一緒に寝よう １
そういえば、いつからあの三人と一緒に眠らなくなったのだったか。
シングルサイズのベッドを前に、兵部はむう、と腕を組んだ。
いつものようにエスパー刑務所を抜け出して、久々に子供たちの顔を見て。
他愛もないものから血なまぐさいものまで。雑多な報告を聞いて指示を出し、いったん戻るとまた出るのが億劫だから泊まると言うと、綺麗に整った一部屋へ案内された。
面倒だからと雑居ビルを一棟まるごと手に入れて、好きに使えよと言ってあったから、この使い方は、べつに不思議なことではないのだが。
そういえば、いつからあの三人と一緒に眠らなくなったのだったか。
兵部は、そう思わずにはいられなかった。
そうだ。確か、紅葉が思春期になったあたりで、司郎が別に寝ると言い出した気がする。
自分がエスパー刑務所に引っ越したのが決定打だったのを棚に上げ、それを思いだした兵部は、勝手に元凶と決めつけた司郎の部屋へとテレポートした。
それは、ただの気まぐれで。
たいした理由はなかったのだ。
「しろー」
「うわぁっ！」
誕生日がわからないので定かではないが、たぶん１６、７になったはずの少年は、文字通り飛び上がって驚いた。
「しょ、少佐、どうしたんですか」
「一緒に寝ようぜ」
「なんでですかー！」
床に落ちているのは木炭の箱だ。
もうパジャマ姿だというのに、どうやら炭素繊維を作っていたらしい。
真面目な子だなぁと感心しながら、兵部はその箱を遠くへ蹴り飛ばした。
「なんだよ、昔はいつも一緒に寝てたじゃないか」
「子供の頃の話じゃないですか！」
「お前まだ子供だろ」
「ちが・・・・っ」
騒ぐ子供の首根っこを捕まえて、そのままベッドへ引きずり込む。
久しぶりに感じる子供の体温は心地よくて。
ああ、今日はきっとよく眠れると、そう機嫌良く思ったところで。
どん、と強く胸を突かれた。
司郎にそのつもりはなかっただろうが、そこは、丁度弾跡のあるあたりだった。
思わず動きを止めた兵部を振り向きもせず、司郎はそのままベッドを飛び出し、ドアを蹴開けて駆け出して行った。
予想外の行動に、兵部はただ呆然と、その背中を見送ってしまった。
「それは、少佐が悪いわよ」
「なんで？」
翌朝。
朝食を作る紅葉に昨夜のことをぷりぷり怒りながら話すと、少女は呆れたようにフライパンを持ったまま振り返った。
「理由をちゃんと言わないのは、しろーちゃんが悪いけどさあ」
「だろ？」
しかし、したり顔に兵部に、紅葉はけろりと繰り返す。
「でも、やっぱり少佐のが悪いわ」
「だから、なんで」
むっとしている養い親（でもむしろ今は扶養家族だ）に背を向けて、紅葉は卵を割りだした。
しろーちゃんいないんなら、卵６コで足りるわね。
「少佐はテレパシーもあるんだから、ちゃちゃっとよんじゃえば？」
「だってさあ。司郎の読むのってめんどくさいし」
高レベルエスパーの思考を読むのは難しい。
それでも、気を許した相手ならば不可能ではないし、記憶や思考の表層を読み取って情報伝達することは、テレパスでありサイコメトラーでもある兵部にはよくあることだったのだが。
「それに、深いとこまで読まれたくないだろ、お前らだって」
ダイニングテーブルに突っ伏すようにして拗ねている、いくつか年上に見える『少年』をまた振り返り。
「・・・少佐ってさあ」
呟いてから、紅葉はため息をついて朝食作りを再開した。
「まあ、いいわ。勝手に喧嘩してて」
呆れたような少女の声に、兵部は何か文句を言いかけて。
しかし、女の子という生き物に口答えするとえらいことになると経験上知っていたので、そのままぱくんと口を閉じた。
飛び出して行った司郎は、その日の午後には戻ってきた。
