「そういえば昔、よく花をもらったよね」

花束を抱えたまま、ベッドに座った十兵衛に寄りかかり、無邪気なフリして甘えかかって。

花月は幸せな記憶をたぐり寄せる。

「・・・憶えていないな」

「くれたじゃないか。蓮華草、露草、藪萱草、紫苑、曼珠沙華・・・」

十兵衛の言いようにむっとして、覚えている限りの花の名を上げながら、瞼裏に映る色に心を馳せる。

ここでは決して手に入らない、色とりどりの花の色。

それは、それを握る少年の手のひらとともに、花月の中では、大切な思い出だというのに。

「雑草だな」

「野の花っていうんだよ」

ああもう、ほんとにこの男は。

「・・・なら、俺は昔から、貴様に花をやりたかったのかもしれないな」

「え？」

「貴様には、花が似合う」

・・・・・ああもう、ほんとに、この男は。

なんでこういうこと、真顔で言えるんだろう。

僕も、調子に乗ってしまうじゃないか。

髪を撫でてくれる指をつかまえて、そっと、指を絡めて。

「ねえ十兵衛、また、満月じゃないときに、こうしてくれるかい？」

それは、今日二回目の重大告白。

今度は、簡単に言えた。

「恋人のように、か」

「うん。施術じゃないなら、あんな風にしてもかまわないんだろう？」

花月は、何故かどうしても拙くなる言葉を、紡ぐ。

「キスしてさ、抱きしめてさ、針、使わなくてさ・・・」

「できない」

しかし十兵衛の答えはあまりにも簡潔で。

「・・・そうか、そうだね」

真面目で律儀な君だから。

掟破りは一回が限界、か。

「ごめん、我侭言って」

絡めていた指をもう一度だけそうっと握り、その温もりと力強さを記憶して、花月はふっ、と指を緩めた。

力を失った指が、する、と滑って、落ちる。

その前に。

十兵衛のしっかりとした指に力がこもり、花月の細い指を支えて止めた。

「俺には、そんなことはできん」

取られた指がゆっくりと上がって。

十兵衛の、唇に触れる。

「口付けをして、抱きしめ、交わり、こうして触れて｡そしてそれがふりだけなど、そんな器用なことは、俺にはできない」

閉じられた目蓋の向こうから、目が合った、と、花月は思った。

馬鹿みたいに開いた口に、キスが降る。

「するなら、本当に、恋人として大切にしたい」

優しいキス。

「いいの？」

僕で、いいの？

「こんなふうだけど、僕、女の子じゃないよ？」

「それは、俺が一番よく知っている」

うっすらと赤くなった頬に、今、自分たちが何をしたのかを思い出し、花月も後を追うように赤面した｡

「僕、風鳥院だけど、いいのかな？」

「知らん」

「いいかげんだなぁ。らしくない」

でも花月だって、‘恋人みたい’よりも、‘恋人’の方がいい。

「ねえ十兵衛、僕のこと好き？」

花月の問いに、十兵衛は一呼吸もおかずに。

「あたり前だ」

そして、すこし、間をおいて。

「・・・・愛している」

蓮華草、露草、藪萱草、紫苑、曼珠沙華。バラにカスミソウ、ユリ、カラー、スイートピー。

野では、野の花を。

町では、町の花を。

君に、あげるから。

野の花を、手渡してくれた少年の手のひらが大好きだった｡

魔法のように針を使い、虫を捕まえ、花月の手を引いてくれた｡

その手が今、自分をこうして抱いていてくれる。

今もまた、花を、贈ってくれる。

「僕もだよ、十兵衛」

花を挟んで、恋人のキス。

白い花だけが、見ている。

ひどく遠回りをしたけれど。

幼馴染は、恋人になった。

終

---