月も満ちていないのに、十兵衛を待っている花月の体。

十兵衛は困惑する。

月満ちぬうちに。

口付けと、抱擁と、針を使わないことと。

それさえ叶えれば、花月は満足らしいが。

それは既に施術ではない。

どちらかといえば・・・情交に、近い。

「十兵衛？」

口付けの後、固まってしまった十兵衛に不安になったのか、細い声で花月が呼ぶ。

花月の望みなら、どんなことでも叶えてやりたい。

どんなことでも。

ﾞキスして″

もう一度、そっと口付ける。甘い花月の唇。

それから着たばかりのシャツを脱がせ、診察台代わりにしたベッドに横たえて。

されるがままの花月は、‘患者’よりも、頼りなげな顔をしている。

傷に障らないように、腹や胸を撫でる。馴染んだ手順どおりに動く腕が恨めしく、少し考えてから、胸の頂で、止めた。

「あ・・・」

既に硬くしこったそこを、丹念に刺激する。

手順にはない行為。

「ん・・・ぁ」

花月の声が、甘い。摘み上げればうろたえたように首を振った｡

それから

ﾞ抱きしめて″

指示どおりに抱きしめる。細い体はすっかり十兵衛の腕に納まり、いっそう細く感じられた。少し震えていて・・・可愛らしい。

肩に、花月の腕がかかる。

十兵衛のかたちを確かめるようにしばらく彷徨ってから、しがみ付くような形に落ち着いた。しなやかな指にかかる力が、こそばゆくて気持ち良い。

なだめるように、体をたくさん撫でてやる。花月の快いところは、すべて知っているから。

ﾞ針は、使わないで″

最後の願いを聞いてやっても、それなりに快くしてやる自身が、実は、ある。

「・・・・・十兵衛」

ためらいがちに、花月が口を開いた。

施術のあいだ、風鳥院は筧の名を呼ぶことを禁じられている。

でもこれは、違うから。

「花月・・・」

十兵衛も、花月の名を、呼ぶ｡

汗の浮いた額に、乱れかかる黒髪をかき上げて、何度も何度もキスをする。

「・・・・っ、ふ、・・・十兵衛・・・」

揺れる腰を捕らえ、慣れた手つきでジーンズを下ろす。白い脚に白い包帯。消毒液と、花月の匂いがする。

鍛え上げられた自制心が激しく揺らぎ、こらえるために‘作業’に没頭しようとするが、吸い付く肌の誘惑に、更に一層駆り立てられた。

想いのまま、立ち上がりかけたものに触れる。

それは、いつも針を使うために必要のない仕草で、初めて触れる十兵衛の指に、それは大きく震えて一層硬くなった。

「あ、だめ・・・」

拒絶の言葉に力はない。十兵衛を止められない。

「針を使わないなら、触れるしかないだろう」

もっともな言葉に、花月は唇を噛む｡

それを開かされ、受ける口付け｡

初めて入ってくる、十兵衛の熱い舌｡

初めて触れられる、敏感な自身。

身をよじった花月は、更にきつく十兵衛の肩にしがみ付いた。

この背に縋れるだけで、もう泣きそうなのに｡

こんなにされたら、おかしくなってしまう。

「んっ、んんっ・・・・」

舌の根を吸われながら、きつく先端をこすられて、花月はあっけなくイってしまった。

十兵衛の手に、体液を吐き出す罪悪感。

「あ・・・・」

しかもその手は後ろにまわり、花月の蕾を優しくくすぐった。

「濡らすから、少し待っていろ」

また、キスをもらった。

かたかたと、道具箱をあさる音がする。

ジェルの瓶は、施療道具と一緒に入っていて、でも今は、それとは違う用途に使われる。

そこを濡らされるのはいつも通りでも、針を使われていないせいか、二年ぶりなせいか。

十兵衛の指は、ひどく太く感じた。

「んっ・・・・ぁ・・・じゅうべえ・・・・」

指だけで、こんなふうになってしまって。

これで、アレを入れられたら・・・

想像が体に直結して、きゅうっと十兵衛の指を締め付けてしまう。

それがわかったのだろうに。十兵衛は決まりどおりに指を増やしつつ、内を解している。

準備が整ったのがわかった。

十兵衛が、脚を抱え直す。

たくましい腰が、脚の間に入り込んで。

キス、と、抱擁。

それから。

「いいか？花月」

「うん・・・あ、あんっ・・・・・」

針を使われずに迎え入れた十兵衛は、熱くて大きくて、少し、怖くて。

それでも、優しい手が何度も撫でてくれて唇に触れて、促されるまま口を開くと、下の口同様、犯されるようなキスをもらった。

「あ・・・っ、ああ・・・・っ」

今まで、何度十兵衛を迎え入れたかわからないけれど。

全然違う。

針を使われない快楽は、強くて荒々しくてどうにもならなくて。

十兵衛に突き上げられてどんどんぐちゃぐちゃになっていく内と、十兵衛にこすられてどんどん硬くなっていくソレと。

十兵衛にしがみ付いて、どんどん女になっていく僕と。

「あんっ・・・あんっ・・・じゅうべえ・・・・・」

こんな僕は、知らない。

こんな十兵衛も知らない。

「かづき・・・」

名を呼ばれ、この熱い体に犯されているのが、確かに自分だと安堵する。

「じゅうべえ・・・」

名を呼んで、自分を犯すのが彼であることを確かめて。

花月は、十兵衛の腕に溺れきって、果てた。

コトの後に、失神するなんて久しぶりだ。

こんなことなら、ﾞ朝まで側にいて″の一項目くらい、追加しておけばよかったと思う。

そんなこと、思いもつかなかったけれど。

たくさんの望みの叶った花月は、いつもより随分と我侭だ。

目が覚めたとき、体はきれいになっていたけれど、十兵衛の姿はそこにはなくて。

それが、こんなにもショックだというのも癪に障る。

毛布を頭から被ってみたけれど、もう、眠りは訪れなくて。

ただ、寂しくて。

「じゅうべえ・・・・」

呟いたとたんに、ドアが開いた。

「？、呼んだか？花月」

ノブを掴んだままの、十兵衛のもう片方の手には、美しい花束があった。

バラにカスミソウ、ユリ、カラー、スイートピー。

花の白と、葉と茎の緑でつくられた、豪奢で清楚な大きな花束

「・・・・どうしたの？それ」

思わず聞くと、十兵衛はベッドに転がる花月を起こし、その手にそれを、とさりと置いた。

意外に、重い。

「恋人には、花をやるものだと、前に祭蔵が言っていなかったか？」

その一瞬だけ、ものすごく不本意そうな顔をした十兵衛に、花月は少し震える声で、それでも気丈に笑って見せた。

「そんなことも、あったけ？」

あまりよく憶えていないのだけれど｡

でも、そんなことどうでもいい。

「嬉しい。・・・・ありがとう」

嬉しすぎて、どうしていいかわからなくて。

花月は、覗き込んでいた十兵衛の背にしがみ付いた。

二人の間で、花が揺れる。

涙が、少しだけ、こぼれた。

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