口直し ２
「ぶっ・・・くくっ」
突然現れた怪しげな男に、それを見て笑いだした兵部。
順番待ちをしていた何人かが、声を荒げて真木に詰め寄ろうとしたが、じろりと睨まれて足を竦ませる。
ああうんその判断は正しいよ、と、真木の殺気を心地よく感じながら。
「いやだね、もっと遊ぶ」
げらげらと笑う兵部に、真木は眉間の皺を深くした。
「少佐・・・」
その声に、呆れ以上のものを感じて、ああこれ以上は無理だな、と兵部はあっさり諦めた。
「まったく、しょうがないな」
兵部の了承が取れたので、真木は男たちをかき分けて、ひょいと兵部を小脇に抱えた。
明らかに堅気ではない、というかヤバイ雰囲気全開の男の登場と、更にその男に敬語を使われる、今まで散々犯した少年。
それをどう理解したのか、今まで好き放題に兵部の体を貪っていた男たちは、完全に逃げ腰になっている。
それでも背中を見せるのはかえって怖いのか、各々のものを仕舞いながら、じり、じり、と後ずさる様子がおかしい。
「帰ったらお前、相手しろよ」
「お断りします」
「まったまたー、終いにゃ突っ込んでくれるくせに」
そう笑う兵部に、真木は眉間の皺もそのままに、真顔で聞いた。
「どうされますか」
どう、の意味がわからないほど愚かではなかったらしい。
男たちに動揺が走り、兵部はそれをわらいながら、ひらひらと手を振った。
「あー、いいよ。楽しかったし。今日は死体を見る気分じゃない」
まあ、ここで大量に死体が出たら、あの坊やは凄く面白い反応をしてくれそうだけど。
それをクイーンたちに悟られないほど、器用な男だとは思えない。
それにまあ、ちゃんと口直しさせてくれたし、さ。
「悪いね。迎えが来ちまったからお開きだ」
そう、最初のリーダー格の男に言えば、「お・・・おう」と、虚勢ばりばりの答えが返った。
「少佐、下はどこに」
その男とは対照的に、真木は通常運転だ。
兵部の体を横から前へ・・・いわゆる『お姫様抱っこ』に抱き直し、黒いスーツの袖を、兵部のそこから漏れだした精液で濡らして平坦に問うた。
「あれ？」
いつの間に脱がされていたのか、気がつかなかった。
腿にいくつもの噛み跡があるのに、それが何時付けられたのかもよく思い出せない。
首を傾げた兵部に、真木が思い切りため息をついたところで。
「あの・・・」
最初に、兵部の顔が好みだと言っていた男が、脱がせたズボンを靴と一緒に差し出した。
それは、もう元々ついていた皆本のものが、どれだったかもわからないほどに汚れていて。
「サンキュー」
兵部は、それを楽しそうに受け取ると、真木と一緒にテレポートをかました。
「エ・・・エスパー・・・」
その後には。
命拾いした男たちが、呆然と残されていた。
ひゅぱ、と、最後に現れたのは兵部の自室のベッドの傍で、そこに引きずり込まれそうになり、真木は全力で抵抗した。
「・・・っ、少佐！」
「つっまんねーな」
「つまらなくて結構です！」
ただ、兵部の軽い体をベッドから浴室へ運ぶだけでぐったりと疲れ果てながら、真木は兵部を浴室の床に下ろして上着を脱ぎ、腕をまくった。
このまま浴室に放り込んでも、湯を浴びるばかりで洗おうとしないのだから、仕方がない。
だから、真木はまず、どろどろに汚れた学ランとシャツを脱がせて。
それから、面白そうに自分を見上げる兵部の顎を取った。
そのまま、口腔に指を滑り込まされて。
ちら、と真木を見上げた兵部は、しかしそのまま口を開き、その指先が舌を辿ってその奥へと差し込まれるのを、大人しく許した。
「ぅ、ぇ・・・・っ」
夕食を取らずに出かけてしまったせいだろう、吐き出されたのは、胃液と精液だけだった。
「うっわ。こんなに飲んだんだ」
まるで他人事にように言う兵部の口元に、カランから水を注いだコップが突きつけられる。
「少佐、口を濯いでください」
「ん」
生体コントロールを使えばこんなことをせずに吐き出せるのだが、放っておくと飲んだままにしてしまうので、真木の指も慣れたものだ。
兵部が口を濯ぐのを確認してから、真木はミネラルウォーターのボトルを兵部に渡した。
カタストロフィ号の蛇口から出る水は、もちろん飲用に問題はないが、やはり少しカルキ臭が残る。
こうすれば、真木に嫌な顔をさせるためだけに、濯がずに飲み込んでしまうのを防げるのだ。
