視界の端を、印象的な藍が横切った。

目で追えば、やはり永泉が朱雀門から出てゆくところだった。

「永泉」

呼び止めると、嬉しそうに微笑む。

「泰明殿・・・・」

「丁度良い。おまえのところに行こうと思っていた」

「はい・・・」

わずかに朱のさす頬に、明るいところで見る永泉も良いと思う。

彼は、一般的に「美しい」といわれる容姿を持っているらしい。ならば、このいつまでも見ていたいと思う気持ちを「美しい」というのかもしれない。

泰明は永泉の手を取った。

「来い」

大人しく手を引かれる永泉に満足しながら、泰明はふと思いついて行く先を変えた。

「今日は、安倍の屋敷へ来い」

「え・・・・」

「その方が近い」

「は、い・・・・・」

口ごもる永泉に、自分の思いつきがあまりよく思われなかったらしいことがわかった。

何故だか、少し、胸が痛い。

しかし承諾したことに変わりはない。俯いたままついてくる永泉に、更なる熱をつのらせながら、泰明は屋敷へと向かった。

「あの・・・」

「なんだ」

ささやかな灯火の下、我慢できずに薄紅の衿のあわせから手のひらを差し込んできた泰明に、永泉は控えめに懇願した。

「明かりを、消してください・・・」

「何故だ」

乱れた衣から覗く肌が、あかね色の灯火を映してほのかに輝く。思わず息を呑むその眺めが気に入った泰明は、問い返しながらも手を休めない。

「あの、その・・・・」

はっきりと答えない永泉の胸をはだけ、紅く色づく場所にちゅ・・・と吸い付く。

「んっ・・・」

早くもしこりだすそこを楽しみながら、帯を解き、隠された場所を露わにしていく。と、脇腹のあたりにも紅く映える跡を見つけた。

「これは、なんだ？」

何気なくそこに触れると、永泉の体がびくんっと震える。

「あ・・・・」

よく見ると、他にも紅い跡はある。首筋、二の腕の裏、肩の付け根。そこに触れると、やはりひくひくと震えた。面白い。

「答えろ、永泉。これはなんだ？」

「あ、の・・・・」

「答えろ」

背けられた顔を引き寄せ、なだめるように頬を撫でてやると、紅く濡れた唇がゆるゆると開き、小さな声が洩れた。

「あの、こう、すると・・・」

自分の頬から泰明の手を取り、手首の裏に唇を寄せた。

ちゅっ、と強く吸われ、あたたかい唇から離されると、ひやりと冷えたそこには永泉の肌にあるものと同じ紅い跡が残っていた。

永泉は、俯いたまま顔を上げない。

紅い跡は、脇腹と首筋と二の腕の裏と肩の付け根と。

泰明は、今だ腰にまとわり付いていた衣の残りをひき剥いだ。

腰骨の上や、臍の下、足の、付け根・・・・

永泉は、そこにそういう跡の残る行為を、自分でない誰かとしているのだ。

頭に、血が上るということを、泰明は初めて体験した。

頭だけではない。沸騰しそうに熱い血が、どくどくと異常な速度で全身を駆け巡る。

この熱を、下げる方法は知っている。

泰明は、己の熱を、永泉に押し付けた。

白く、赤くにごった液体を、脚の間から拭き取ると、永泉の体がひくりと震えた。

薄く開かれた瞳が涙に濡れていることに気付いて、泰明は自責の念に駆られる。

永泉は、自分の熱を冷ます手伝いをしてくれているだけなのだから、自分以外の誰かの手伝いをすることも予想しておくべきだったのだ。それを予想できなかった自分が、勝手に混乱して永泉を傷つけた。

「すまない」

謝って済むことではないのだろうけれど。

しかし、永泉は。

「いいえ・・・」

掛けられた泰明の上着の下から、白い腕が伸ばされて床を這う。それは床に付かれた泰明の手の上で止まり、柔らかく包んだ。

「泰明殿の、熱を冷ましてさしあげると言ったのは私です。何を、謝られることがあるのですか・・・・？」

いつもより熱い指が震えている。

「私は、おまえが私だけのものではないことに勝手に腹を立てて、勝手におまえを酷く扱った。だから謝ったのだ」

「いいえ・・・泰明殿に、きちんと言わなかった私に、罪があります・・・」

濡れた瞳がこちらを見上げる。藍の瞳が陰りを帯びて、泰明の胸を、また、痛くした。

たまらなくなって、くちづける。

永泉の唯一の望み。

触れて、離れて、そうっと、舐めて。健気に応える舌を、柔らかく噛んで。

永泉のために、と思っていても、つい夢中になってしまっていることに気付き、苦い思いと共に、少し、離す。

熱い息は触れるのに、唇は触れない。そんな距離で、永泉がささやいた。

「やすあきどの・・・・わたくしも、あなただけのものでいたいです・・・・」

少し涙の混じった声。泰明は胸と眼球が痛くて、目を閉じた。

「あの、でも、泰明殿。くちづけは・・・唇だけは、貴方のものです。あなただけの・・・・」

「そうか」

目を閉じたまま唇を寄せる。口の端に触れ、位置を修正して今度はきちんと唇へ。

熱くて柔らかい。自分だけの永泉。

「ならば、誰にも触れさせるな」

「はい・・・」

自分だけの、永泉。