ハニートラップ？？ １
「で、これが一番手っとり早いと思うんだ」
腹の上に乗っかった兵部にそう言われ、松風は目を白黒させた。
「んな訳あるかあっ！」
向こうの壁では、半分壁に埋まった皆本が、もの凄い勢いでがなっていた。
「えと、あれ」
全然状況がわかっていない松風は、とりあえず、自由を奪われている中、わずかに動く指を皆本に向けた。
「どうなってんですか・・・？」
喚いているからには無事なのだろうが、見ていてなんだか凄く怖い。
「ああ、テレポートの応用さ。後で出してやるから心配するな」
「はあ」
生返事になったのは、現実感の無さ故だ。
だって、自分の部屋の壁に、特殊なアルバイト先の上司が半分埋まっていて。
ベッドに寝転がされた自分の上には、世界的な犯罪組織のボス・・・で、自分の学校の生徒会長（仮）が乗っかっているのだから。
ちなみに、コーラは松風がやった覚えのない青菜を食べながらご満悦の様子だった。
状況からして、兵部がやったとしか思えない。
「挨拶代わりだよ」
松風の思考を読んだのか、腹の上の犯罪者がニイ、と笑う。
「で、」
そうして、その妙にキレイな顔が、ずい、と近づいて。
「自分の心配は？」
「ええと」
なんだかいい匂いのする吐息が触れる。
他人の体温が、近すぎる。
怖いよりもなんだかもうドギマギとしながら、松風は、その真っ黒な瞳から、必死になって目を逸らした。
「たぶん、殺されることはないんじゃないかと・・・」
数年前、トラブルがあったらしいテロ集団を周囲ごと壊滅させたのを最後に、パンドラは大量殺人のたぐいを起こしていない。
そのぶん犯罪が巧妙化しているのは、構成員の多様化が原因だというレポートと、首領がチルドレンなどからの感化されているからだというメモが資料にあった。
松風としては、後者の方が納得がいく。
筑紫たちや、迎えに来る構成員を見ていてもわかる。
パンドラは、すべてがこの、同年代の姿をした首領次第なのだ。
「まあ、その通りだけどね」
松風の言葉か、頭の中か知らないが、さらりと肯定した兵部は、視界の外でもはっきりとわかる嗤いをこぼし、すうっと近すぎた顔を離して。
「無事で帰すとは」
代わりに、するり、と、首に何かが触れた。
指先だ。
思い出した恐怖に身が竦む間もなく。
「限らないぜ、と」
ひゅぱっ、と、そろそろ慣れた空間が入れ替えられる感覚と共に、体全部が一気に冷えた。
「え」
見上げる兵部の姿は、一瞬前とは違っていた。
「ええっ！？」
そうして、自分も。
「ちょ・・・っ！」
怖いよりも何よりも、唐突に剥かれた思春期の少年は、まず、恥ずかしいが先に立った。
いや、恥ずかしいんだけどもいやこれ恥ずかしいっていうか・・・！
混乱しきった松風の、剥き出しにされた下半身の上で。
松風と同じく、全裸の兵部がニヤニヤと笑っている。
ぺったりと、触れた素肌はすべすべとして。
あったかくってなんか甘い匂いがして・・・・って、うわあああああ！
言葉もなく混乱する松風の腰を、滑らかな指先がするすると滑って、ぶっちゃけそれが気持ちいい。
やばい。
何がやばいって！
「男が一番無防備になるのは、気持ちよーくイったその直後だからな」
勃ちかけてる俺超やばい！
「いっくらブラックファントムの催眠でも、その瞬間くらい隙もできるだろ」
腰からわき腹を滑った指が、するりと喉元まで上がってくる。
そうしてまた、キレイな顔が近づいて。
うっすら開いた唇が、ほんのり紅くて目を惹いて。
何するつもりだ、この人。
いや、なんかわかる。
わかるから、うわあああああ
「だから！子供に手ぇ出すなって！」
ああああああ忘れてた！！
皆本さんいたんだった！
