やすあきどのにあいたい。

 

ぼんやりと、永泉は思う。

 

雪が降っていた。

しんしんと、凍える夜。

しかし永泉は、全身を汗で濡らしながら、熱い吐息を吐いていた。

 

「んっ・・・あぁ・・・」

いつもは気持ちがいいはずの、髪を梳く男の手がわずらわしい。

体の中を行き来するそれも、いつも、ねだって入れてもらうのに、今夜は何故だか気持ちが悪いので、早く追い出そうと下肢に力を込める。

「ああん・・・・」

それは成功したけれど失敗で、もう一度始められてしまって、仕方がないので力を抜いて目を閉じる。

 

泰明殿に会いたい。

 

せめて。

その手の感触だけでも思い出そうとするのに、沢山の、人の手の記憶の中、その手の記憶を拾い上げることができなかった。

泰明殿の手。

その手を、失ってしまったのは悲しかった。

その手を失っただけだというのに、どうしてこんなに悲しいのかは、よく分からないけれど。

力を認めてもらって。強いと言ってもらって。

それが自分は、よほど嬉しかったのだろう。

たぶん。

 

 

「愛している」

泰明が、そう言ったとき。

胸にうちに満ちていた、幸せな暖かいものが、あっという間に冷たいものにすり換わった。

硬く凍ったものに息をふさがれ、返答さえまともにできずに。

あまりの苦しさに涙がこぼれて、その訳を問われても、やはりまともに答えることができなかった。

苦しくて、くるしくて。

でも、目の前のこの人にすがり付いてしまえるほど、自分を失うこともできなくて。

ただ、半端に伸ばしてしまった指が、その背のぬくもりを感じていた。

そこだけが苦しくなかったから。

 

どうして、言葉などというものがあるのだろうと思った。

このぬくもりだけならば、幸せしか伝わらないのに。

冷たい胸が苦しくて、彼の前だというのに泣いてしまった。

それで嫌われてしまったのだろう。

たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

目を、開ける。

自分の上で眠り込んでしまっていた男の下から這い出して、幾重にも巡らされていた几帳や御簾をかき分けて。

冷たい簀子へ、降りる。

 

雪は止んでいた。

雲の去った、月のない夜。

月夜よりも白い、星だけが煩いような夜。

 

泰明殿は、きっともうお休みですね。

それとも、この星を見て、占いでも立てていらっしゃるのでしょうか・・・・・？

 

天高く双子星。

南には鼓星、天狼星。

そして東に軒轅。

その竜の頭の下に。

 

「泰明殿・・・・」

星を指し示す綺麗な指。

星の光を映す澄んだ瞳。

もう、見ることはできないけれど。

 

あの下に。

あの方がいると思うだけで、胸の辺りが暖かくなる。

 

あの下に。

あの方が。

 

ふっと、永泉はもう一度東天を見上げた。

そして、笑った。

 

そう、あの方は、あの下にいらっしゃる。

会うことはできなくても、お側に行くだけならば。

簡単に、できる。

 

何故、今まで気づかなかったのか不思議だった。

 

永泉は、階に駆け寄る。

明日の朝など待ってはいられなかった。

今すぐに。   

泰明殿のお側へ行こう。

 

あの星の下へ。

 

踏んだ雪の冷たさよりも、胸のうちの幸福が暖かかった。