翡翠の瞳 ６
改めてその背に腕をまわして、ぬくもりを確かめる。
始め触れるだけだった口付けは、少しづつ深くなって、互いの舌を求め合うほどになっていく。
その感触に、「傷を舐め合う」という言葉が浮かんだけれど、別に、それだってかまわない。
俺は、この人の傷を舐めてあげたいし、この人だって俺の傷を舐めてくれているんだから。
息を継ぐために、唇が離れた隙に、肩を押してその人をベッドに横たえる。
力の抜かれた体は、嫌な記憶を刺激して、シンを少し不安にした。
「えっと、怖い・・・ですよね」
「当たり前だ。でも怖くなくできるだろう？」
信頼。
してくれているんだと思うと、嬉しかった。
おそるおそる、赤い軍服のボタンを外す。それを脱がせるには、左腕の固定を解かなければならなくて、シンは慎重に厚い包帯に巻かれた腕を取った。
その腕の、捩れて投げ出されたさまを思い出し、たまらなくなってその上からキスをして。
「・・・痛いですか？」
「いや、もうだいぶいい」
気にするな、と頭を撫でられ、切なくて死にそうだ。
吊り布を取って、上着を腕から抜いて、丁寧に、アンダーも通して。
彼の腕を傷つけないようにと注意を払いすぎていて、水色のアンダーが無事左手首くぐり抜けたところではじめて、シンは目の前にさらされたアスランの肌に目を奪われた。
うっ血の血の抜けた跡が薄黄色く残り、わき腹にはまだ、ナイフの跡。
肋骨も折れていたと聞いた。それを固定していたせいか、胸周りがひどく痩せて見える。
シンを、守ってくれた体。
それを、そっと抱きしめる。
しなやかな皮膚がシンの腕を心地よく押し返し、ぬくもりが直に伝わって、気持ちいい。
夢の中で散々苛んだ体は、ただ白くて頼りなくて妙に熱くて。
でも今、あの時はただ投げ出されていた腕が、優しいちからでシンを抱いてくれる。
ああ、あの夢は違うのだと。
あの時とは、違うのだと。
そう思うと泣きたくなった。
「アスランさん・・・」
傷の上、変色した皮膚の上、ただ白い、張り詰めた肌の上。
何度も何度もキスをして、思いついて胸の先端にもキスをして。
「ん、こら・・・」
文句を言う唇にも、キスをして。
深くそれを合わせたまま、どきどきしながらベルトのバックルを外す。下着ごと掴んで下ろそうとすると、顎を引いてキスから逃れた人が、腰を浮かせて手伝ってくれた。
さっきだって、上を脱ぐときにそうしてくれていたような気がする。
余裕ないな、俺。
落ち着け。
でも、すべてを取り去ったその人は、傷が残っていても・・・いや、傷跡さえ全部が綺麗で大事で艶かしくて。
シンを、欲情させる。
「あんまり見るなよ」
恥ずかしそうに、呟く声が気持ちいい。
「すみません、だって、キレイで」
「何が・・・・」
シンの背にあった腕が去って、アスラン自身の顔を隠した。
もったいない。
「アスランさんの、ぜんぶがキレイ」
それを証明するように、シンは体を下げて、投げ出された脚に手をかけた。
「あ、シ、ン・・・・」
焦ったアスランの声を心地よく聞きながら、下肢のものを口に含む。
「し、なくていいから、シンっ」
前にしてもらったときは、怖くてでも気持ちよくて苦しくて、なんだかわからなかった。
今はこの人に、気持ちいいのだけ、してあげたい。
腰を抱えるようにして、更に深く咥え込む。すぐに大きくなったそれの先端が、喉の奥で少し苦い液をこぼす。
「は・・・ば、かやろ・・・」
いったん吐き出して、先を舐めて、苦いけれど甘いやと思いながら、また深く咥えて。
アスランの指が、髪を掴んで引くのが心地いい。
本気で引っ張ってるんじゃない。だって全然痛くないもの。
口の中で、それがびくびく痙攣する。イクな、とわかった。
確か俺、アスランさんの口の中に出しちゃったんだよな。
なら。
どうしたらいいか考えて、試しにきゅっ、と吸ってみた。
「あ、・・・クッ」
詰めた声と共に、それはシンの口腔に熱いものを溢れさせた。
それを、喉を鳴らして飲み込む。
「飲むなよっ、気持ち悪いだろ」
眇められたアスランの目元が、潤んで赤い。
