裸のままの君が好き ２
貪るようなキスは、嫌いじゃあない。
シーツの押しつけられて、覆い被さられて追いつめられながらなら、なおさらだ。
自分に対する欲望が直に感じられて、ちょっとくらい下手でも許してやろうという気分になる。
「ん、ぅ」
それでも音を立てて舌を吸われ、なんだかちょっといたたまれなくなって顔を背けようとしたら、髭がざりりと頬を擦って、なんだかもっといたたまれなくなった。
真木が自分に欲情していることは知っていたし、わかっていて誘うような真似を繰り返していたけれど、実際こうなるとは、実は全く考えていなかった。
子供の頃から、兵部が育てた。
それを言えば逆じゃないのかとあちこちから異論が出そうだが、それでも兵部はそう思っている。
そんな真木と、こんな。
らしくなく混乱しているところでやっと唇が離れ、兵部は痺れた舌を無理矢理に動かした。
「っ、真木、しつっこい」
微妙にろれつが回っていない。
その様子が、男を更に欲情させることを兵部は知っていて、しかし、よく解ってはいない。
「・・・すみません。でも」
するり、と頬を撫でられて、思わず上げた目が、黒い瞳とかち合った。
とたん、背筋を駆け上がったのは、間違いなく快楽への期待だった。
成熟した雄の、獰猛な欲の気配にゾクゾクする。
「謝るくらいなら、すんな」
そう言って笑えば、また、キスが落ちてきた。
今度は体をまさぐる手のひらも一緒だった。
あの勢いだ、きっと、めちゃくちゃにしてくれるだろうと思ったのに、真木の手はひどく慎重だった。
ああ違う、緊張してるのかな。
可愛いなぁ。
脇から腰へ。確かめるように滑った手のひらは、やがて胸へ戻って傷跡の上で止まった。
確かめるように触れる指に耐えきれず、首を振るとキスが離れた。
その唇が癒すように傷跡に順に触れ、それから胸の尖りに吸いついて。
今度は、ちゅ、ちゅ、と、胸から腹へ。
丁寧にキスを落とされて、愛撫される。
こんな風に触れられているのに、真木の顔が見えなくなるとなんとなく胸が寒くなって。
しかしそう思ったとたんに、ふい、と見慣れない表情の見慣れた髭面が見えて。
唇に、また、柔らかいキスが降りてくる。
まるで、自分のすべてが見透かされているような。
すべて彼の手の内にあるかのような感覚に、兵部は自分の中の怒りをかき立てようとした。
彼のすべては、自分の手の内にあるべきなのに。
真逆の状況に陥って、それが心地良いだなんてばかげている。
ばかげている、のに。
「っあ・・・・」
内腿を指先でなぞられると、それだけでおかしな声が漏れた。
勝手に腰が揺れて、それを大きな手のひらで支えられるのが、何故だかやたらと気恥ずかしい。
そんなぐちゃぐちゃの頭を、真木は、更に快楽で混乱させていく。
大きな手のひらで前を包まれて、愛おしむように幾度か指先が行き来した後に、そこに顔が伏せられる。
「ちょ、いきなり・・・っ」
熱い口腔に含まれて、びくりを身を跳ねさせた。
肉厚の舌に、頭を擡げかけたものをたっぷりと嘗められるのは、とっても気持ちがいいけれど。まだ少し、体がついていかない。
思えば、さっきの男のところで幾度か出した後なのだ。
もういい年なのだ。後ろはともかく、前は何度もという訳にはいかないらしい。
「そっちより・・・なあ、真木」
押さえ込まれた腰をゆるりと揺らし、甘えたような声を出す。
開いた膝の内側で、もさもさの頭を小突きながら、腰を上げて後ろを晒す。
ああ、そういえば、ここ見せてやるって言って誘ったんだっけ。
そう思ったところで、上げた膝を掴まれた。
「あなたは・・・」
押し殺したような低い声。
暗い熱のこもった強い視線。
その指の力強さに、ぞくぞくする。
そのまま、いっそう脚を開かれて、見られる羞恥に身を震わせる。
まだ、前の男との行為のせいで腫れているはずのそこが、いやらしくひくついているのがはっきりとわかった。
この、いやらしい体を、この子がどうやって蹂躙するのか。
兵部の胸には、もう、期待しかない。
後ろに触れた指は、何かでぬるりと濡らされていた。
「準備、い・・・」
「違います。傷薬です。・・・すみません」
即座に否定されて、なるほど、と思ったところで、いったん体が解放された。
物足りなさにシーツを掻いた手を取られ、傷の付いた手首にも、ぬるりとしたそれが擦り込まれる。
その手つきは、いつも、傷を放っておく兵部を追い掛け回しては手当てしている真木のもので。
しかし、手当の終わりに、指先を口に含まれて、いつもとは違うことを思い知らされる。
自分の指先をねぶる舌に、あらぬところを嘗め回されたのを思い出し、ふるりと身を震わせたところで、また、脚を開かれた。
いつも、簡単な手当に使われている軟膏をたっぷりと乗せた、無骨なくせに器用な指が、ゆっくりと、兵部の中に入っていく。
「っあ・・・っ」
真木の指は、長くて太い。
更に、節が立っていて。・・・要は、兵部の好みの指だ。
その指に奥を探られて、喘ぎと共に腰が揺れ、脚が跳ねる。
それを大きな手に抑え込まれ、襞を探るようにされ。
くち、と、かすかに立った水音に、慣れているはずの体の羞恥を煽られる。
「熱い・・・ですね」
上ずった声に、この固い男の理性の綻びを感じて、それがいっそう快楽に繋がった。
「もっと・・・熱くなるぜ？」