そんな涙ぐましい努力も知らぬげに、半分ほどあけたボトルを放り出そうとするのを取り上げて。
「綺麗にしますから、少し我慢してください」
シャワーの湯温を調節しながら、吐いたものを流してしまって真木は言う。
「言い方やらしーんだよ、お前」
何をするのかを知っている兵部は、ちょうど体温ほどのぬるめのお湯でこびりついた汚れを流されて、笑いながら浴槽の縁に手をかけて膝を立てた。
「意味が分かりません」
一番汚れが酷いのだろう、尻から足の間を、大きな手が行き来する。
「・・・ふ、ぁ」
その手の触れたところどころか、シャワーの湯が当たる感触にさえ感じて、兵部はちいさく声を上げた。
そのうち、何もしなくても精液のあふれてくるそこを、ゆっくりと押し開かれて。
「んんっ・・・」
どろ、と今までよりもたくさん、そこから出ていくものがわかった。
後ろから、真木の舌打ちが聞こえる。
「そんなには残ってないと思うんだけど」
突っ込みながら、アレで掻き出してたはずだぜ？と煽れば、中に入っていた指に、ぐうっと力が入って・・・しかしすぐに、抜けていってしまった。
ちぇ、つまらない。
兵部は、ちらりと真木を振り返った。
このまま、この他の男の精液で汚れた場所を犯してほしいのに。
凄く酷くして欲しいのに。その材料を与えてやっているのに。
真木だって、それを知っているはずなのに、なんでそこで理性利かすかな。
随分恨みがましげな目で見ているはずだったけれど、真木は頑張って無表情を作ったままだった。
しかし。
その手が、器用にシャワーヘッドを外して慎重に湯量を調節し始めたのを見て、兵部は心臓を跳ねさせた。
ああこれ外れるんだ、と知って、兵部は一度、自分で外そうとしてシャワーヘッド自体を壊し、真木を盛大に呆れさせたことがある。
どうやらコツがあるらしいのだが、聞くのもなんとなくムカつくので、もうどうでもいいということにしてあった。
「失礼します」
そうして、耳元で囁かれると同時に、ヘッドを外されたシャワーホースの先を、慎重な手つきでそこに押し込まれた。
「ぅんっ・・・」
散々擦られ傷んだ中を、ゆるゆると流れ込んでくる温水に洗われて。
すっかり開き切ったそこは、注いだそばからみんなこぼしてしまうから、随分奥まで入れられて。固い無機物の感触と、そこからあふれる温水の、その異様な感覚に耐え切れず。
「やっ、真木・・・」
ちょっともう、ホントにだめ。
そう思って振り向けば、ずるりとホースを引き抜かれ、薄く白濁した液体が、だらだらとだらしなくこぼれ落ちた。
「まだ、残っていますね」
そこを事務的に検分する指を、緩んだ口でそれでも精一杯締め付けて。
「・・・うん。なあ」
演技ではなく涙目で、わりと必死に誘っているのに。
「真木ので、洗えよ・・・っ！」
最後まで聞いていたはずなのに、もう一度、それが中へ差し込まれた。
「っ、の、ばか・・・っ」
「綺麗にすると、言いました」
それでも、ちゅ、と宥めるようなキスをされて。
それが以外と気持ちよかったから、兵部はとりあえず、この場は負けてやることにした。
ああもう、好きなだけ綺麗にしたらいい。
そうして、ちらりと舌なめずりをする。
もちろん、負けてやるのはこの場だけだ。
ずるりとそれが引き出され、だらだらとこぼれ落ちるものを確認している真木の頭に手を置いて、その堅い髪を軽く引く。
「ん・・・真木。もう綺麗になっただろ？」
「駄目です」
皆まで言わせない養い子に、ニイ、と彼の嫌がる顔で笑いかけ。
「してくれなきゃ、また出かけるぜ？」
「・・・・」
この脅し文句で、真木が落ちなかったことはない。
何故なら、兵部はやると言ったらやるからだ。
はあ、という、盛大なため息は了承の返事だ。
にんまりと笑った兵部を恨みがましげに見上げてくる養い子に、早く、と腰を突き出してみせる。
すっかり爛れたその場所は、差し込んでいた指を離しても、赤い肉をたっぷりと覗かせていた。
それでも、兵部の媚態に、応じられる状態になっている自分を嫌悪しながら、真木は棚に手を伸ばし、できるだけ兵部を刺激しないように、自然な仕草で少し湿気ったコンドームの箱を取り上げた。
先ほどのミネラルウォーターといい、ホテルではない自室の浴室に常備するものではないのだが、兵部のこの行状のせいで、真木はこれを切らさない。
しかし、中身を出そうと開いたところで、それはひゅぱ、と真木の手の中から姿を消して。