「気持ち悪かった・・・ですよね」
自分がやらされた、あの時は。そう思うと痛ましくて苦しい。
けれど。
「でも俺、アスランさんのだったらもっと飲みたいな」
ちょっと笑って、掴んだままの脚に溢してしまったものをぺろりと舐めた。
「っ、あ」
「あ、気持ちいいですか？」
声が跳ねたのがわかって、反応があった内腿の柔らかい皮膚を何度も舐め上げる。
さらさらと舌を滑るその、心地よさ。
こんなの知らない。
うっすらと残る痣の跡を見つけて、そこにきゅうっと吸い付いて。
「んっ・・・・」
甘く鼻にかかった声。
悲鳴なんかより、ずっと、イイ。
違う。
あの時とは。
あの夢とは。
全然、ちゃんと、違う。
「アスランさん・・・・」
『確かめる』だけなら、もう十分。
でも。
だけど。
荒く息をつく人の、膝裏をそっと押し上げる。
あらわれた場所。あの時、完全に壊れていたそこは、今はすっかり口をつぐんでいる。
そこに、舌を伸ばした。
「シンっ」
引きつって、震えた声。
「・・・・ごめんなさい」
慌てて身を離す。やっぱりダメだ。しちゃいけない。
そう思ってそれでも名残惜しく掴んだ膝裏にキスをした。
柔らかい皮膚が気持ちいい。
「いや、そう、じゃ、なくて。舐めるなよ、そんなところ」
汚いだろ、と言う人は、頬を赤くして、口ごもって、それから。
「入れて、いいから。だから・・・」
語尾が跳ねて、消える。
シンが再び、そこに唇を寄せたからだ。
「やっ、はっ、シンっ」
逃げを打つ腰をしっかりと捕まえて、震える脚を押し上げた。
あの時、グズグズに崩れていたそこは、固く閉じてシンを拒んでいる。
きつく収縮するそこを、たっぷりと潤した後、シンは、恐る恐る舌を挿し込んだ。
「んんっ」
嫌がるだけの声じゃない。
どこか、甘く濡れた喘ぎと、舌を刺激する熱い粘膜。
シンの欲望も熱くなる。
じっくりと舐めたそこから舌を抜き取り、周囲をもう一度唾液で濡らしてから、そこから顔を上げた。
アスランの、甘く濡れた瞳が睨んでいる。
「だから、舐めるなって・・・」
少し息が上がってる。気持ちよかったのかな。
だったら嬉しい。
「でも、濡らさないと」
「そんなの、いいから」
「ダメですよ」
辛い思いはさせたくない。
気持ちいいことだけしてあげたい。
だって、俺は『違う』んだから。
そう言ったのは、あなただ。
今度は指に唾液を絡め、曝したそこにゆっくりと押し込んだ。
息を詰める気配。
そこが、きゅっと締まる。
異物感に眉をひそめたアスランの胸に、音を立ててキスをした。
ひくんと震える体。愛しい。
汗の匂いが、甘い。
「アスランさん、力抜いてください。これじゃ、何にもできませんよ」
言いながらも、指を少しづつ動かしている。
「無理、だから。いいから、シン・・・」
「よくないです」
全っ然、よくない。
翡翠の瞳が閉じられて、ひくひくと目蓋が震えている。
赤い唇が開いたまま、かすかな喘ぎを継いでいる。
その表情は、たまらなくシンの下肢を刺激するけれど。
そのまましてしまったら、夢の中と同じじゃないか。
試しに、前に舌を這わせてみると、いったんきつく締まった後、少し、緩むのがわかった。だから、ぺちゃぺちゃと音を立ててしゃぶって、奥の奥まで、指を差し込んで。
「は、っ、シンっ」
「あ、ここイイですか？」
反応を返す場所を見つけて、そこばかり、指を増やしてつつきまわして。
やがて、アスランのそこが熱くうねってシンの指を包み込み、抵抗がほとんどなくなった頃。
「いい、ですか？アスランさん・・・・」
限界を感じたシンが、アスランの耳元で囁いた。
アスランは、シンの首に腕を絡めて。
「さっきから、ずっと、言ってる・・・」
そう言って、自分からキスをしてくれた。
それが、気持ちよくて、幸せで。
シンは、アスランの腰を支えて、それでも慎重に、自分のものをあてがう。
あの時、何の抵抗もなくシンに貫かれたそこが、痛いほどに締め付けながら、それでも緩やかに、シンを受け入れていった。
「ん、く、ふ・・・・」
