俺の、家族 １１
今日も、アスランがごはんを作ってくれる。
それが、シンには凄く嬉しい。
「お前、ケチャップ味好きだよな」
「え？そうかな。普通ですよ」
「・・・・・」
「何なんですか！はっきり言ってくださいよ！」
今日は、シンのリクエストでオムライスだ。
ケチャップで名前書いて欲しいと頼むと、自分でやれとチューブを渡された。
アスランのにも書いてやれ。
「・・・・いや、可愛いなと思ってさ」
「それ、いい意味じゃないですよね。てか可愛いって！違うだろそれ！」
子供みたいな味覚して。
黄色い小山に、赤い名前。
可愛い、だろう。これは。
くすくすと笑うアスランに、むっとしながらもオムライスの皿を出して。
「スプーン、大きい方ですよね。・・・・いつまで笑ってんですか！食べちゃいますよ！」
それでもせっせとテーブルを整えていたシンは、握ったスプーンを振り上げて大抗議した。
可愛い。
「ああ、悪い」
全然悪くなんか思っていなさそうにそう答えて、アスランも白木のテーブルについた。
「いただきます！」
「・・・いただきます」
黄色い皮にスプーンを突き立てて、赤いライスをたちまちほお張るシンを、アスランは楽しそうに眺めていた。
オムライスを作ったのは、まだ、２回目だ。
少し形がいびつだけれど、初めてのときのように、皮が破れるようなことはない。
無駄に器用と言われた、自分の手先に感謝する。
彼の好物が作れる、自分の手に。
「あ、そうだアスランさん」
ずず、とスープをすすったシンは、スープカップにもスプーンを突っ込んで、中の野菜をかき混ぜた。
「土曜日ヒマ？」
「ああ。買い物に行かないといけないが・・・日曜でもいいからな」
冷蔵庫の中身を思い返しながら、アスランはふと、思い立つ。
「一緒に行くか？買い物」
シンと一緒にスーパーに行ったら、きっとうるさくて楽しいだろう。
そう思って言ったのだが、シンはちょっと呆然として、それからこくこくと大げさに頷いた。
「はい！行く！行きます！そいで」
少年は、勢い込んで。
「土曜日はデートしましょう！」
「あ・・・」
そういえば、そういう約束だった。
「ええと」
「ダメですか？」
少しだけ口ごもると、シンはしゅんと肩を落とした。
「いや、そうじゃなくて」
アスランは慌てて首を振って、それから困ったように付け加える。
「慣れてない、だけなんだ。ダメじゃない」
「なんだ！」
ぱっと笑うシン。
くるくる変わる表情が、愛しい。
「じゃあ行きましょう！どこがいいですか？映画、今何やってたっけ。あ、遊園地とか行きます？前にヴィーノたちと行ったとこ、絶叫系充実してて面白かった！」
でも一番でかいコースターは３０分待ちー！と騒ぐシンに、アスランはただ頷くばかりだ。
「シンの行きたいところでいいよ」
「えー、初デートなんだから、アスランさんも一緒に考えてくださいよ」
そんなに面白かったなら遊園地に、と思って。
そう言おうとして。
アスランはふと、手元の皿に目を落とした。
黄色い皮から、赤いライスが覗いて。
マッシュルームの薄切りが、ひとつ、白い皿の上に落ちていた。
「・・・動物園、はどうだ？」
言ってから、子供っぽかったかと後悔した。
シンの事は言えない。
「じゃ、動物園行きましょう！俺何年ぶりだろ」
しかし、にこにこと笑ったシンは、もう決まったとばかりに笑ったその口にオムライスを放り込んで、まぐまぐと噛んで飲み込んだ。
「いや、一緒に考えるんだろう？」
「だって、俺も動物園行きたいし」
ここからだと、あの動物園になるのかな。あそこってちょっとサファリパークみたいなのありますよね。一回行ってみたかったんだ！
畳み掛けるように言いながら、たちまちオムライスを食べ尽くしたシンは、また、スープカップにスプーンを突っ込んで、えへへと笑った。
「デートだぁ」
そんな彼が、あんまり幸せそうだったから。
アスランも、反論する気が失せて、もくもくとオムライスを食べた。
ケチャップの絡んだライスは、味付けの時に思ったよりも、ずっと、甘かった。
土曜日の動物園は、思ったとおりに家族連れが多かった。
後は、学生らしいグループと、カップルと。
その中で、男の二人連れは目立つかな、とシンは思ったけれど、アスランは全然気にしていない様子だった。
だから、シンも気にしないことにした。
「わ、カバ、カバ、でかい！」
水に潜っていたカバが、のっそりと水から上がってきて、しばらくその前で待っていたシンは、指を指して喜んだ。
「好きなのか？カバ」
「好きっていうか」
柵から身を乗り出して。水から上がったまま、じっとしているカバを、じいっと見ているシンは。
視線を動かさないままに、笑みを少し、寂しいものにした。
「マユが」
しまった、と、アスランは思った。
「まだちっちゃい時に、一緒に動物園行って。運良く餌の時間でさ、カバががばっと口開けたんだ。それが怖いって、泣いて」
シンは、じっと、カバを見ている。
「俺にしがみ付いて、わーわー泣くんだ。父さんも母さんも、大丈夫だよって言ってるのに、聞かなくって」