言って腰を振れば、追いつかなかった指が中を抉って、高い声が漏れた。
「あんっ」
それが、わざとでなかったとは言わないが、とたん、ぐるりと指をかき回され、息をつく間もなく指を増やされて。
自分で言った通りに、どんどん体温が上がっていく。
思わず上げた視線の先では、無様に開いた脚の間から、獰猛な瞳が自分を見下ろしていて・・・たまらない。
「さっき突っ込んだばっかりだ、そんなに慣らさなくっても平気だよ。・・・おいで」
この言い方は意地が悪いな。
そう思いながら囁けば、深く埋められていた指が、たちまちずるりと引き抜かれた。
そのまま、脚を掴む指の力強さにも、現れた真木のものの大きさにも、胸苦しいほどの期待を煽られて。
ひくつくそこを、大きなもので割られる感覚に、はしたないほどの嬌声を上げていた。
「あ、あーーーーっ」
一息に奥まで侵入って来たものは、ほんの少しそこに留まって、その存在を兵部の中に馴染ませた後、ゆっくりと、襞を巻き込んで出ていくものだから。
「やっ、あっ・・・・・ああっ」
思わず腰でそれを追い、すぐにまた深く与えられて、高く喘いだ。
「少佐、しょう、さ」
ゆっくりと腰を使われながら髪を撫でられ、なんだかたまらなくなって、額を押し当てた肩に、ぐりぐりとそれを擦り付ける。
そうすれば、耳元にかすかに笑う吐息が吹き込まれ、怒りを顕す前に、たっぷりと耳朶を舐られ、腰奥を柔らかく抉られて、喘いだ。
「っあ・・・っ」
やばい。
すごい。
きもちいい。
こんな快楽は、知らない。
「やっ、あっ、ああんっ・・・・っ」
はしたない声を上げ続けながら、兵部は快楽に霞む頭の隅で思った。
兵部にとって快楽はいつも、ちょっとしたスリルと心地よい痛みと、それから、何とも言えない後ろめたさを伴うものだった。
それが、どうだ。
揺れる腰を抱き支える手のひらに、すっかり自分を預けきって。
ただ甘いだけの快楽を刻み込まれ、好き放題に喘いでいる。
信じられない状況に、しかし嫌悪を抱くでもなく、この時間が、もっと、ずっと続けばいいとさえ思っている。
「ぁ・・・もっ、と・・・・・」
知らず、それは声に出ていて、真木は一瞬だけ動きを止めた。
「・・・少佐」
「っ、ちが・・・・っ」
そういう意味じゃない。そう言う前に、いっそう深く突き込まれた。
「っあ、あ・・・っ！」
今までのは一体何だったのかと思うほどの激しさに、兵部はあられもなく泣き叫んだ。
気持ちよすぎて、どうにかなってしまいそうだった。
回された腕にしがみつく。
もう、どうにかなってしまいたい。
この腕に。
どうにか、して欲しい。
言葉にならなかったその望みを。
それでも真木は、存分に叶えてくれた。
「・・・・お怒りは、いかようにも」
恐らく、覚悟は決まっているのだろう。
ベッドから降りて平身低頭の真木の台詞は、内容に似合わず平坦だった。
この体に触れた時点では、まだ理性はあった。
伊達に普段からすり寄られていた訳ではない。
肌の甘い匂いや、滑らかな質感、少し低い体温などは、なんとか堪えることができた。
が。
熱くぬめった体内に触れてから後は、頭を抱えたくなる惨状だ。
途中から、もう嫌だとさえ言われていた気がするが・・・その声のあまりの甘さに、止めるどころか煽られる有様だった。
「・・・・・」
兵部は何も言わず、指先を曲げるだけで彼を招いた。
招くと言っても、すぐ側で伸びている兵部を見下ろしているのだ。
できることは、せいぜい顔を近づかせるくらいで。
なのでそうした真木が気に入らなかったらしく、ぐい、とサイコキネシスで体を操られた。
「っ、少佐」
そうして、まるでいつものように。
同じベッドの上に寝転がされて。
もぞもぞと懐にもぐり込もうとする、銀色の頭を見下ろしていた。
「・・・少佐」
赦されたのだという安堵よりも、どうして、という困惑の方が大きい。
しかし、兵部はどうやら居心地がいいらしい定位置に納まると、もごもごと眠たげな声を出した。
「次は、もうちょっとゆっくりやってくれよ」
「次・・・って、むぐ」
思わず反復した声は、途中で無理矢理閉じさせられた。
「疲れた。明日は一日寝てるからな」
ちらり、と。
見上げてきた闇色の瞳に、表情は伺えない。
しかしそれはすぐ、満足げに閉じられて。
すうすうと、心地良さげな寝息が聞こえてきて。
「・・・・・」
真木はそこで初めて、まだ先ほどの熱の残る体を、そっと抱いた。
裸のままのそれを腕に納めるのは、初めてではないけれど。
腕の中に、すっぽりと納まる小さな体。
我に返ってすぐ、慌ててシャワーを浴びせた肌は、まだしっとりと水気を含んでいい匂いだった。
こうして、この体を抱いて眠ることを許されているのが自分一人だということを、真木も薄々はわかっていた。
そうして。
眠る前の兵部の態度が、あからさまに照れ隠しなのは、彼をずっと見てきた真木には明白だった。
だから。
銀色の髪に頬を埋めて。
何よりも、愛しい体を抱きしめて。
大切にしよう、と真木は思った。
『次』があるのかどうか。この気まぐれな人のことだ、実際にはわからない。
それでも。
この想いを赦されたのだ。
大切にしよう、と。
今までだって、世界で一番、彼を大切にしていた男は。
そう思って、裸のままのその人を、抱いて眠ったのだった。
終