苦しげな声が気になって、乱れかかる髪をかき上げて、翡翠の瞳を覗き込む。
「アスランさん、辛い？」
「い、や・・・・」
睫毛に纏った涙。それを吸って。
あの時のように、酷い苦しみ方はしていないけれど、それでもやっぱり辛そうで。
「あんなのと、比べたら嫌だ」
「・・・・・大丈夫、だよ」
切れ切れに。しかし、確かにそう言ったアスランの口の端が、少しだけ、上がっている。
潤んだ瞳が、辛さだけでなく細められて。
しょうがないな、という笑顔。こんな時、なのに。
胸が苦しくなるのに、それは何故か欲求に繋がった。
「アスラン、さん・・・・」
軽く腰を揺すると、すがる腕に力が入って、そこにも力が入って。
愛しいのと気持ちいいのともっと動きたいのとで、どうにかなりそうだ。
「大丈夫、だって、言ってるだろ」
喉の奥からもれるような声で言われても、まったく説得力がないけれど。
「・・・・はい」
シンも、もう、我慢できなかった。
「ひっ・・・ん・・・あんっ・・・あ・・・・・・」
シンが腰を動かすたびに、アスランの唇から震える声が洩れる。
それは、徐々に高くなって。
甘く、なって。
「すごい、イイ声、アスランさん・・・」
「ふっ・・・・」
アスランが大きくかぶりを振ると、白いシーツに青い髪が散って、ものすごく綺麗で色っぽい。
アスランのそこは、もう、シンを柔らかく包んでいて、大きく出入りを繰り返しても、もう、壊れる心配もなくて。
ただただ、気持ちよくて。
それはたぶん、アスランも。
「気持ちいいですか？」
快楽の雫をこぼす前をいじりながら、その体の奥の奥まで深く、犯す。
すると、抱きしめた体が大きくうねって。
「すごく、かわいい」
うっとりと呟けば、喘ぎ疲れた唇が、酸素を浅く飲み込んで、問う。
「どこ、が」
「ん・・・ぜんぶ」
その唇に、ちゅ、と、キスをして。
シンは、終わりを迎えるために、激しく腰を使い始めた。
「は、あ、ああっ、・・・シンっ」
好きな人と一緒に、駆け上る快感。
触れた場所から溶け合って、混ざり合って、どうしようもなく気持ちいい。
自分の下で、身を竦めるようにして喘いでいる人を抱いて、シンは、強く思った。
この人、絶対守ろうと。
もう、絶対あんなことさせないように。
今度はちゃんと守れるように。
いろいろ足りないことばかりだけど。
でも、絶対。
俺が。
つながった体を離しても、愛しさは消えることなんかない。
腕に抱いたままの体のそこここに、沢山たくさんキスをして。
荒い息をつく唇、大きく喘ぐ胸、投げ出された腕、濡れて艶めいた脚、その奥、の。
「すまないが、シン、今日は、もう・・・」
ゆるく髪を掴まれて、そこから顔を上げる。
「あ・・・ごめんなさい。辛かったですか？」
「いや・・・」
そうじゃないけど。
呟いて、青年は目を伏せた。
「その、な。いろいろ・・・わかれよ」
その目元の色っぽさと、かすれた声の艶に気圧されて、シンは何だかわからないけれど頷いた。
「えっと、はい」
代わりに、ぎゅうっと抱きしめる。
その心地よさに、アスランは目を閉じた。
シンの指が髪をくぐって、優しい慰撫を繰り返している。
彼の手は、とてもとても優しくて、触れるたびに、アスランの傷を癒してくれる。
辛いことは多いけど。
憎まれるのも、傷つけられるのも、償い切れない罪を晒されるのも、辛いけど。
こうやって良いことも多いから。
ああ、そうか。
「さっきお前、どうして頑張れるかって聞いたよな」
「あ、はい」
すっかり忘れていたシンは、その人の律儀さにくらくらした。
ほんとに、この人、大好き。
「お前がいるからだよ」
そう、言って。
アスランは、するりとシンの背に右腕をまわした。
あまり動かない左腕が、それでも同じように背を抱いて。
触れた場所は、どこもかしこもあたたかくて。
「ありがとうございます」
シンは、涙ごと頬をアスランの額に押し付けた。
幸せで、どうにかなってしまいそうだ。
「泣くなよ」
「はい」
答えて、もう一度口付けようと、アスランの瞳を覗き込む。
強くて優しい翡翠の瞳が、シンを映して、柔らかく、笑んだ。