暗い森　１

何とはなしに顔を上げると、壁の窪みに血が付いているのが目に入った。
ああ、しまったなと玲二は思う。
見れば、右拳が血塗れで。
それでも握って広げれば、ちゃんとその通りに動いたので、骨や関節には、そう異常がないことが見て取れた。
ちょっと考えてから、その拳を制服の既に血の付いている部分で拭った。
血痕が増えると、姉の心配も増えるからだ。
もとより、制服は自分のものだか他人のものだかよくわからない血であちこち赤いのだが、少ないにこしたことはない。
玲二はぺろりとむき出しになった肉を舐めて、それをポケットに仕舞った。
血はだいたい止まっていたから、こうしておけば大丈夫だろう。
そろそろ、姉が迎えに来る頃だった。

今日の相手は、５人だった。人気のないところで、いきなり絡まれた。
高校生と、あとたぶん大人が合わせて５人。
知らない制服が混じっていたのはいいとして、大人はまずかったかな、と、静まってきた頭で思う。
組関係だと、やっかいだな。
まあどっちにしろ、社会のゴミだ。
もっと殴ってやれば良かったか。

そんなことを、考えていた時だった。
へこんだドアが、がちゃりと開いた。
姉さん来たかな、と思って振り返る。
しかし、そこにいたのはいつもの刑事だけで。
姉さんが、事故に巻き込まれて、来られなくなったと告げてきた。
「事故って！」
慌てて飛びついてきた玲二を、刑事は蔑みに満ちた目で見下ろした。
「てめえみてえなクズでも、姉ちゃんは心配か」
当たり前だ。
たった一人の、家族なのだ。
「バイクでちょっと引っかけられただけだ。怪我なんかしてねえが、相手方が血相変えて病院引っ張り込んで、無理矢理検査入院だとよ」
ほう、と安堵の息をついた玲二の手を、刑事のソレが引き剥がす。
「まあ、だから今日はお泊まりだ。これ以上モノ壊すんじゃねえぞ」
とうとう椅子を叩き壊してしまったので、ほとんど玲二専用と化したこの保護室には、この間壊したベッドに乗っていたと思しきマットレスと毛布しかない。
「壊すとしたら、あとは壁とドアしかないですけど」
「だから、壊すなって言ってんだよ！」
相手の拳が震えているのが見えたが、玲二は黙ってそっぽを向いた。
こんな時でも自分を殴れない仕事の彼を、ほんの少しだけ、哀れに思った。

ここに来たことは何度もあったが、泊まったのは初めてだった。
マットレスに寝ころぶと、天井に黒々とした飛沫が飛んでいるのが見えた。
あれも俺か？
掃除してないのか、ここ。
そう思ったところで、廊下の足音に気づく。
ざくざくと、いくつも。
時計も壊したからわからないが、時間はもう深夜だろう。
酔っぱらいか何かか。
さすがに、一緒にされることはないだろうけれど。
俺と一緒にして、相手が怪我したら警察のせいだもんな・・・
しかし、ドアが開いて。
次の瞬間、玲二の本能が相手の数と力を計り、反射が足をバネにして、臨戦態勢で立ち上がっていた。
「森次玲二君だね」
５人。昼間と同じ人数だ。
しかし、質が違う。
その辺のチンピラとは、比べものにならない・・・
しかし。
「我々は、警察関係の者なのだが・・・ちょっといいかね？」
『警察関係者』というその言葉が、玲二の動きを鈍らせた。
警察の人間は、仕事でしているだけなのだ。それを殴れば、玲二のしていることは、ただの暴力になってしまう。
しかしすぐに、『関係者』という言葉の胡散臭さ。
いつも会っている刑事と違う、異質な気配に気づいたが、もう遅かった。