「はーやーく」
げしげしと、犬猫が後足で砂を蹴るように、兵部に蹴られてげんなりする。
「少佐、せっかく洗ったんですから」
「真木のならいいだろ」
「良くないです」
今度は炭素繊維を使って、浴室の外に放り出されたと思われる箱を拾おうとするも、今度はサイコキネシスで、伸ばしたそれをざっくりとぶった切られた。
くだらないことに高レベルな力を使ってけろりとしている兵部は、浴槽の縁に身を持たせかけ、いたずらっぽく笑いながら真木を見ている。
こんな時間まで起きていて、あの人数を相手にして。
もう、体力的には限界なはずなのに。
それでも兵部は、自分のしたいことしかしない。
げし、とあまり力の入っていない脚にまた蹴られて、その足首を捕まえる。
嬉しげに笑う黒色の瞳と、散々嬲られて赤みを増した唇。
それにひとつ、ため息をつき。
一度その手を離せば、不満げにまた蹴ろうとしてくるけれど。真木が自分のシャツのボタンを外しだしたので、兵部は大人しく、浴槽の縁に引っかかって、男らしい体がすべて露わになるのを待った。
そうして、しっとりと濡れた背に覆い被さり、片手で頬を包んでその唇にキスをすると、ぬめる舌が喜々として真木の唇を割り、貪るように絡み付いてくる。
兵部の口付けはいつも、容易に人の欲望を煽る。
ぐうっとせり上がる熱を堪え、真木はその、口淫で荒れた舌をそっと咬んだ。
「んっ・・・」
喉の奥を甘く鳴らし、もっと、と絡み付く舌を振り切るように口づけを終えれば、むっとした瞳が見上げてくるけれど。
咬み跡や擦り傷の残る双丘を押し開き、期待にひくつくそこを露わにすれば、すぐにそれは淫蕩に濡れた視線に変わった。
「後ろからで、いいですか？」
聞けば、その背が震えて。
それから、上擦った声が返る。
「っ・・・・真木は、僕を煽るのが巧いなぁ」
煽っているのは、あなたです。
そう答える代わりに、猛ったものを、口を開けたそこへ押し当てる。
何の抵抗もなく飲み込んでいくそこは、しかし、絶妙に蠢いて、慣れているはずの男を喜ばせた。
「ぅ、あ・・・っ」
そのまま、大きく抜き差しされて、兵部はだらしなく開いた唇で、高く喘いだ。
たくさんの雄に擦られて、熟れて爛れきった襞を、真木の大きなものでゆっくりとかき回される。
その、苦痛すれすれの快楽がたまらない。
「っあ・・・あ、ふぅン・・・っ」
もう、締め付けることもできなくなったそこは、それでも真木に絡みつき、擦られる快感を堪能する。
仰け反る背中にやさしいキスが幾度も落ちて、大きな手のひらが、労るように震える胸を撫でさすった。
ああ、ほんとうに。
真木とのセックスは、気持ちがいい。
でも。
こんな風に、大事にやさしくされるのも好きだけれど、さっきのように、好き放題に滅茶苦茶されるのも大好きだ。
もちろん、その前のように、嫌がる奴の上に無理矢理乗っかるのも、もの凄く好きだ。
よく、『突っ込んでもらえりゃ何だっていいんだろ』とか言われるが、それでだいたい合っている。
もちろん、その時の気分に合えば、の話だが。
とろん、とその身をとろけさせて、自分を貪る細い肢体を、真木はその荒々しい行為とは正反対の、恭しい手つきで抱きしめた。
「・・・つ、少佐」
背中に落ちた男の声に、止めをさされるように、兵部の中が痙攣する。
「あ、あ・・・っ」
今日、幾度目かもわからない絶頂に、がくがくと震える体がいっそ哀れだ。
真木のものも、爛れた中でびくびくと跳ねて、今にもイきそうだった。
奥深くを貫かれながら、射精される快楽への期待に喉を鳴らし、それを味わおうと打ち震える腰から、しかしそれはずるりと引き抜かれて。
「・・・あ、このっ」
中に、あの中出し独特の熱い快楽は残っていない。
この野郎、やりやがった。
そう思って顔を上げ、涙の膜の張った瞳で精一杯睨みつけ。
「何しやが・・・」
言い終わる前に。
浴槽を背に、ぺたりと座り込まされて。真木のものが、目の前に現れて。
そうして。
「これで、我慢してください」
たっぷりと、熱い液体が頬にかけられた。
「あ・・・・」
ぞくぞくと背中を何かが駆け上がり、イったばかりの中が、ふるふると震える。
顔射なら目に入るくらいにやれよ、と思いつつも、ねだっても滅多にしてくれない行為は、意外に兵部を満足させた。
「・・・しょうがない、な」
