さくさくと、新しい雪を踏む。

まるで、天に昇るような心地。

 

白い、しろい。

それは、静かな夜だった。

 

夜盗ですら、隠れ家で縮こまるような。

怨霊ですら、凍りつき動けなくなるような。

それは、凍えた夜だった。

 

 

さくさくと、永泉は進む。

白い雪に、足跡だけが残る。

「やすあきどの・・・」

呟いた声が暖かい。

吸い込んだ冷たい空気も、その名に変わったとたん、穏やかな熱を帯びる。

「やすあき、どの・・・・・・」

堀川。橋を渡って。

 

「やす、あきど・・・の・・・」

どこまでも続くような土塀。

土御門の屋敷。

 

「や、す、あ・・・・」

泰明の部屋は、東の離れ。

長い塀を廻って。

 

「あ・・・あは・・・・や・・・すあ・・・・・」

この塀の向こうに、泰明殿がいる。

 

嬉しかった。

自然と、笑いがこみ上げる。

幸せだった。

 

所々剥げ落ちた土塀に、手を付いてみる。

この向こうに。

こんな、近くに。

 

幸せだった。

とても、とても幸せだった。

 

少しでも近づきたくて、塀に頬を付けようとしたら、雪に足を取られて体が傾いだ。

とさり、と、柔らかな雪に抱きとめられ、永泉はまた笑う。

ああ、泰明殿は、こんなところまでお優しい・・・・

嬉しくてうれしくて、幸せでしあわせで。

 

永泉は。

 

雪の中、ただ、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

自分の張った結界に、わずかに触れた気配があった。

星が煩すぎて、あたりが静か過ぎて、眠れない夜。

しかも星を読むには寒すぎるので、仕方なく書を読んでいたのだが。

この寒空だ、おそらく野犬か何かだろう。

そう思うのだが、何かが引っかかった。

ほんのわずかな気配。

あれは。

 

泰明は、円座を蹴立てて立ち上がった。

庭へ飛び降り、その勢いのまま塀を越える。

 

白い雪に、白い単。白い肌。

そして、禁色の髪と瞳。

 

「あ・・・はは・・・・・・・・・」

笑う永泉。

「や・・すあ・・・・・」

それはそれは幸福そうに。

雪に埋もれて。

笑う永泉。