そうして、なんとなく刑務所に戻る気にならず、部屋でぼんやりとしていた兵部の前で頭を垂れて。
「・・・ごめんなさい」
そう、大人しく謝った。
「だよな」
ほら。
やっぱり、悪いのは司郎じゃないか。
後で紅葉にも言ってやらなければと大人げなく決めて。
少し機嫌の直った兵部は、いつの間にか自分よりも大きくなってしまった養い子を、つい、とのぞき込むように見上げた。
「で？」
間近に迫った黒い瞳が、心の底まで見通すようで。
どぎまぎとした司郎にかまわず、その顎に指を添え、更に顔を寄せて兵部は問う。
「なんであんなことしたんだよ」
囁く唇の色味から必死に目を逸らし、司郎は声を絞り出した。
「・・・言えません」
「へえ」
兵部は、司郎の肩に自分の腕を回した。
いわゆる肩を組むというかたちなのだが、もう兵部の方が小さいので、司郎は屈み込む姿勢を強要された。
「テレパス相手に黙秘は利口じゃないぜ？」
のぞき込む瞳が笑っていない。
「・・・・・・」
彼が、自分たちの心をのぞかないようにしていることは、司郎だって知っている。
だからこそ、わざわざ宣言してきた兵部の本気を感じて、司郎は腹を据えた。
もともと、この人に隠し事など無理なのだ。
「俺、あんたが好きなんです」
「ああ、僕もお前が好きだよ」
決死の告白は、酷く簡単に、しかし柔らかな声音で返された。
一瞬頭が白くなり、それからカッと血が上った。
「そうじゃなくて！」
回された腕を振り払って、いつも変わらない学生服の胸ぐらを掴み上げる。
見返してくる黒い瞳には、何の感情も浮かんでいない。
司郎の暴行も、子供の癇癪くらいにしか思っていないのは明白だった。
それが更に、司郎を激高させた。
「あんたなあ！好きな奴にべたべたくっつかれて一緒に寝ようとか言われてベッド潜り込まれて！それで平気な男がいるかよ！」
「・・・・は？」
きょとん、と。
瞬いた瞳があんまりにフラットなので、司郎は思わず我に返った。
言っちまった、と思う間もなく、胸ぐらを掴まれたままの兵部が、へこりと首を傾げた。
「お前に、そっちの趣味があるとは思わなかった」
「そうじゃねえよ！」
おっかないこと言うな！
「あんたじゃなかったら、こんなんなんねえよ！」
司郎はもう既に半泣きだ。
決死の告白も、口を滑らせた本音も、欠片もこの人に届いていない。
それが悲しくて、どうしようもなく腹立たしい。
しかも。
「ふーん」
ばち、と、学生服の胸を掴んでいた手に、衝撃が走った。
思わず手を離すと、念動能力で浮いているのだろう、目線の変わらない状態で、黒い瞳がニイッと笑んだ。
「いいよ。しよっか」
「・・・は？」
何か、とても信じられない言葉を聞いたような気がするのだが。
そう思った司郎に追い打ちをかけるように、兵部は愉しげに言ったのだった。
「お前は僕が拾ったんだ。面倒見てやってもいいぜ？」
正直なところ、兵部の感想としては『なんだ、そんなことか』といったところだった。
自分の容姿が男女問わず好まれるのは知っていたし、仕事などで関われば、何故だかそれはより顕著になった。
いちおう犯罪組織の長である自分の仕事といったら犯罪なのだし、そういう時には結構非道いことをしているつもりはあるので不思議ではあったのだけれど、自分に都合が良いので深く考えたことはなかったが。
それが、自分の『子供』で起こっても、そう不思議はないだろう。
切れ長の瞳を大きくして、ぽかんと兵部を見ている司郎。
いつだって、真摯な瞳で兵部を見ているかわいい子。
この子だったらいいかなぁと思う。
「なっ・・・あんた・・・・っ」
うん、この子だったら悪くない。
そう思うと、兵部はつい、と少年の頭を抱き寄せて。
ちゅ、とキスをしてやって。
そのまま、ふい、とベッドの真上へ、テレポートした。