俺の、家族 １０
「え・・・あ・・・・・」
あ、この反応はわかってくれたんだ。
シンは、とりあえずほっとした。
時々、そうなんじゃないかなとは思ってたけど。
この人、結構天然だ。
「えっと、あの」
しかし、アスランのあまりのうろたえように、シンの方も不安になった。
「嫌・・・でした？」
俺に、そういうふうに好きって言われるの、嫌？
家族じゃない俺って、嫌？
「嫌なわけないだろ！」
勢い込んでそう言われて。
シンは、ほっと息をついた。
嫌なわけない。
嫌なわけ、ないんだ。
アスランは、呆然と目の前の少年を見詰めた。
ずっと欲しかった家族。
この家に。
側に、いてくれるひと。
可愛くて生意気でうるさくて凄く可愛くて馬鹿で大切で。
その気配ひとつで、アスランを幸せにしてくれる少年。
でも。
え？
「ええと、アスランさん」
その少年が、神妙な顔をして、じっとアスランを見つめていた。
「できれば、返事、とか、欲しいんですけど」
「返事って、何を」
その呆けた返事に頭をかきむしりたくなって、でもそうか、と、シンは思いなおした。
好き、ってのは、シンの気持ちで。
それを、言っただけで。
だから。
えっと、返事をもらうには。
「付き合ってください。・・・で、いいのかな？」
「俺と付き合うって、どういうことかわかってるのか？シン」
それを聞いたアスランは、少し強い声で聞き返した。
でも、いっぱいいっぱいのシンは気づかない。
「えっと、アンタとデートしたり、それからできればキスとか、それからもっととかしたいってことです！」
しまった。これはわかってることじゃなくて、シンのしたいことだ。
「もっとって・・・・俺、体売ってたんだが」
「ああ、はい。知ってます」
そうあっさりと答えてしまったシンの、赤い瞳をまじまじと見つめて。
「それでも、したいのか？」
アスランは、訊いた。
「男なら、誰だって好きな人とセックスしたいと思います！」
それに、元気良く答えてしまってから、シンは急に縮こまった。
「えと、あの」
そうだ、まだ答え、もらってなかったんだっけ。
「もちろん、アスランさんがOKしてくれたらの話ですけど・・・」
上目遣いでおずおずと。
しかし、その瞳だけはキラキラさせて。
まるで、おやつを前に、『おあずけ』している仔犬みたいなシン。
この子と。
「OKしたら。・・・デート、も、するのか？」
「はい！」
ぱっと、シンの顔が輝く。
「デートって、何を？」
「えっと、一緒に映画見たりとか、一緒にゲーセン行ったりとか」
ああそうだ。
もっと、いちばん、大切なこと。
「一緒に、ごはん、食べたりとか」
また、アスランと一緒にご飯食べたいな。
おいしいごはん、食べたいな。
「・・・・そうか」
それを聞いたアスランは、ふ、と。
ひどく、幸福そうに笑った。
「いいな、それ」
アスランの作ってくれる、シチューみたいな笑顔だな、と思った。
「ねえ、それってOKってこと？」
「ああ」
「やったーーー！！」
がばり、とシンに抱きつかれ、アスランはばふんとベッドにひっくり返った。
抜群の反射神経で、持っていたマグカップの水平はなんとか保ったけれど、シンの方はお構いなしだったので、シーツが濡れてだいなしになった。
その翌日から、アスランは熱を出して、３日ほど寝込んだ。
それをシンは、つきっきりで看病した。
「この程度で済んでるんだから、本っ当に腹立つよなー、お前」
やっと熱の下がってきた頃、やってきた『友人たち』の言いように、アスランの方も、慣れた言い様で返す。
「見舞いに来たのか、文句言いに来たのか、どっちなんだお前ら」
「キサマの間抜け面見に来たに決まってるだろうが！」
「だからそれどっちなんだよ」
シンにはしない、ぞんざいな言い様。
その上アスランの口から、彼らとも寝たことがあると確認を取ってしまったシンは、今にも飛び掛りそうな目をして彼らを睨んでいる。
そんな少年の様子を楽しげに眺め、イザークは、ふいと口元を歪めてみせた。
「で？もうシたのかキサマら」
「・・・・！」
「・・・・・・！！」
絶句した二人に、イザークはフンと鼻で笑い、ディアッカは腹を抱えてゲラゲラと笑う。
「だってアスランさんまだ熱あるし！」
「そうじゃないだろシン！」
その様子は、夫婦漫才そのもの。
「ほう、まだくわえ込んでないのか。ベッドは休むところじゃないとまで言ったキサマが」
「もう帰れお前――！」
ばっふん。
ぶん投げられた枕を受け止めて、イザークはまだニヤニヤと笑っている。
それから、ふと真顔になって。
「・・・・本当にコイツでいいんだな？」
「何がだよ」
「・・・いや。・・・帰るぞディアッカ！」
ぼん、と、枕をシンに押し付けると、そいつはシンをひと睨みしてがちゃりとドアを開けた。
「あぁ？もうかよ。まあいいや、じゃ、アスラン、『礼』期待してるぜ」
「ああ、何かおごるよ」
「そんだけかよー」
「グズグズするな！！」
いつでも騒がしい奴らは、やっぱり騒がしく帰っていく。
その、閉められたドアを、呆然と見ていたシンは、アスランのぼやきに我に返った。
「まったく・・・付き合い長いんだが、アイツの考えていることはさっぱりわからない」
「え、と」
わからない、と、アスランは言うけれど。
シンにも、ちゃんとわかるわけではないのだけれど。
あいつのアスランに対する態度とか。
あの、シンに投げた、怒りと呆れの混じった視線とか。
「・・・俺、ちょっとわかるかも」
もしかして、そうだったのかな。
あいつ、アスランのこと好きだったのかな。
しかし、付き合いが長いと言うアスランは、そうなのか？と、目を見張って。
でも、シンはどんなに聞かれても、それに答えることはしなかった。
だってそれ、凄い失礼なことだもの。たぶん。
だからシンは、枕をアスランに返しながら、伸ばされた腕を引いて、きゅ、と、まだ少し熱の残る体を抱きしめた。
この人、俺のなんだ。
もう誰にもやらないんだって、そう思って。
「・・・シン」
それをわかってくれたのか、くれていないのか。
わからないけれど、アスランは。
そっと、シンの背中を抱き返してくれた。
やさしい抱擁。
あったかくて、気持ちいい。
身じろぎすると、頬と頬が触れた。
鼻先を、アスランのいい匂いが、掠めた。
それを強く意識してしまい、シンは跳ね上がった心臓の始末に困った。
えっと。
えっと。
俺たち、もう付き合ってるんだよな。
デートとか、まだだけど。
でも、えっと。
少しだけ体を離すと、間近に、アスランの綺麗な瞳があった。
それが、シンを見止めて、優しく笑んで。
それからちょっと、はにかむようになって。
長い睫がふっ、と降りて、綺麗な緑が見えなくなった。
見えなくなったのに、何故だかシンは、それを惜しいとは思わなかった。
だって。
初めて触れた唇は、熱くてやわらかくて気持ちよくて。
シンはなんだか泣きたくなってしまったのだけれど、一生懸命我慢した。