いや、彼が見ているのは。
「でもあの後、何回行っても、餌の時間に合わなくってさ。マユは泣いたこと忘れるし、俺も・・・ほんとにあったのかなって、思って」
カバがまた、のっそりと歩き出す。
どうやら、岩場を模した寝小屋に向かっているようだった。
「でもさ、あの時、俺にしがみ付いてたマユ、小さくてあったかくって、可愛かったんだ」
カバが、すっかり見えなくなる。
それでも、シンはそこを見つめたままだった。
「俺が、守ってやんなきゃって思ったんだ」
「・・・そうか」
アスランは、少しためらってから、シンの肩を抱いてみた。
シンは、柵から身を離して、アスランにとん、と寄りかかった。
「それだけ、なんだけどさ」
「うん」
「やっぱりカバ好きかも」
「そうか」
「行っちゃったけど」
「・・・・」
カバの潜っていた、少し濁ったプールは、とろりと凪いでいる。
「また来れば、いいさ」
「うん」
シンは、意外と晴れやかに笑った。
シンの触れた場所があたたかくて。
その時のシンの気持ちがわかる気がして、アスランも、少し、笑った。
サバンナを模したエリアを、バスに乗って巡ると、シンはまるで子供のようにはしゃいでいた。
アスランは、夜行性動物のガラスの前で、シンが飽きて騒ぎ出すまで動かなかった。
そんなこんなで方々を見て歩き、昼も少し過ぎた頃、シンがお腹が減ったと騒ぎ出した。
「レストランある！入りましょうよ。たぶんろくなもんないけど」
シンに引きずられるようにしながら、アスランはどこか恐る恐る、そこへと足を進めた。
「いや、入る前から決め付けなくても」
「だって、こういうとこのってたいていそうでしょ」
店頭のディスプレイを覗き込むと、たしかに、たいしたものはない。
「・・・ここで、いいか？」
聞いてくるアスランに、シンは「うん」と勢い良く頷いた。
本当にお腹が減っていたのだ。
シンは、ゴリラの何たらという名の付いた大きなハンバーガーを、アスランはオムライスをカウンターで受け取って、二人がけの小さなテーブルにつく。
丁度昼時だから、大きなテーブルは家族連れでいっぱいだった。
床に置いたシンのリュックに、走って来た小さな子供が突っ込んで、起こしてやる間もなく、また走っていった。謝りながら追いかけていくお父さんが大変そうだ。
「なんとなく、シンはああいう感じの子供だった気がする」
「えー、あそこまで酷くはないですよ」
「あそこまでじゃなくても、ああだったんだな」
「え、まあ」
反論できずに頷いたシンに、アスランは思わず吹きだしてしまった。
「ちぇ、アンタは大人しい子供だったんだろうなー」
むくれたように、シンはハンバーガーに齧り付いた。
「その後の素行不良が著しかったがな」
「わ、自覚あったんだ、アンタ」
口にケチャップとマスタードをつけて、シンはわざとらしく嫌な顔をする。
「でもアンタがオムライスって意外だな。何？研究？？」
しかしすぐに表情を変えて、アスランの手元を覗き込んだ。
「・・・いや。ちょと、思い出して」
アスランの作る、よく言えば自然な形、悪く言えばちょっと歪んだものとは違う、型に嵌めたような、綺麗なオムライス。
１／３ほど崩されて、赤いケチャップライスの覗いたそれを見下ろして、アスランは、どこか夢見るように笑った。
「俺は昔、ここに来たことがあるんだ」
少し顔を上げる。
シンの赤い瞳が、興味深そうにこちらを見ている。
「たぶん、凄く小さい時だったんだろう。何を見たかとか、そういうのはほとんど覚えてないんだ。ただ、この間思い出した。俺はここで、オムライスを食べたんだ」
白い皿に、目に鮮やかなほどの黄色と赤。
しょっぱくてすっぱくて少し甘くて。
混じったマッシュルームが大きいと、何故だかとても嬉しかった。
「父さんは確かカレーだった。母さんは、サンドイッチと・・・スープが付いていたんだっけかな」
今は亡い人の白い指が、紙のナプキンで口元を拭ってくれる。
大きなあたたかい手が、椅子から落ちそうになった自分をしっかりと支えてくれた。
外は、明るかったように思う。
天気のいい、・・・恐らく、初夏の日差し。
ただ。
一緒にいた二人の顔は、その光に霞むように、おぼろげでよくわからない。
シンの記憶のカバと同じだ。
それが、本当にあったことなのか、どこか疑わしい。
それでも。
あの時の幸福だけは、確かに胸に残っていて。
何故忘れていたのかと思うと、泣きたくなった。
「・・・・アスランさん」
シンは、握ったままだったハンバーガーを皿に下ろした。
「またオムライス作ってよ」
「ああ」
「あとさ」
「うん」
「俺にも、作り方教えてくれませんか？」
「・・・・・」
アスランは、少し驚いた顔をして。
それから、くすりと笑った。
「それ、結構難しいぞ」
「え、そうなんですか」
「でも、教えてやるよ」
「うん！！」
シンはまた、勢い良くハンバーガーにかぶり付く。
その様子を、アスランは目を細めて眺めていた。
それは、おぼろな記憶ではない、確かな現実で。
確かな、幸福だった。