俺の、家族 １４
朝は、アスランの匂いの中で目が覚める。
それが、シンのいちばんの幸せだった。
あれから、シンはアスランのベッドで眠るようになった。
する時も、しない時も。
はじめは、毎晩サカっていたシンだったけれど、そのうちに、気づいたのだ。
自分がセーブしなければいけないのだと。
アスランは、いつでもシンのしたいようにさせてくれた。
食事や勉強のことは、シンの態度が気に入らなければガミガミ言うし、シンの言うことなんかはあんまり聞いてくれないのだけれど。
でも、ベッドでのことは。
口でして欲しいって言えばしてくれるし。
もっとってねだれば、いくらでもさせてくれるし。
学校から帰るのが遅くて、疲れてるみたいなときでも、イヤだなんて絶対に言わない。
だから、シンは我慢を覚えた。
でも、昨日はシたんだ。
気持ちよかった。
あんあん言うアスランは可愛かったし、終わった後は、抱き合って眠った。
だから今、シンは、アスランの腕の中。
幸せでいっぱいの、中。
でも、早く大きくなりたいな。
目が覚めたら、俺がこの人抱いてられるくらいにさ。
早く、背、伸びないかな。
早く、大人になりたいな。
そう思っていると、大きな音でベルが鳴った。
アスランのセットした目覚まし時計だ。
電子音じゃなくて、けたたましくベルを鳴らすアナクロの目覚ましは、机の上に置いてあるから、起きないわけにはいかないのだ。
「これくらいの音じゃなくちゃ目が覚めない」
と言うアスランは、実は寝起きが悪いことが判明した。
それでも、シンに合わせて毎朝ちゃんとご飯をつくってくれれたんだな、と思うと嬉しくなる。
「アスランさん、朝ですよ」
「・・・・・ん」
それでもやっぱり朝は苦手らしいアスランの、寝ぼけた仕草が可愛くて好きだ。
「おはようございます。目覚まし止めてきますから、起きてくださいよ」
「おはよう・・・・ああ、俺が止める」
むっくり起きた藍色の髪は、寝癖でくしゃくしゃになっていて、いつもきちんとしている姿しか知らなかったシンは、ちょっと得をしたような気分になる。
こんなアスラン、俺しか知らない。
・・・・えっと、今は。
不思議なことに、くしゃくしゃの寝癖は指で梳かすときれいになった。
朝に弱いわりには機敏な動きで、さっと床に裸足の足を置いて。
全裸のままのアスランは、そのまま、のこのこと目覚まし時計を止めに行った。
「・・・・・」
時々思うんだけど、この人、羞恥心とか、ちょっと人とは違うとこに付いてるよな。
いいんだけどさ。
いいんだけどさーー
「どうした？シン。ああ、お前もう少し寝ててもいいぞ」
毛布の合間から、昨夜シンが脱がした下着を探し当てて、ベッドの下の引き出しから、シャツとズボンを引っ張りだして。
あっと言う間に隙のないいつもの姿を取り戻してしまった大事な人を、ちょっとだけ惜しく思いながら。
「起きますよ。朝メシ作るんでしょ？手伝います」
シンも下着を探してもそもそ着替える。
シンの着替えは、新しく買ってもらった籠の中だ。
恋人の部屋に、自分用の物があるってこんな感じかな。
嬉しい。
さっさと着替えて、先に階下に下りてしまったアスランを追う。
フライパンに向かって卵を割っている背中を見て、パンをトースターに突っ込む。
アスランがセットしたコーヒーメーカーから、全部落ちきったのを確認して、マグカップに注いで。自分の分にだけ、こっそりと砂糖を入れてから、両方にミルクを入れてテーブルに出した。
トースターがチンと音を立てる頃には、シンには半熟、自分の分は火の通りきった目玉焼きを作ったアスランが、レタスを千切ってそれぞれの皿に盛っていた。
「あれ？白いドレッシング切れてるよ？」
「フレンチか？流しの下に買い置きがあったはずだが」
「あー、めんどくさいからアンタと同じでいいや」
他愛もないことを言い合いながら、トーストも出して、テーブルについて。
「「いただきます」」
二人で言って、ごはんを食べる。
それだけで、一人で食べるより、ずっと、ずっと美味しい。
この人で、良かったな、とシンは思う。
大好きだな、って、思う。
長い指がフォークを置いて、マグカップの持ち手に掛かる。
運ばれた先の唇に、昨夜のキスを思い出し、ちょっと赤くなったシンは、がつがつとトーストを噛み砕いた。
「・・・ああ、そうだ、シン」
トーストを一枚、シンに譲ったアスランは、コーヒーをすすって、切り出した。
「今日は、遅くなると思うんだ」
嫌な、既視感があった。
幸せな気持ちが、すうっと冷える。
「・・・何？合コンか、何か？」
前も、同じことを言った気がする。
・・・・どうしよう。
「違うよ。夕食は・・・・・」
「違うんだったら、何？」
シンの声色が変わったことに、アスランはやっと気がついた。
気が付いて、苦く、笑った。
「研究室で、ちょっとしたプロジェクトをやってるんだ。その実験で６，７時間手が離せなくなるんだが、授業の都合で午後からしか始められなくて」
「・・・・なんだ」
思わず洩れたシンの声に、アスランはまた、小さく笑って、詫びた。
「ごめん」
「ううん。俺こそ、えっと」
「わかってる。信用回復に努めるよ」
そう言ってくれて、ほっとする。
ほっとする自分がちょっと嫌で。
シンはそれを誤魔化すように、ごくごくと冷めたコーヒーを飲み干した。
しまった、もっと砂糖を入れれば良かった。
苦い。
「でも、もう三回生だから、これからも遅くなることがあると思うんだが・・・・」
「えっと、大丈夫。信用、してるから」
大好きだから、と続けそうになって、それは慌てて飲み込んだ。
さすがにそれは、ちょっと恥ずかしい。
でも、そっか。
アスラン、今までだって、きっとゼミとかあったよな。
でもきっと、シンのために早く帰って来たんだろうな。
シンと、ごはん食べるために。帰って来たんだろうな。
そう思うと、凄く嬉しくて、ちょっと切ない。
だから、言いそびれていたことがあるんだけど。
えっと、今なら。
「あのさ、アスラン・・・」
「そろそろ時間じゃないか？シン」
言いかけて、遮られて。
時計を見たシンは、言いたかったことも忘れて椅子を蹴った。
「やっべ、行かなくちゃ！」
家を出なくちゃいけない時間にはまだ少しあるけれど、顔まだ洗ってないし、教科書だって揃えてないし！
慌てて自分の皿をシンクに放り込み、手早く準備を整えたシンは、また、リビングに顔を出して。
片づけをしているアスランの背中に、思い切って声をかけた。
「遅くなるんなら、今日は俺がメシ作りますよ」
「シンがか？」
思いきり怪訝そうな顔をされて、むっと口を尖らせる。
「なんですか！こないだチャーハン教えてくれたでしょう！あれくらいなら、俺だって！」
「わかった、わかった。・・・・でもそうか、シンが作ってくれるのか」
濡れた指先をタオルで拭い、アスランは嬉しそうに。
本当にほんとうに嬉しそうに、ふわりと笑った。
「楽しみにしてるよ」
「・・・い、いってきます！」
駆け出したシンは、なんだかもう、夕飯のことで頭がいっぱいになってしまって。
その日は、授業がまともに聞けなくて、何度も何度も怒られた。