裸のままの君が好き １
寝るときに服を着ないのは兵部の癖で、真木もそれを改めさせるのは諦めている。
むしろ、自分たちが一緒に寝ていた頃、ちゃんと夜着を着ていてくれたことに感謝するのは、マッスルから自分の時は全裸だったと聞かされたからだった。
彼の時と自分たちの時の間に、さすがの兵部も何かを学習したらしい。
それから。
女の子の相手はめんどくさい。ていうか自分からすること自体がめんどくさい。
そう真顔で言う彼が、適当な男を引っかけて歩くのにももう慣れた。
もともとの嗜好は恐らくバイセクシュアルなのだろうが、面倒くさがりが高じてこうなってしまったらしい、と、真木は理解している。
しかし、だ。
「した後って、やっぱ一人じゃ寝たくないんだけどさ、今日とか相手ノーマルだったしさー」
仕事を終えて、やっとベッドに入ったところで、そんな勝手なことを言いながら、裸のままで懐に潜り込まれ。
そうして体を擦り寄せられれば、真木だって彼に恋する男なのだ。
平静でいられる訳がない。
だいたい、高レベルのテレパスである彼に、自分の想いなど筒抜けだろうに。
「俺を、試しているんですか」
そう聞けば。
「さあ、どうだろ」
そんな、曖昧な答えが返ってきた。
「でも、君はこの状態の僕を襲ったりしないだろ？」
そんな勝手なことを言う声が掠れているのが、一体何のせいなのか。
真木にだって、よくよくよくわかっている。
他の男に付けられた跡も露わに、真木のベッドで猫のように懐いてくる彼の、まとわりつく体温。
甘やかな肌の匂い。
信頼されているというよりも、あからさまに挑発されているとしか思えない状態に、真木の困惑は極まっていく。
ここで、この人に手を出してしまったら。
自分は、この人の信頼を裏切ってしまうことになるのだろうか。
あからさまに誘う様子を見せながら、それでも兵部は、真木が自分の望まないことをしないかと試している。
抱きしめた体は不健康な熱を持ち、昏い瞳の焦点は甘い。
明らかに、具合が悪いはずなのだ。
だから、真木は。
しがみつく体を引き剥がし、不満げなその人に手早く作った氷枕をあてがってから、改めてその体を抱きしめて、布団を被った。
満足げに目を閉じるその人の貌を、暗がりに見て。
そのぬくもりを対価に、地獄のような夜を明かした。
時々、兵部は真木のところへ行って一緒に眠ることを強要する。
それはだいたい、他の男に抱かれてからのことが多い。
既に、自分でも何をしているのかよくわからない。
彼が、絶対に自分の望まないことをしないと安心したいのかも知れないし。
いっそ手を出してくれば、こいつだって他の男と同じだと、そう思って安心したいと思っているのかも知れない。
だから、今夜も。
「まーぎ」
ひゅぱ、と、真木のベッドにテレポートする前に、一応ざっくりシャワーは浴びた。
それでも、体中に跡は残っているし、何より今日の相手は無理矢理っぽいのが好きだった。
面白半分に炭素単結晶繊維の中に突っ込んだ白い手首に、まだ湿った擦過傷と紫色に変色した痣を見つけて、半分寝ぼけていた真木の顔色が一気に変わった。
「どうされたんですか、これは」
大きな手のひらに手を取られ、それでも痛めないように柔らかく包んでくるのに苦笑する。
「んー、ちょっとイイ趣味の奴引き当てて来た」
その言葉を察した真木に、もう片方の手も取られ。
兵部はあははと笑って、放埓の跡の残る両手で真木の頬を包んだ。
「ＥＳＰ錠でベッドの柱にくくられちまってさ。イく時なんか加減できないから、折れちまうかと思ったぜ」
「どうして、あなたは・・・」
その辺のＥＳＰ錠など兵部には効く訳がないのだし、こんな跡など生体コントロールでいくらでも消せるだろう。
それでも、兵部はそんな相手にセックスをして。
そうして、その跡をつけたまま、真木のベッドに潜り込むのだ。
憤懣やるかたない、といった様子の、真木の様子に兵部は嗤う。
これは、折ってきた方が面白かったかな、などと、本気で思って更に嗤う。
今度はそうしてみよう。
でも今日は、やり損なったから、そうだな。
「そうだ、真木」
もう一ついいことを思いついて、兵部はずい、と前髪が触れるほど近くに寄って、真木の黒い瞳をのぞき込んだ。
「他の男に突っ込まれたトコ、見たい？」
「ーーーーっ！」
息を飲んだ真木の、苛烈な瞳。
ここのところ、疲れたサラリーマンみたいな顔ばかり見ていたから、その表情は、兵部には懐かしいものだった。
「あなた、は」
しかし、絞り出された声は、苦しげな大人のもの。
「俺が、何もできないと思っているんですか？」
「さあ」
兵部は嗤った。
何か、とても・・・絶望的に明るい、笑顔だった。
「できないのかい？真木」
そう誘いながら、兵部は既に、自分でも何をしているのかよくわかっていなかった。
彼が、絶対に自分の望まないことをしないと安心したいのかも知れないし。
いっそ手を出してくれば、こいつだって他の男と同じだと、そう思って安心したいと思っているのかも知れない。
いや、だいたいにおいて。
兵部は、燃えるような熱を孕んだ黒い瞳をついと見上げた。
僕は、コイツとこうすることを、望んでいないのだろうか？
手首は痛いし、わりと無理矢理突っ込まれたそこも痛い。
無理に広げさせられていた脚も痛いし、あと、変な姿勢だったからか背中と肩も痛い。
腰はだるいし、腰だけではなく体中重い。
勝手なペースで内蔵を突き上げられ続けて、実はちょっと気持ちも悪い。
普通だったら、今日はもうセックスなんかしたくない体調のはずだ。
でも。
痛いのは結構好きだし、だるいのも嫌いじゃない。
気持ちが悪いのはいただけないが、これくらいなら、気が紛れれば忘れるような気もする。
それに。
見上げた真木の、いつでも真摯な黒い瞳。
手首を掴む力は、しかし痣を気遣ってか、柔らかい。
のしかかってくる体温は、もともと兵部の好むもの。
気持ちのいい、体温。
「あー、真木」
へこり、と小首を傾げ、兵部は言う。
なんだかちょっと意外だけれど。
「勃って来ちまった」
そう、へらりと笑うと。
それが、止めになった。