瞳の色 ２
赤い機体が舞い降りる。
無防備に開かれるコックピット。
そうして、あらわれたパイロット。
その人は、無造作にシンの側に膝を付き。
そうして、顔を覗き込んでくる。
斜めから当たる太陽光で、陰影が深い。
それでもわかる、記憶よりも、薄青い色の唇、白い頬。
そして。
シンは、息を飲んだ。
見えたのは、翠色の、瞳。
その色に、シンは、故郷の森を見た。
夏の日に見上げた、大きな木。
妹と転げまわった、芝生の色。
プラントのそれよりも、ずっと濃い。
地球の、みどり。
なんで俺、この色を忘れていたんだろう。
こんなきれいな色。
なん、で。
きれいな翠がゆらりと歪む。
零れた涙を拭おうとして、ヘルメットの表面をこすって、馬鹿で間抜けな自分に気付く。
ああ、俺、ホント。
馬鹿で、間抜けだ。
なんで、なんて。
わかり過ぎて、嫌だ。
「シン」
青ざめた唇がシンを呼ぶ。
記憶よりも、やさしい声。
きれいな翠が、緩く、和んで。
それだけで、涙の止まらない自分に、シンは思い知らされる。
俺。
このひとの瞳の色が。
違う、瞳の色だけじゃなくて。
この人、が。
好き、なんだ。
無言で泣き続けるシンの前で、アスランは、少し困った顔をして。
それから、いつものように、寂しげに笑って。
シンに腕を差し出して。
シンの腕を掴んで。
強い指が、分厚いパイロットスーツ越しに食い込む感触に、ゾクリと背筋を駆け上がったものがあったけれど、無視をして。
シンは、その手に引かれて立ち上がった。
月の軽い重力は、シンのおぼつかない足元を、なんとか支えてくれて、助かった。
派手に落とされた割には、シンは軽い打撲と脳震盪だけで済んでいた。
たぶん、もの凄く手加減された。
そう思うことは、酷く悔しくて、どこか、ふわりと甘い心地がする。
シンの手当てが終わるまでに、アスランはメイリンを呼んできてくれた。
そうして姉妹が連れ立って行ってしまった後、二人を見送る彼の背中に、シンはぶっきらぼうに声を掛けた。
記憶にある、赤い背中はそこにはなくて。
白と青の軍服、それが気に入らなかった。
それから。
なんだっていい。
自分の方を、向いて欲しかった。
「こんなところで、ぼうっとしてていいんでありますか」
その声に振り返ったアスランは、何を着ていても、やっぱりアスランだった。
やっぱりアスランで、ただ、景気の悪い顔が、更に痩せて、白くなって。
でもどこか、やさしくなったような気がした。
「ああ。救助に出ようとしたら、機体整備優先の命令が出てしまったんだ。それよりたいした怪我でなくて良かった。心配したんだぞ」
「それ、あんたが！」
アスランの言い様に、あんたがやったんだと反論しようとして。
しかしシンは、すぐに声を落として、ちいさく、呟いた。
「あんたが、手加減したから」
「お前を撃ち落とすわけにはいかないだろう」
やさしい、声だった。
その声が、今のシンにはとても辛い。
「俺はあんたを撃ち落した」
殺すつもりで撃ち落とした。
殺すつもりでコックピットを狙った。
なのに。
「でも、俺は嫌だったから。・・・お前を殺さずに済んで、良かったよ、シン」
アスランは、そう言ってシンに歩み寄り。
そうして笑って、あたたかな手で、シンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
見上げた翠が笑っていた。
青ざめた唇が笑っていた。
だから、シンは。
思わずその人に飛びついていた。
飛びついて。
噛みついた。
なんでそんなことをしたのかわからない。
わからないけれど、そうしたかった。
シンの歯は、彼の白い軍服に食い込んで。
しかし、傷付けることなく、内にある肉と骨の感触だけを伝えてきた。
それを、十分に味わって。
それからシンは、やっと口を離した。
離してから、自分の行動の意味に気付く。
ああ、この人生きてる、と。
そう思うと、また泣きたくなった。
「・・・・唐突な奴だな、お前は」
「ほっといてください」
悪態をつく声に、力はない。
アスランは、噛まれた腕でもう一度シンの髪を撫でてやると、その背中を軽く押した。
「来いよ、コーヒーくらいご馳走してやる」