大きな皿に、蜜を注いだような月が浮かんでいる。

上を目指すたび、それは見やすくなったけれど。

ちっとも近くなった気はしない。

無限城(ここ)から見る月は、いつも、遠い。

「んっ・・・・・・」

ふるりと震える腰は、快楽の証。

十兵衛の楔を飲み、針を飲み。

ゆるり揺れては、女の痴態をしめす。

「あ、はぁ」

男を悦ぶ粘膜が、絡みついては感じた快楽を伝えて、わなないた。

十兵衛に突かれては声を上げ、シーツを握り締める。

視界に揺れる逞しい肩。

あれに縋れば、どんなに満たされるかと本能が啼く。

でも、それは許されないから。

必死に手元の布きれを握り締め、堪えきれない苦しさを、声に出して泣き喚く。

「やっ、ああっ、ああああん」

打ちふるった首に、伸ばした髪が絡んで、その蟲の這うような感覚に、背筋が震えて体が跳ねた。

「あっ、ああっ、あ、あああああああああ」

花月は、狂ったように声を上げて、啼いた。

髪を綺麗に結い直し、何事もなかったかのように立ち上がった花月の背から、十兵衛は軽く髪を払った。

随分と伸びたそれは、軽く指に絡んで、落ちた｡

「10時になったら集まってくれって、銀次さんが。そのまま出るかもしれないから、何か食べておこうよ」

その男の名を、この声で聞くたび、腹の底に熱い澱が凝る。

吐き出すこともできないそれが、いつか花月を傷つけるかもしれないと、気がついたのはごく最近だ。

澱の名は、嫉妬。

十兵衛が、役目として手にしている花月の体を、他の男に持っていかれる危機感｡

雷帝に下ると花月が決めたときから、ずっと溜め込まれたそれは、しかし長年培われた自制心によって完全に隠されている。

少なくとも、花月に対しては。

「今度は、どこだ？」

「イーストブロックの１７階あたりじゃないかな？マクベスが、次の襲撃はその辺だって言っていたから。・・・何にしろ、僕は銀次さんの言葉に従うだけさ」

また、だ。

花月の笑顔が澱を増す。

「レトルトスープ発見！勝手に食べても、朔羅さん怒らないよね」

やっと届く高さの棚に、背伸びをしている花月の指からアルミパックを取り上げると、少しむくれた顔が見上げてきた。

「同じモノ食べてるのに、なんでそんなに育つんだろう」

十兵衛の手が、棚に軽く届くのが気に入らないらしい。

花月のそんな顔を見ることができるのは、自分だけ。

そう思うと、少しだけ胸が軽くなった。

「大きい方が、お前を守れるからな」

「・・・・・うん、そうだね」

この笑顔を守ること｡

その使命さえあれば、どんな澱も飲み込んでしまえるはずだ。

「ご飯にしよう、遅刻する」

「ああ」

こんな澱など、飲み込んでしまえ。

近頃、花月は銀次と一緒にいることが多くなった｡

彼の側は、安心できる。

このふたつ年下の少年は、ロウアータウンにささやかな平和と秩序をもたらした。

彼の力になれることを、花月はとても誇りに思う。

そして何より。彼の側には、十兵衛が来ない。

淋しいけれど、ほっとする。

「どうしたの？カヅっちゃん」

「なんでもありませんよ」

笑ってみせて、空を仰ぐ｡

スモッグに汚れた空に、ぼんやりと、真昼の月が浮かんでいた。

「ふぅん。・・・でも、困ったことがあったら、ちゃんとオレにも言ってよ｡カヅっちゃん」

「はい。銀次さん」

にこりと笑ったところで、遠く、銀次を呼ぶ声がした。

「じゃあね、カヅっちゃん・・・・・マクベス、なにー？」

銀次が立ち去った後、花月は座っていた瓦礫の間で膝を抱えた。

近くに、十兵衛の気配がする。

下手に逃げ隠れしても、絶対に見つかるから。

ここで、このままやり過ごすのが得策だろう。

十兵衛は何かの用事で側を通っただけのようで､その気配はすぐに消えたけれど､花月はすぐには動けなかった。

十兵衛の、広い肩を思う。

出会った頃よりも、ずっと逞しくなった十兵衛の体｡

背が伸びて、肩も胸も大きくなって。

太い骨に、しっかりとついたしなやかな筋肉。

花月を守るためにあるという、強い、男の体。

月が満ちるたび、花月を組み敷き、女らしい体と・・・女の快楽を与える、体｡

ふる、と、体が震える。

背中がかっと熱くなって、ちょっと泣きたくなった。

下肢に集まった熱を処理する方法も、知らないわけではないけれど。

そのたびに思い浮かぶ手のひらを、汚すようで好きではないのだ。

月は、欠けはじめたばかり。

満ちたら満ちたで、切ないのだけれど。

「十兵衛・・・」

僕は､どうしたらいいんだろう。

見上げた空には、いびつに欠けた白い月。

それは、やはり遠かった。

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