頬を垂れ落ちるそれを指に取り、口に持って行こうとするのを止められる。
何すんだよ、と文句を言った唇にキスをもらって、仕方がないからそれで我慢する。
「目を閉じていてください」
その言葉よりも、今さっき兵部の中に入れていた、シャワーの先を洗い始めた音を聞いて、目を閉じる。
やがて降りかかったあたたかな雨に、真木のものを洗い流されて。
ぶつくさ文句を言いながら、それでも兵部は大人しく、真木に体中を洗われる。
「まったく・・・」
丁寧に泡立てた髪を真上から洗い流され、一時封じられた口を再び開きながら、兵部はちらりと真木を見上げた。
「こんなんがいいなんて、お前も相当変態だよな」
シャワーチェアに座るのを嫌がって、兵部の体は床に座り込んだ真木の膝の上だ。
洗いにくいことこの上ないが、暴れられるよりはマシなので、真木は器用に白い肢体の向きを変えつつ、泡まみれのスポンジを、その上へと滑らせていく。
「あなたに言われたくありません」
うっすらと上気した肌の上には、無数の傷や跡が散っている。
どれも、生体コントロールでたやすく治せてしまうような軽いものばかりなのに、彼は特にそれをする気はないらしい。
「何だよそれ」
僕は普通に淫乱なだけだぜ？と、うそぶく兵部に、並の淫乱じゃないでしょう、と呆れた声を返し。
丁寧に泡まみれにした体を、やはり丁寧に洗い流すと、真木はシャワーよりも熱めの湯を溜めておいた浴槽に、抱き上げた兵部ごと身を沈めた。
浮力で一瞬居心地悪そうにした兵部は、しかしすぐにいつもの場所を見つけて真木の胸にもたれかかった。
「・・・で、どうされたんですか。今日は」
確かに兵部は気まぐれだが、ここまで派手に遊ぶのは、だいたいどこかに理由がある。
「ああ。バベルの坊やのとこ行って来たんだけどさー」
そこまで言って押し黙り、それから兵部は足先で、浴槽の壁をがつんと蹴った。
「あいつ、ムカつくよな」
そのムカつきを散らすための乱行だったらしい。
一体何があったのか、聞くべきかやめておいた方がいいのか。
そう思案した真木が結論を出す前に、兵部は真木のソレに膝を押しつけるようにしてがばりと起きあがった。
「思い出したらすげームカついてきた。真木、もっかい」
「ダメです！」
今だって、起きあがった体を真木に支えられている状態なのだ。
これならもう外へ行く元気もないだろうし、兵部がいくら欲しがろうと、正直自分の体がもっとしたがっていようと関係ない。
しかし、兵部もタチが悪い。
「お前のせいで思いだしちまったんだから、責任取れよ」
つうっと腹筋を滑り降りた兵部の指先が、目指している場所を察して。真木は支えた体を無理矢理ひっくり返した。
「無茶言わんでください」
「まーぎー」
「だめ、です」
今度は後ろ手に触って来ようとする手首を捕らえ、指先にキスをしてから。
「今日はもう、大人しくしていてください」
「・・・ちぇ」
舌打ちした兵部の瞼は、のぞき込めばもう半分以上落ちかけている。
「もう眠いんじゃないですか、あんた」
「おまえが、してくんないからだろ・・・」
言いさした口が、こくり、と湯に浸かりかけたので、抱いた体を慌てて少し、引き上げる。
「後で、好きなだけして差し上げますから」
「ホントだろなおまえ・・・」
その後続いた意味不明なむにゃむにゃは、たぶん、嘘だったら殺すとか、そういう子供が愚図るような戯言だろう。
まだ眠気に抵抗しているらしい兵部に気づかれないように、真木はそっと嘆息する。
こうやって、どこぞの男に抱かれて帰って来た後は、たいてい兵部は真木を欲しがる。
それが、口直し的な意味なのか、それとも足りなかっただけなのか。
真木は知らない。
わからない。
もしかしたら、兵部自身にもよくわかっていないのかも知れない。
確かなのは、こうしてちゃんと、真木のところに戻って来てくれること。
それだけわかれば、十分だ。
すっかり寝入ってしまった細い肢体を風呂から上げて、大判のタオルで包み込む。
少し発熱しているのだろう、ぐんにゃりとした体をベッドに下ろし、髪を拭いて毛布を掛ける。
その時点で日が昇り初めて、シーツの上できらきらと光る銀色の髪を眺めながら。
とりあえず、元凶らしいバベルの眼鏡に、何か仕返しをしておこうと思いながら、真木はブラインドを下ろして兵部の眠りを守ったのだった。
終