休暇 １
いつでも、玲二をどこかへ引っ張り出すのは英治の特権だった。
子供の頃に、本当に引っ張っていた小さな手は、もうすっかり大きくなって。
くん、と曲げられて、大きめのボストンバッグを持ち上げた長い指の持つ色気に、英治は緩く目を細めた。
「ボクが持つよ」
「ん？ああ、かまわん」
いまいちかみ合っていない会話を交わして、玲二は荷物を持ち上げる。
荷物はすぐに、宿の者に渡されたけれど、英治は空になった玲二の手を、薄く笑いながら見つめていた。
「遊びに行こうよ」と誘えば、お前も忙しいだろうだろうだの何だのと言い出すのはわかっていたので、「疲れたからちょっと休みたい」と言ったらあっさりとＯＫが出た。
あの頃、あんまり言うこと聞かなかった玲二も、再会してからは小さな頃のように従順だ。
最終的には言うこと聞いて一緒に行くにはわかっているけれど。嫌がってみせる玲二を無理矢理引っ張り出すのも楽しいけれど、それでもやっぱり遊ぶなら、はじめから楽しい方がいいじゃないか。
選んだのは、箱根の温泉宿だった。
海外でもいいけれど、移動時間がちょっともったいない。
父の代からよく使っているところだから、男二人だろうが布団を汚そうが風呂場を汚そうが、黙って快適な空間を提供してくれる。
世間の煩わしさから解放されて、のんびり過ごすにはもってこいの場所だった。
部屋に案内される間、それでも英治はガマンした。
離れ造りの部屋に着き、先に立って窓を開ける玲二の背中を、後ろからぎゅう、と抱きしめる。
いつでもきっちりと着込まれたスーツの下に、感じる体の質感がたまらない。
この体が、裸にされていやらしくのたうつ様を思い出すだけで、英治の体は熱くなった。
「・・・がっつくな」
スーツの上から体をまさぐり、喉元に指を滑らせたところで、玲二が振り向く。
眼鏡越しの瞳が潤んでいる。
お前だって、欲しいクセに。
「だって、こんな色っぽい玲二が目の前にいるんだから。欲しくなって当然だろ？」
こちらを向いたのをいいことに、顎の先を取ってキスをする。
それに応える玲二の舌が、おざなりなのを感じ取る。
まったく、もう。
だから、余計にキスを長くして。
上着の下に手を突っ込み、シャツの上から引き締まった腹を撫で回す。
舌先で感じる場所を嘗め上げるたび、腹筋がびく、と反応するさまが楽しかった。
ようよう唇が離れた頃は、もう、玲二の息は上がっている。
それでも、しなだれかかって来たりはしないんだもん。
まったく、イヤになっちゃうよ。
そう思いながら腕を引き、押し倒そうとしたところで、逆に玲二に腕を掴まれ、その場に押し留められた。
「・・・風呂」
力強い腕とは裏腹に、眼鏡越しにもわかる、赤くなった目元が色っぽい。
「入ってからにしろ」
汗臭いだろう、と、そう言った玲二の汗の匂いが、英治は結構好きなのだけれど。
「わかったよ。しょーがないナァ」
恥じらう玲二の様子が、なんだかとっても可愛らしかったから、それをもっと楽しむために、引き延ばしてあげることにする。
「でも、一緒に入るんだよ？」
「風呂ではしないぞ」
「お堅いナァ」
言い合いながら、荷物も解かずに風呂へと向かう。
しぶしぶとついてくる玲二の手を取ると、それでも握り返してくるのが、楽しかった。
部屋付きの風呂で体を伸ばす、玲二を眺めるのはオードブルだ。
黒髪から落ちた水滴が、隣で小さく波紋を作り、その体をゆるゆると揺らめかせる様を眺めながら、英治は思った。
まァ、お風呂でするのもイイんだけどね。
この休暇は５日間。
もうちょっと後でもいいだろう。
ホントは一週間欲しかったけど、入っていた会議の日程をずらそうとしたら、玲二とユリアンヌから、ダブルで苦言が来た。
部下の進言はちゃんと聞くさ。ボクだって、ちょっとマズイかなぁって思ってたんだしサ。
何の気なしに手を伸ばし、玲二の髪をもてあそぶ。
英治の腕で波だった湯の上に、洗いたての髪から落ちた滴が重なって、ちょっとキレイだ。
「・・・英治」
困惑気味にこちらを見やる、玲二の視線は風呂だというのに眼鏡越しだ。
一度風呂に突っ込むと、眼鏡って曇らないんだなぁと、英治はさっき、初めて知った。
「しないサ」
まったくもう、と、眼鏡のつるに指を引っかけて外し、至近距離でその黒眼をのぞき込んだ。
「でも、いちゃいちゃするくらい、いいだろ？」
「・・・・・」
ふ、と、その目が閉じられたのを返事と取って、そのまま湯の熱を吸った唇にキスをする。
でも、これ以上はしてやらない。
そう、これはオードブル。
メインは、ゆっくり食べたいからね。
ぽい、と伊達眼鏡を放ると、瞬間玲二は目を開けて。
眼鏡の落ちた場所だけを確認し、英治の望むまま、また、閉じた。
玲二は結構キスが巧い。
一体どこで覚えたのやら。
なんだかちょっとムカつくから、絶対リードはさせてやらない。
たっぷりとねぶった口腔は、たぶん、湯温よりも、熱い。
さっきよりは、ちゃんと応えてくる舌を甘く噛むと、きゅう、と腕を掴まれた。
さらに歯を立てれば、指先が震えて爪を立てられた。
もっと噛んでやろうかとも思ったけれど、玲二相手に、それは報復にならないから。
「・・・行こう」
その腕を掴み返し、ざばりと湯から立ち上がる。
付いてくる玲二が、放られた眼鏡を正確にに拾い上げたのに、立ち上がるときに足をもつれさせたのが、なんだかとっても愉快だった。
「玲二、浴衣結構似合うな」
旅館の用意した浴衣に袖を通すと、藍染の木綿生地がさらさらとして気持ちいい。
滅多に見ない、スーツではない玲二が、目に楽しい。
玲二くらい足が長いと、たいていヘンなシルエットになるものなのに。帯の位置を下げているせいか、見とれる程度にはさまになっている。
「どうせ脱がせるんだろうが」
そう言いながらひどくぞんざいな手つきで帯を結ぶ玲二の腕を取り、英治はにこりと笑った。
「そうかい？じゃあ、着たまんまヤろうか」
「英治・・・・」
面倒くさい、と、顔に大書きしたような様子に、英治は少し、苦笑いした。
いつも表情を消してるくせに、こういうのだけは思い切りよく顔に出す。
「いいじゃないか。似合うんだしサ」
いや。
この表情は、英治の前だからだ。
ふたりきり、だからだ。
そう思えば、不機嫌な玲二も可愛いと思える。
そのまま、腕を引いて部屋へと戻り、畳の上に引き倒す。
床の上でするのはちょっとイタイのだけれど、（ボクがね！）畳の上なら、それほどでもない。
むしろ、ちょっとムリヤリっぽくて燃えるものだ。
「布団敷いてやる。少し待て」
「イヤだよ」
言い返すと、玲二はため息をついて大人しくなった。