瞳の色 １
あの人の顔が、思い出せない。
綺麗な目を、していたと思った。
かなしい笑い方を、していたと思った。
思ったことは、覚えている。
『シン』
自分の名を呼んだ唇の形は、かろうじて覚えている。
でも。
あの人の顔は、やっぱりどうしても思い出せない。
あの人の瞳は、何色だっただろうか。
「レイ、あのさ」
開いていたシュミレーションデータを閉じ、シンは同室の友人を振り返った。
「何だ？」
返された声に。
向けられた、青い瞳に。
『それは、弱さだ』
その言葉を思い出して、シンは何も言えなくなった。
「ごめん、何でもない」
「あまり根を詰めるなよ」
レイは、シュミレーションのことだと思ったらしい。
「うん。もう寝るよ」
言って、シンは立ち上がった。
あの人の、画像か何残っていないだろうか。
あの人の瞳は何色だったのか。
聞きたかったけれど。
そんな弱い自分が嫌で、シンは重い足を引きずって、シャワーへと向かう。
熱いシャワーを浴びると、今度は無理やり思い出した赤い唇や、髪の先を思い出して。
余計に、苛立ってしまった。
『シン』
赤い唇が、シンの名を呼ぶ。
『シン』
『シン』
叱責されたことの方が、よほど多かったというのに。
人間の頭はよほど都合よく出来ているのか、ほんの時々聞かせてくれた、やさしい声だけをひたすらに再生する。
『シン』
シンは、ずるずると
濡れた壁に背を付けて座り込んだ。
そうして、すっかり立ち上がってしまった自分のものび、酷く情けない思いとともにぐいと掴んだ。
あの人を思い出しながら、自慰をするようになったのは、あの人を撃ち落してからだった。
シンを呼ぶ声。
赤い唇。
ぼんやりと、おぼろげな姿。
そんなわずかな情報で、シンの手に中のものは膨張し、やがて、弾ける。
「っ、なんでだよ・・・・・」
これは弱さだ。
わかっている。
俺はおかしいんだ。
初めて、知っている人間を殺して。
だから、少し、おかしい。
そう思うのに、また、ふとあの赤い唇が浮かんで。
『シン』と、甘い声が浮かんで。
「・・・・っ！」
シンは、今度こそ、熱いシャワーで白い飛沫も甘い妄想も洗い流し。
あんな裏切り者のことなんか、知らない。
あんな、顔も覚えていないような奴のことなんか、知らない。
あんな・・・・
『よくやった、シン。君の力だ』
「っ、くしょ・・・・！」
ドアを殴った手が、じんと、痺れて。
シンの目には、涙が浮かんだ。
あの人の顔が、思い出せない。
あの人の瞳は、何色だった？
あの人、は。
本当にいたの？
少年に、その答えが示されるには、まだ、少し、時間があった。