永泉が目を覚ましたのは、もう日も沈んだ頃だった。

 

水だけを欲しがる永泉に、式神を使って半ば無理やり粥を飲み込ませ、力を失ってくんなりとした体を眺めながら、それでも泰明は永泉の側には寄ろうとしなかった。

 

永泉は、少し寂しく思う。

想い合った者同士でなくとも、肌を合わせた後は側にいて欲しいものだ。

体の辛いときには、尚更人恋しくなる。

 

「泰明殿・・・お水を、下さいませんか・・・？」

一人で起き上がれない永泉は、水を飲むときは式神に抱き支えてもらえる。

人恋しいと思えば、いっそう寂しくなる。体温のない式神でもいい、優しくして欲しかった。

「式は用事で出している。我慢しろ」

「・・・はい・・・・・」

水も飲ませてもらえぬまま、激しい行為にさらされた体は、ひどい熱を持っていた。

方便でなく、実際に喉が乾いていた永泉は、閨に顔を埋めて辛そうな息を吐く。

自分の読みが甘かったせいなのだから仕方がない。

泊めてもらい、面倒をみてもらっていることで、迷惑をかけていることもわかる。

それでも・・・いや、それが。

ひどく、辛かったのだ。

 

 

ことり

枕もとで音がした。

目を上げると、水を満たした椀が置かれている。

「水が欲しいのだろう」

「・・・はい・・・・」

ぎしぎしと痛む肩に力を入れ、体を起こそうとすると、背筋に激痛が走った。

「つ・・・っく」

目の前の椀がくらりと揺れ、しかしこぼれる前に泰明の手がそれを押さえる。

「あ・・・申し訳、ありません・・・」

熱で緩んだ涙腺が、じくじくと痛む。我慢しないで、このまま泣いてしまおうか・・・

そう、思ったときだった。

頭の下に、冷たい手のひらが差し込まれた。

少し、起こされ、唇に硬いものが当たる。

「これで、いいのか」

「申し訳ありません・・・」

呟くと、唇に当たった椀が揺れて乾いた唇を濡らし、薄く開くと冷たい水が急に流れ込んできた。当たり前の話だが、こういうことに慣れていない泰明の飲ませ方はとても下手で、永泉は息を詰まらせないために、必死に飲み込まなければならなかった。

「ん・・・っく」

椀が空になり、泰明の手が離れる。

惜しむ気持ちとともにそれを見送り、永泉はかすれた声をあげた。

「あの・・・やすあきどの・・・」

「なんだ」

「あの・・・どう・・・でしたか・・・・」

「何がだ」

「ええと・・・何が、お気に召さなかったのでしょうか・・・」

枕を使わず、褥に半分顔を埋めたまま、眉を寄せて小首をかしげる姿は、今朝方去ったはずの欲を再び呼び起こす。

その唇に触れたい衝動を押し殺し、泰明はその姿態から目をそらした。

「何故、そう思う」

何故だか、声が震えた。

「あの・・・その・・・終わった後、ですとか・・・その・・・何か、粗相をしたとしか・・・」

「はっきりと言え」

一瞬、言葉を失った永泉は、すっかり単に顔を埋めてしまった。そこから、くぐもった声がもれる。

「終わってから・・・ずっと、触れて下さらないので・・・その・・・」

「触れれば、おまえが辛いだろう」

「え・・・え？」

永泉は驚いて顔を上げた。

「私が触れたから、気が散じてしまったのだろう。まさか起きられぬようになるとは思わなかった。すまない」

「い・・・いえ、あの、起きられないのは、ただ、その・・・過ぎた、だけだと思うのですが・・・」

「過ぎた？」

ほとんど真上から、しっかりと見つめられ、永泉はぽうっと頬を染めてうつむいた。

「あの、その・・・やりすぎた、だけだと・・・」

泰明は、永泉の恥じらいを理解しない。

「やりすぎると、誰とでもこうなるのか？」

そらした瞳を覗き込むと、永泉は小さな声で答えた。

「はい・・・」

「やりすぎなければ、私が触れても変わらぬと？」

「は、はい・・・」

「そうか」

そう言うと、泰明は下を向いてしまった、先ほどから触りたくて仕方がなかった唇に触れた。

「泰明殿・・・・？」

熱のせいで乾いた、そのくせ不思議と柔らかいその隙間から、熱い息が漏れてわずかに指を湿す。

「また、触れても良いか？今度はやりすぎぬよう気をつける」

問い掛けると、その唇はふんわりとうつくしいかたちをとった。

「はい」

「・・・そうか」

 

応えた唇に、自分のそれを寄せて。

泰明は、何かあたたかいものがこみ上げるのを、心地良く感じていた。