気持ちいい。

さわさわと、優しく髪を撫でてくれる手。

ああ・・・泰明殿の手だ。

優しくて器用なのに、どこか、ぎこちない。

大好きな、泰明殿の手。

その手が、するりと自分の手を包む。

冷たくなっていたそれが、ほんのりと温みだして。

気持ちいい、な。

目を開けて、彼を見るのだけれど、なんだか暗くてよく見えない。

「・・・・水を飲むか？」

はい、と答えようとするのだけれど、口の中が強張ったように動かない。

「動かすな」

申し訳ありません。と、やはり声は出なくて。

「動かすな・・・飲むのだな？」

うん、と頷くと、口の中に硬い感触のものが差し込まれた。

「息は吸うな。むせるぞ」

そこから、冷たいものが流れ込み、永泉の喉を潤す。

「もう、いいか？」

問いにちいさく頷くと、硬いものが抜かれ、かわりに柔らかいものが触れた。

泰明の唇。

嬉しくて、仕草だけでもっと、とねだる。

触れるだけのそれが繰り返され、ちょっともどかしいのさえ、くすぐったくて気持ちいい。

くちづけは。

唇だけは、あなただけの・・・・

あなた、だけの。

ばたばたと、足音が床についた頭に響く。

「・・・永泉！！目が覚めたと・・・」

あにうえ・・・？

泰明の手の中にある方とは、逆の手を握られて。そのぬくもりに、永泉は嬉しくなる。

泰明殿も、兄上もいらっしゃるなんて。なんて、なんて幸せなんだろう。

「すまなかった・・・永泉・・・すまなかった・・・・・・」

兄上、泣いているの？

「すまな・・・かった・・・・・」

泣かないで、兄上・・・

涙を拭ってさしあげたいのに、腕が重くて上がらない。

わずかに動いた指は、ぎゅっと握りしめられた。

どうしたの？兄上が泣いているところなんて、初めて見た・・・・

前に、兄上。

『わたしに、くちづけをしてはくれないか？』

後ろに、泰明殿。

『ならば、誰にも触れさせるな』

そう、だった。

私、大好きなひとたちの意に、どうしても添えなくて。

泰明殿を選んだはずなのに、結局、どちらも選べていなかった自分が情けなくて。

悲しくて、かなしくて。

どうにも、ならなくて。

それで。

舌、を。

「すまない・・・」

兄上が、謝られることではないのです。

私が、私が悪くて。

ごめんなさい・・・・

「おまえが、悪いのではないよ。すまなかったね。わかって、やれなくて」

ちがうの。ごめんなさい。ごめんなさい・・・・

「・・・・おまえは、永泉の言っていることがわかるのか？」

寄り添う兄弟の側で、憮然とした泰明が呟く。

「当たり前だろう？私は、これの兄だからね」

大人気なく答えた兄は、弟の頬を優しく撫でて、「じゃあ、また来るよ」と立ち上がる。

「ほんとうに、すまなかったね。でもね。私が言うのもなんだけど、あまり私や・・・恋人に、心配をかけさせるものではないよ」

透明な雫を湛えた瞳が、大きく見開かれた。

そして、悲しいばかりではない涙が、はらり、と落ちるのを確認して、ちいさく笑って。それから兄は泰明を見下ろした。

「君もこの子の恋人なら、そのくらいわかってもらわないと、困るよ」

そう言い残して去っていく。

「困る、のだろうが・・・・」

でも、私はひとではないのだし。

困り顔の泰明の袖が、くいと引かれた。

永泉の指が袖にかかり、濡れたままの、優しい色の瞳が見上げている。

「困る、か？」

問い掛けると、その瞳が柔らかく笑み、ちいさく首が振られた。

「そうか」

こうやって、自分のわがままをいつでも受け入れてくれるひとを、そうっと、しかし強く抱きしめる。

彼の兄がしたように、頬を撫でて。自分だけの特権の、くちづけをして。

その唇が、ちいさく動いて何かを伝えようとした。

「すまない、私にはわからないのだ・・・だから動かすな。傷が開く」

永泉はひとつ、息を吐いた。それから今度は、顎をすこし、上げる。

この仕草の意味ならば、泰明にもわかる。

だから、もう一度、望みどおり、くちづけて、やると。

『だいすき、です』

「・・・・・」

触れ合った唇の動きだけで、伝わった言葉。

泰明の胸が熱くなる。

どうしていいかわからなくなって、また、くちづける。

そこから伝わった熱の意味を感じて。

永泉は、また、わらった。