捻り上げられた手首は、明らかに折れないよう加減がされていた。
痛みは玲二に通じない。腕を犠牲にし、そのまま振り払って殴ってやろうとしたのだが、がくんという衝撃の後、折れる前の右手の自由が利かなくなった。
そのまま、後ろ手に手錠をかけられる。
四方から、力任せに押さえつけられ、引き倒されて、それでもなんとか一人の腹を蹴ると、転げ回ったそいつの代わりに、他の奴に動かない肩を踏みつけられた。
「肩外されて声も上げねえのか。たいしたガキだな」
そうか、肩を外されたのか。
この後に及んで、冷静に事態を把握できる自分が滑稽だった。
腕を封じられて、転がされる。
その上、相手はたぶんプロだった。隙をついて反撃することは、ほぼ不可能だろう。
・・・怪我次第だけど、入院費とか、かかるだろうな。
このまま袋叩きにされることは確実で、それでもじたじたと暴れながら、玲二は下卑た男たちの顔を睨みながらひどく冷静に思った。
喧嘩は保険が利かないって、姉さん言ってたっけ。
それともここでの怪我なら、警察で持ってくれないかな・・・
「森次、玲二くんだね」
「・・・そうですが、何か」
この後に及んでふてぶてしい玲二の態度に、四方から小突く腕が伸びたが、リーダーらしい男がそれを制した。
「君にお仕置きをしてくれと、ある人から頼まれてね」
恨まないでくれよ、とそう言うと、その男は離れた。
そんなことか、と玲二は思う。
本当に。
世の中、くだらない奴が多すぎる。
「つか、鳴かねえとつまんないんすけど」
「やれればいいって言ったのお前だろ」
「騒ぐな」
すぐに落ちてくると思っていた暴力は落ちて来ずに。
その代わり、めちゃくちゃに押さえつけられていた足を、無理に伸ばされ固定された。
それから。
「っ！何を・・・」
制服のベルトが外されて、乱暴に下を剥ぎ取られる。
思ってもみない羞恥に、頬に血を上らせて、更に暴れ出した玲二を、しかし男たちは許さない。
「へえ、可愛いもんだな」
「オスガキなんてつまんねぇと思ったケド、これならいいや」
敵に急所を晒されて、固い指に、柔らかい肌を掴まれる。
そのおぞましい感触に、玲二の肌が泡立った。
「まず俺にやらせろ、俺に！」
玲二が蹴った男が、腹を押さえたまま玲二の頭を押さえつけた。
「おい、壊すなよ。一応仕事だからな」
「わかってるさ。殺さなきゃいいんだろ」
殺す、つもりはないんだ。
暴力を仕事にしているのなら、加減できずに殺すということも、ないだろう。
後は、だから。
治療費のことだけ、考えておけば。
そう、自分を宥めようとした、その時だった。
ぐい、と、下肢に違和感が走った。
体内に、指をこじ込まれているのだと、わかるまでには時間がかかった。
内蔵を傷つけられる、おぞましい感覚。
「ぐっ・・・・」
気持ち悪さに身をよじると、やいのやいのと喝采が上がった。
「やっと声出たな」
「結構いいカオするなー」
その間も、指は容赦なく玲二の中を蹂躙し続けている。
「何度言ったらわかるんだ。壊しきったら契約違反になるだろうが」
「・・・っ、ふ」
ずる、と、中にあったものが引き抜かれる。
男の指が、二本、血にまみれているのが目に入ったところで、抜けた腕を掴まれて、うつ伏せにひっくり返された。
下肢に集まる視線に気を取られ、血の付いたシャツの腕をまくりあげられるのに気づくのが、遅れた。
暴れる間もあればこそ、だ。
慌てて無理矢理首をひねり、剥き出しの腕に、注射針が吸い込まれるのを、為すすべもなく見つめていると、ぐ、と頭を踏まれて。
「痛めつけてやりゃいいんだろ。薬なんかもったいないってのに」
「馬鹿野郎、こんな高価いの横流ししたって、すぐアシつくだろ」
暴れようとした足を、いくつもの手で力づくで開かされた。
「だったら、ココで愉しんだ方が得だろ？」
ずる、と、再び侵入ってきた指は、先ほどよりもずっと、簡単に玲二の奥まで到達した。
何か液体を使ったのか、入り口に密着した男の手から、冷たく濡れた感覚が伝わる。
「っ、く・・・・・」
中にある指も冷たい。
その、はずなのに。
背筋を上がってきた何かを振り払うように、踏まれたままの首を振る。
頭が靴底に擦れて、ざり、と嫌な音と共に。
「・・・・っ、ふ」
男たちに触れられている場所と、同じような感覚が、そこからも沸き上がってくる。
当然、掴まれた足、腕からも。
そうして、何故だか。
「早いな」
「元々感じやすいんじゃないのか？」
嫌悪にすっかり萎縮していた玲二のものが、固さを持ちはじめて。
ぐり、ぐり、と後ろを嬲られるごとに、その固さが、増して。
「そろそろいい具合だな」
後ろから指が引き抜かれるのと、頭から足が退かされるのは同時だった。
遅れて、腰が引き上げられる。
