「永泉」

「あ・・・」

朱雀門を出たところで泰明に声を掛けられた。

日は沈み、西の山際だけが青く輝く刻限だ。

永泉は、供の者と共に仁和寺へ戻るところだった。洛中へ来たのは久しぶりなら、泰明に会うのも久しぶり。永泉はとてとてと泰明に駆け寄った。

「お久しぶりです。泰明殿」

「ああ」

そのまま向き合って、暫し。

永泉は、残照を頬に受ける泰明に見惚れていた。

綺麗で、強くて、何でもできて。時々ちょっと二歳児だけれど、そのアンバランスささえ、格好いい。

「帰るのか」

「はい」

もう少し、時間が早ければ、泰明殿とお話する時間があったかもしれないのに。

そう思うと、ちょっと悲しい。

そう思っていたら。

「私は今日、陰陽寮に泊まる。おまえも来い」

「・・・・・・はい？」

「嫌か？」

「あ・・・・い、いいえっ！ご一緒させてください！」

思わず意気込んでしまってから、ちょっと頬が熱くなる。

「あ・・・あの・・・供の者を帰して参りますので・・・」

ぱたぱたと駆け戻っていく永泉を、泰明はゆるやかな足取りで追っていった。

「あのっ・・・や・・・やすあきどの・・・」

人気のない、陰陽寮の夜。

すとん、と、膝抱っこ状態で座らされてしまってから、以前の夜を思い出して、永泉はわたわたしてしまう。

「あの、お、お願いです、先日のようなことは、どうか、おやめください・・・」

泰明は袖の中に突っ込んだ手を止めた。

「やはり、私に触れられるのは嫌なのか？」

「い、いいえ、そうではなくて・・・」

間近に見下ろされる位置で泰明の硬質な瞳に睨まれて、永泉は慌てて首を振った。

「あの、ああいうことは・・・」

「ああいうこと、とはなんだ」

なんだ、と聞かれても。即答できるならば、こんなにも困っていない。

「・・・・・・あ、あの、衣の上からならば、触って下さってもかまいませんから・・・」

とにかく、なんとか伝えようと紡いだ言葉に、

「そうか」

と、いつもより、少し柔らかい声で答えた泰明は。

「それで、ああいうこととはなんだ」

微妙なことは、やっぱりわかってはくれなかった。

「ん・・・あふ・・・・・」

泰明の器用な指が、胸を辿っていく。

気持ちいい。

あたたかい息が首筋にかかり、ほど良く温まる、濡れた舌が、耳の後ろから、喉の窪みまでを何度もなぞる。

気持ちいい。

ゆるく、脚を撫でていた方の手が、つい、と上がって頬を包んだ。

くびから離れた顔が、いつのまにか自分を上から見下ろしていて、それが近づくと、頬に頬がすり寄せられた。それから、唇をじっくりと舐められる。

気持ちいい・・・

仰のかせた頭が動かないから、手はもとのとおりに脚へかえる。

腿から膝のあたりを撫でていたそれが、するりと上がって立ち上がり始めてしまったそれに触れた。

「きゃ・・・や、やすあきどの、そこ、は、だめっ・・・」

「・・・だめなのか？」

「はい・・・」

はじめに牽制しておいたせいか、泰明はあっさりとそこから手を離した。

代わりに、膝を折らせて足首を引き寄せ、くるぶしや踵を撫でている。

「ぅふ・・・」

気持ちいい。

すごく、気持ちいい。

でも、気持ちいいのだけれど・・・・

気持ちいいから・・・・

「あの、泰明殿、その・・・えっと・・・」

「なんだ」

「も、申し訳ありません、あの、小用を、たして参ります・・・っ！」

心地良い泰明の腕から抜け出して、簀子に飛び出した永泉は、手近な部屋に転がり込んだ。本当はもっと遠くへ逃げたかったけれど、腰が砕けてしまっていて、それが精一杯だったのだ。

書庫とも物置きともつかないその部屋の柱に寄りかかると、永泉はそろそろとそこに手を伸ばした。

「ふくん・・・」

男だから、仕方がないのだけれど、でもでも、泰明殿だって男のひとなのに・・っ

思考もぐちゃぐちゃ。

泰明殿だって、泰明殿だって・・・泰明殿・・・・の手。

気持ちよかった・・・・

己を弄ぶ指に、力が入る。

体中を、さわさわと。そして、ここも・・・

「ん・・・っく・・・」

もっと、触ってもらえたら、もっと、気持ちよかっただろう・・・

「何をしている」

「〜〜〜〜〜っ！！」

あんまり驚くと、人は声も出ないものだ。

幸か不幸か、永泉のものは萎えることなく手の中で一緒にびっくりしている。

「み・・・っ、見ないで下さい、お願いします・・・っ」

やっと声が出るようになって、とにかく永泉は懇願した。

部屋と簀子は、簡素なすだれで仕切られているだけだ。泰明は永泉の声に、すだれを上げかけた手を止めた。

「どうした」

「あ・・・あの・・・すぐに、戻りますから・・・」

「答えになっていない」

「申し訳ありません・・・お許しください・・・」

「・・・・・」

ぱさり、とすだれが下ろされて、静かな足音が遠ざかっていく。

半泣きになりながら、それでも永泉は、しっかり自分を慰めた。

「あ・・・の・・・、やすあきどの・・・」

おずおずと、元いた部屋へ帰ると、泰明はちらりとこちらを見る。

「来い」

表情のない声に、びくびくしながら隣にすわる。すると泰明の頭がすうっとおりて、永泉の下肢に近づいた。

「あの時と同じ、匂いがする」

「え、えええええっと・・・」

うろたえる永泉に、泰明は永泉の腹のあたりに鼻先を寄せ、それから懐まで顔を上げて、

「ここか？」

と手を突っ込んだ。

「や・・・っ！」

そこから引っ張り出されたのは、永泉が先ほどの後始末をした、懐紙。

泰明は、それをぱくんと口にくわえた。

「不味い」

「あ、当たり前です〜」

慌ててそれを取り上げた永泉を、ひょいと抱き上げ、泰明らしくない、小さな声で呟いた。

「勿体ない・・・」

「え？」

それは、なんだか本当にがっかりしたような声で、永泉は耳を疑った。

泰明の、感情が乗っている言葉をはじめて聞いたような気がする。

しかし思わず振り仰いだ泰明の表情は、いつもの無表情。そうして、今度は強い声で、

「今度は、私によこせ。おまえは要らないのだろう」

とんでもないことを言う。

「い、いらないというか・・・」

「よこせ」

きゅう、と、からだ全部を包むように抱きしめられる。泰明の長い腕は、そうすると肘から先が余って、それが包みきれなかった脚や、触れていない胸や腹を撫で回す。

「あの、何故、そんなものが欲しいのですか」

なんだかすごいことを言われたりしたのに、泰明の指に触れられると、気持ちが良くてどうでも良くなってしまいそう。

「私は、自分で陽の気を練ることができない。男の精は陽気だ。おまえの気は私に馴染み易くて美味いから、欲しいのだ」

腿のあたりを物欲しげに撫でられ、ずくん、と脚の間がうずいた。

「あの・・・美味しいの、ですか・・・・」

「すごく、美味い」

微妙に弾んだような声が耳元をくすぐって、背中が震えた。

「本当ですか・・・・」

「ああ、本当だ」

泰明の手が、するりと腿を撫でる。

「ならば・・・・」

仰のいて、伸び上がって。

恥ずかしそうにささやかれた言葉に、泰明は、はっきりと。

笑った。

その夜、永泉は、二度ほど、泰明に味あわれてしまったのだった。