月が満ちて、また欠けはじめる。

それほどの時間、永泉に会っていない。

泰明は沈みつつある三日月を見上げながら、永泉を思った。

ここ数日、ずっと御所にいるらしい。あれはずいぶんと兄を慕っているらしいから、このようなことは以前にもあったのだろうけれど。

『あの、私、他の方と、その・・・っあ、もう、しないように・・・ええと・・・んっ、お願い、しているのです。その、今度、お会いするまでには・・・・』

今度。

それが来ない。

あれはずいぶんと兄を慕っているらしいから。

だから、難しいのだろう。

でも

もう随分と、永泉に触れていない。

あれの、指や、胸や、脚や。そんなものに、今すぐ触りたいと思う。

僧衣の上からでもいい、抱きしめて、その存在を確かめたい。

会いたい。

そう、会いたいのだ。

簡単なことに気付いて、泰明は立ち上がった。

会いたいのなら、会いに行けば良いのだ。

灯りの入る時間になって、ようやく永泉は目を覚ました。

起き上がろうとして、自分が素肌に小袖を掛けただけであることに気付く。

明かりを灯した女房に、この姿を見られたことを知って、今さらのことなのだけれど、羞恥に肌を染めた。

たったひとつの願い事をしに、御所に来てから、一体どれほど経ったのか。

閉じ込められているわけではない。繋がれているわけでもない。ただ、ひとこと。

「しばらく、ここにいたらどうだ？」

と。

兄は、自分に無理強いはしない。ここにいろ、とは言わない。自分に逆らうなと言われたこともない。・・・・口付けを、強要されたこともない。

しかし、退出してもいい、とも、言わない。

「っつ・・・」

起き上がろうとすると、弄られ続けた下肢が痛んだ。

おそらく、自分が願い事を撤回しない限り、この優しい檻から放されることはないのだろう。

愚かな夢を見た自分が悪かったのだ。

あのひとだけの、自分になりたいと。

こんなにも、兄に縛られていることに、こうなって初めて気付く。

自分が、愚かだったのだ・・・・・

かさり

御簾が、払われた音がした。

兄か、それとも様子を見るように言われた哀れな女房か。どちらにしろ、このまま会うのは気が引けたので、小袖をかき寄せて顔を上げる。

「あ・・・・・・」

闇を背にそこにいたのは、安倍泰明。

「永泉」

わずかに床を軋ませて歩み寄る想い人に、体が自然と引いてしまい、しまったと思ったときには、泰明は足を止めていた。

自分を見て怯える永泉は見慣れているはずなのに。何故、こんなにも辛いのだろう。

ある程度の予想はしていたものの、今の永泉の様子に、泰明は立ち止まる。

会いに行ったなら、抱きしめて、くちづけて。

そんなことを考えていたのに、今、永泉を前にして、足が動かない。

しかし

泰明は、意を決して足を踏み出した。

そこに、会いたかったひとがいるのだから。

はじめて、欲しいと思ったひとがいるのだから・・・・

そこへ。

覚えのある男の、気配が

「待たせたね。永泉」

「あにうえ・・・」

ぎゅ、と、小袖の合わせを握る指に力が入る。

「あ、あの、あにうえ・・・・」

ここにいていいはずのない泰明を、どう逃そうかと必死に思案する永泉を、その兄はいつものように、そう、まったくいつものように呼んだ。

「おいで、永泉」

ちら・・・と後ろの泰明を振り返った永泉は、それでもおぼつかない動きで兄の元へといざり寄る。

部屋の奥に陣取った男は、満足そうに弟を見下ろす。

そして

「永泉、わたしに、くちづけをしてはくれないか？」

「はい・・・」

泰明からは、小袖で隠れて見えないが、丸くなった永泉の背中から、何が起こっているのかはわかる。

爪先に、くちづけをしている永泉。

しかし、ゆっくりと上げられた頭を、その兄は優しく撫でた。

「ちがうだろう？」

やさしい、優しい声。

永泉は、もう一度泰明を振り返る。

不思議と色のない瞳。

唇が、わずかに開く。しかし、言葉がつむがれることはなく閉じられて。

もう一度、ひらかれたとき。

その唇から、赤い

あかい、液体が。

「「永泉！！」