頭と肩、それから両膝だけを床につけ、足を広げて腰を高く上げた、姿勢を取らされて、玲二はやっと、何をされようとしているのかを悟った。
先ほど打たれた薬が、どういったものであるのかも。
しかし、わかったからと言って、為す術があるわけでもなく。
「まあ、アレだ」
きつく、髪を掴まれた。
頭を踏まれた時と、同じだった。
引かれた髪の根本から、沸き上がる何かに、身を震わせて。
それでも、目の前の男の顔を、必死に睨む。
その表情が、余計に男を煽るものであると知らないままに。
「カマ掘られて鳴きながら、十分反省してくれや」
ぐ、と、侵入ってきたものは、指とは比べものにならないほどに大きかった。
「っあ！」
それが入り口をくぐり、ぐいぐいと襞と肉を押し開いていく感覚は、かろうじて冷静を保っていた玲二を、あっという間にパニックに陥れた。
「は・・・あ・・・・っ」
身をよじって逃げようとするが、当然、そんなことが許されるわけもなく。
それどころか拘束されていた腕をぐいと引かれ、角度の変わったそれに、喘ぎ啼かされることになった。
「くっ、ああっ」
痛みのない体なのだ。嫌悪と、体を中から弄られる気持ち悪ささえ我慢すれば、ただ過ぎるのを待てばいい。
そのはず、なのに。
玲二は強く首を振った。
自由にできるのが、そこだけだからだ。
それでも、自分の体を押さえつける、男たちの手から、ぞくぞくと。
身の内を抉る、男のものから、めちゃくちゃに。
与えられる感覚を、振り払うことは、できなくて。
「あっ、あっ、ああっ・・・・・」
自分のものとは思えない、濡れた甘ったるい声が、止まらない。
「ほら、もっとケツ振んな」
言われて、自分がいやらしく腰を振っていたことに気がついた。
気がついて。
それでも。
止めることが、できない。
「は・・・や・・・や・・・あ・・・あぁ・・・・っ」
玲二の声がすすり泣くようなそれに変わったのを見計らい、男は少年の中を行き来する速度を早くした。
濡れた肉が激しく擦り合わされ、やがてそれが、奥の一点で膨れ上がって、弾ける。
「や、あ・・・・っ」
咥え込まされたままの腰が、ふる、と震えた。
男たちの手が離されて、力を失った体が姿勢を維持できずに崩れ落ちる。
そこから、男が抜け落ちて。
濡れた肉が空気に晒されて、ひやりと冷えた感覚に、また、身を震わせた。
「ほう、初めてでも後ろだけでイけたか。偉いなぁ、お前」
言われても、自分がイったという感覚はなかった。
ただただ、擦られ続けた中が熱く。
イったと言われたそれも、熱い。
「こりゃ、天然モノのインランだな」
「そうか？薬効きすぎてるんじゃないか？」
「クライアントが寄越したんだろ。薬で壊れたって俺たちのせいじゃないぜ」
言われながら、また、腰を引き上げられる。
玲二には一言もなく、別の男が侵入ってくる。
「あ・・・あ・・・・」
もう、何の抵抗もなく受け入れたそこは、ただ、玲二を鳴かせる感覚だけを、背筋を通して伝えてきた。
ばしゃ、と、作られたシャッター音と共に、目のくらむ光に晒される。
ほとんど反射でそちらに向けられた瞳に、リーダーらしい男の、作られたやさしげな笑みが映った。
「言ってみろよ、『気持ちいい』って。そしたらもっとヨくなるぜ？」
≪気持ちいい≫
ああ、自分は今、すごく気持ちがいいのだと。
そう自覚したとたん、玲二の中で、何かが壊れた。
「オトナの言うことは聞くもんだ」
後を押されて、口を開く。
こぼれていた唾液を拭われ、その指にも、感じて。
「き、もち、い・・・・」
とたんに上がった、男たちの声も。
自分が言ったことが何なのかも。
すべて、無理矢理与えられた快楽の波に飲まれて。
玲二は、彼らに言われるまま、されるがままに、喘いで啼くだけの生き物に成り果てていた。



男たちは帰り際、ポケットに入れていたはずの、玲二の携帯を広げて見せた。
そこには、行為の最中も散々に見せられた、玲二の痴態が記録されていた。
「姉ちゃんしかいないんだってな」
その中で、自分は。
英治の家でこっそり見せてもらった、成人雑誌の女のような顔をしていた。
「心配、かけたくないよな？」
こく、と頷くと、男は笑ってその携帯を、元通り着せつけられた玲二の制服のポケットに突っ込んで。
そうして、何事も無かったかのように、去っていった。
玲二はすぐに携帯を引き出して。
その画像を、消去した。

リク詳細
リク１：リアル少年森次さん 警察に“保護（補導？）”されちゃった少年森次さんですが、時にはお姉さんがどうしてもお迎えに 来られなくて“お泊まり”になっちゃう事もあったと思うのであります。 そんなある夜、森次さんの所に“警察関係者”を名乗る男達がわらわらと！ 明らかに警察官にしては異質かつ“何か”のプロな男達に森次さんは…（以下略）

ものがたりらいんばれるへ戻る　　２へ