優しい指が頬を撫で、永泉は目を開けてみる。

『やすあきどの・・・・』

言ったつもりだったが、唇から洩れたのは、高すぎる熱を帯びた吐息だけだった。

「永泉」

名を呼ばれると、とても嬉しかった。

嬉しいから笑うと、目蓋に暖かな唇が押し当てられた。

それが嬉しくて、また、笑う。

「永泉・・・」

名を呼ぶ声が嬉しくて。

また、笑う。

 

 

 

 

次に目が覚めたとき、泰明はいなかった。

見覚えのある、しかし自分の部屋のものではない天井を見上げ、永泉はしばし呆然とする。

「泰明は、夕刻には戻ります」

そう言ったのは、ここに来るたびに、永泉の世話をしてくれた女の人の形をした式神で、泰明の師、晴明の造ったものだという。

ならば、ここはやはり、泰明の部屋なのだ。

「申し訳ありません・・・すぐに、帰ります・・・・」

苦しいながらも、今度は声が出たことに感謝しながら、痛む肩に力を込めて、起き上がる。

もう会いたくないと言われたひとの部屋に、これ以上いることはできない。

これ以上、嫌われてしまいたくない。

しかし、手を付こうとしたところで、あっさりと式神にその手を取られて膝に乗せられた。乾いた唇に椀をあてがわれ、白湯の匂いが喉の渇きを思い起こさせる。

「でも・・・」

泰明の部屋に来たときは、いつもこうだった。

泰明や式神に優しくしてもらって、それに甘えて過ごす。

でも、今の自分には、もうその資格はないのに。

「起きるのは無理です。泰明が夕刻に戻りますから、お話はそのときにお願いします」

「・・・・・・はい」

とくんとくん、と白湯を飲み下し、また寝かしつけられて、永泉は手足を縮めて小さくなった。

きっと、もっと、嫌われてしまう。

でも。

熱で潤んだ瞳を瞬かせてから、ぎゅっと目を閉じて。

でも、また泰明殿に会える。

きっと、これ以上ないくらいに嫌われてしまうだろうけれど。

嬉しい。

嬉しくて、うれしくて。

涙がこぼれて、止まらなかった。