすれば企業と協力してる研究室から、そのまんま入れたりするっていうし・・・笑うなよ！」
真面目な顔をして聞いてくれていたアスランが、ふ、と口元に笑みを浮かべたので、自分の夢を笑われたように思って、シンは思わず噛み付いた。
しかしアスランは、笑みを消さないままに。それでも真面目にシンに向き直った。
「いや、うちを狙うんなら、やっぱりバイトはやめた方がいい。ちゃんと勉強して、ちゃんと入れよ。でなきゃついて行けないぞ」
「え・・・やっぱ、無理？」
きゅーん、と耳を垂らした仔犬のように。
情けなくなった、シンの顔。
可愛い。
可愛くて、いとしくて。
アスランは緩やかに目を細めた。
「そんなに先のことまで考えてくれてるなら、わかるよな？高校のうちに、勉強に影響ないようにできるバイトなんて、そんなに足しにならないぞ？」
「うーーー」
それは、シンにもわかったのだろう。
それでもうーうー言いながら反論を探すのは、少年らしい、意地なのだろう。
それをいとおしく思いながら、アスランはそっと、シンの髪に手を伸ばした。
少し跳ねた硬い髪。
それを、やさしく撫でながら。
「でも、嬉しかった。ありがとう」
そう囁くと、赤い瞳が一生懸命、アスランを見上げて瞬いた。
「でも、今は無理でも、俺が大人になったら、俺の家で一緒に暮らしてくれますか？」
そこで、少し、考えて。
シンの顔が、どうしようもなく情けなくなったことに気が付いて、慌てて、頷く。
「・・・・ああ」
「やった！」
飛びついてきた少年の、つたないキスに応えながら。
抱きしめてくる腕に、応えながら。
アスランは、そっと目を閉じた。
この腕は、俺が欲しかった腕。
俺が欲しかったものを、全部、与えてくれる腕。
なら、俺は。
この腕の主に、何を与えてやれるんだろう。
何が、できるんだろう。
深くなっていくキス。
ただ抱きしめるだけだった腕が、意図を持って、アスランの体を味わいだして。
「アスランさん、風呂、一緒に入らない？」
「するのは、部屋でだぞ？」
「うん！」
頷いた明るい瞳を、翳らせないためには。
どうしたら、いいんだろう？
「あ、でもシてから風呂でもいいかも！」
「俺は嫌だ・・・」
言ってから、軽く離れて額を小突く。
ちぇー、と、頬を膨らませたシンの目元は、それでも確かに笑っていた。
アスランの体は、とってもとっても気持ちいい。
慣れてるってことは、感じやすいってことで。
シンのつたない愛撫でも、すぐに反応してくれる。
「アスランさん、ここ、いい？」
早々に触れた、アスランの中。
少し奥の、よくアスランの体の跳ねる場所を指先で引っ掛けるようにして、シンはそっと聞いてみる。
「ん・・・・い、い」
「じゃ、ここは？」
「んぁ！・・・ふっ・・・・・」
それでも、シンだって上手くなりたい。
もっともっと、アスランさんを悦ばせてあげたいから。
「ここと、ここと・・・・ここは？」
「シ、ンっ！」
そんなふうに、一生懸命アスランの体を研究していると、突然、ぎゅうっとその腕を掴まれた。
きゅうっと中も指を食い締めて、わ、わ、とシンは思う。
今、入ってなくて良かった。
入ってたら、絶対持ってかれちゃってた！
しかもアスランは、涙をたっぷり溜めた瞳でシンを見上げ、かすれた声で、切羽詰ったように、もう一度シンの名を呼んだ。
「シン、もう、焦らすな・・・っ」
わ、あっ！
焦らしてたんじゃない、焦らしてたんじゃないけど！
えっとっ！
慌てて、それでも慎重に、絡みつく襞から指を抜くと、ひくんとアスランの体が震えた。
しかも、アスランはそのまま自分の膝を掴んで、開いて、持ち上げて。
さっきまでシンの指を飲んでいた、そのいやらしい場所を、いっぱいに曝して。
「早く、してくれ」
そんなふうに強請られてしまったら、若い雄はたまらない。
しかもシンは、アスランにぞっこんなのだ。
膝を支えたアスランの手に、自分のそれを重ねてその身を折った。
安堵のような吐息が、濡れた唇から小さな声を伴って洩れる。
「ぁ・・・・」
続いて、すっかり硬くなったそれを、ひくひく蠢くいやらしい場所に押し当てて。
それでも、大丈夫かな、と不安になって、先で入り口を擦るようにすると、そこはシンの先端に、早く、とばかりに吸い付いた。
「シ、ン。シンっ・・・・」
アスランの手が、片方、シンの背中にまわって、きゅうっと強く引き寄せる。
大丈夫だな、とシンは思って、そのまま、奥まで侵入ってくる。
「あ、ああ・・・っ！」
シンの硬くて熱いものが、自分の中を押し割って、奥へ奥へと侵入っていく。
その快感に、アスランは身を震わせて。
そのままシンを食い締めて、どくどくと精を吐いてしまった。
アスランはときどき、こうやってシンに入れられただけでイってしまう。
その締め付けは強烈で、シンもたいてい一緒にイってしまうのだけれど。
今日はなんとかそれを我慢し、シンは心の中でガッツポーズと作った。
よし！今日は勝った！
決して勝ち負けではないのだが、この時、アスランだけをイかせることが、経験浅い少年にとっては、とてもとても嬉しいのだ。
「はぁ・・・は・・・っ、あ、んっ・・・」
一度弛緩したアスランの中が、まだ硬いシンに気づいたように、ひくりと強張りふるりと震える。
この時、ただでさえ感じやすいアスランが、もっと凄く感じやすくなっていることを、シンはもう、知っている。
「もっかい、イかせてあげますね」
「あ・・・っ」
手のひらを使って胸を擦れば、声が上がって中まで締まる。
ゆっくりと腰を引き出せば、背中にまわっていた腕が、めちゃくちゃになってシンの背を掻いた。
「あ、あっ」
「気持ちいい、ですか？」
聞かなくってもよくわかる。
一突きごとに、跳ねる体。
高く高く上がる声。
程よくぬかるんだ中は、痛いほどにシンを締め付けて。
その快感を味わい尽くすように、シンのリズムに合わせて腰が揺れる。
「やっ、あんっ、あぅんっ！」
感じてるときのアスランさんって、キレイだ。
自分も余裕のない中で、シンはアスランの頬に乱れかかった髪を、手荒い仕草で払いのけた。
閉じられた目元は赤く染まり、長い睫毛には涙が絡んでちらちらと光る。
開いたままの唇からは、熱い熱い吐息と共に、甘く潤んだ嬌声がこぼれる。
汗に張り付く藍色の髪が、頭を振るたびに艶かしく位置を変えて。
そうしてびくんと仰け反った後、緑の瞳がふうっと開いて。
意味のない嬌声ばかりをこぼしていた赤い唇が、わずかな力を持って、意味のある言葉を、紡いだ。
「シ、ン・・・・」
ああもうほんとに。
この人、きれいだ。
この日と、大好き。
もう、だめってくらい、好き。
シンの名を呼んだ後、また、魅力的な吐息をこぼした唇に、がふりとばかりに噛み付いて。
シンは、ぎゅうぎゅうと大好きなその人の体を抱きしめた。
いっぱいいっぱい抱きしめて。
いっぱいいっぱい、幸せだった。