「僕から見りゃ、お前もこの子も大差ないぜ？」
ちらり、と横目だけを向けた兵部に、皆本は慣れたように罵倒を返す。
「このロリコン！」
それに、兵部は嗤って答えた。
「ああ、パティが教えてくれたんだけどさ、男の子相手だと、ショタコンっていうんだってさ」
「だから何だっていうんだ！」
「そりゃそうだ」
・・・そりゃ、そうだ。
てか、何教えてんだよクルー・・・
逃避思考に逃げようとした松風の頬に、ひんやりとした手のひらが触れる。
そうして、するりと眼鏡が引き抜かれた。
少しぼんやりとした視界の中、それでもはっきりとわかる距離で、薄紅い唇が笑い。
そうして今度は逆に、視認できない距離まで近づいて。
さっきからする甘い匂いは、たぶん、この人の肌の匂いだ。
それに気がついたとたんに、ちゅ、と。
唇に、柔らかな感触がして。
うわあああああ！
「ま、イイ思いはさせてやるからさ」
近すぎる場所で、やはり甘い声がそう囁いた。
「だから！やめてやれって！」
遠くで皆本の喚き声が聞こえるが、兵部は聞いちゃいないし松風もそれどころではない。
「お前童貞？」
「ぅえ、ええっ！？」
突然のファーストキスに狼狽えている少年に、更にもの凄く答えにくいことを聞いてきた兵部は、彼のおろおろっぷりでその答えを察したらしい。
「そっかー、悪いな」
頬に触れていた手のひらが離されて、ぱん、と、目の前で柏手のように打ち合わされた。
妙に神妙な顔の仲、口元だけをどうしても我慢できないように、笑いの形に歪めた兵部は。
「イタダキマス」
そう言うと、ずるり、と乗っていた腹の上から少し下がった。
やばっ、今、当たっ・・・
「あ、結構デカイじゃん。今の子は発育いいなぁ」
さっきから頭を持ち上げかけていたそれの先に、触れたのが兵部の尻だとか考えたくない。
考えたら、余計勃ちそうだから！
そんな複雑な思春期心を、兵部は余計にかき回す。
「あ、ヒュプノいるか？薫が良い？」
彼のヒュプノが、現実とほとんど区別が出来ないのは経験済みだ。
あの、現実とほとんど区別できない兵部のヒュプノで。
兵部が化けてるとはいえ、薫と、その。
それって・・・
「やめろー！」
壁に埋まった皆本の声で、松風は我に返った。
松風だけでなく、何故だか兵部まで何かに気づいた顔をしている。
「ああうん、やめとこう、なんか僕が嫌だ」
なんて勝手な。
実は、ちょっとだけ期待した松風は、くわんくわんとする頭の中、なんとか表層に出た疑問を問うた。
「あの」
ええっと、何だっけ。
また忘れそうになったそれを、なんとかもう一度思い出し。
「な、なんで皆本さんがいるんですか？」
兵部が何故ここにいるのかは、（わかりたくはないが）とりあえずわかった。
しかし、皆本までが、どう見ても無理矢理に連れて来られた理由がわからない。
・・・なんで、こんなカッコ見られてんだかわかんない・・・・・
なんかもう、泣きたい。
「証人だな。僕が何か言ったって、こいつ信じねえんだもん」
「目の前で何かあったって信じられるか！」
むしろ今が信じらんねー
「君、ヒュプノ効きにくいだろ」
「お前ならできるんだろうが！」
ああ、こないだ俺がテストされた時に。
「僕を何だと思ってんだ。こないだやって見せただろ？」
「なら意味ないじゃん！」
皆本の言葉の乱れが半端ない。
随分混乱しているんだな、と、むしろ松風の方が冷静になりかけたのだが。
「えー、じゃあほら」
皆本の方を向いていた兵部が、ふい、と尻の下に敷き込んだ松風に視線を移し。
そうして、さっき少年のわき腹を撫でていた時よりも、もっと柔らかい仕草で松風のものを握り込んでしまった。
「浮気じゃないよ、って見りゃわかるようにってことで」