ドアを開けて ２
「俺は、あなたが好きです」
突然の告白に、アスランは面食らった。
「・・・・・は？」
そう返されたシンも面食らったが、めげずに言い方を変えて再度トライする。
「付き合ってくださいっ」
「どこに？」
わざとじゃないんだ、この顔はほんとにわかってないんだ。
「俺の恋人になってくださいって言ってるんです！」
「・・・・なんで」
ああもう、何気に天然なのは知ってたしちょっと可愛いとか実は思ってたけど、ここまでひどいとは思わなかった。
「あなたが好きだからですっ！」
「だから、なんで」
堂々巡りだ。
シンは頭を抱えた。
「あなたがっ・・・・綺麗で格好良くてそれでえっと、MSをあんなふうに動かせて、射撃も上手くて格好良くって、ってのは言ったっけ。ユニウスセブン破砕のときとか、ギリギリまで砕こうとしてたところすごいと思いましたし、その前もザクで助けてもらいましたしっ。ああそうだ、先の大戦でジェネシス爆破したの、あなただって｡命がけだったって。そんなこととかええとそれからっ」
「・・・・この容姿は母の遺伝だし、だいいち､コーディネイターだし。MS戦も射撃も、訓練を積めば上手くなるはずだろう。ユニウスセブンでも、アーモリーワンでもジェネシスでも、俺はすべきことをしただけだ」
そこだ。
「そこで！するべきことがちゃんとできる、そんなところが好きなんですっ！！」
もちろんそれだけではないけれど。理詰めで攻めるしかないらしいこの人には、もうこれしかない。
「ちゃんと、は出来たことがないんだが・・・」
そんな謙虚なところも大好きだ。
「ちゃんとじゃなくてもすごいです。恋人になってください」
「・・・俺もお前も男だってこと、わかってるか？」
やっとそこまで来たか。
「はい！」
頷いて、勢いで。
人気の絶えた格納庫、無重力もあいまって。
ぶつかるような、キスをした。
初めて触れた唇は、意外と柔らかくてびっくりした。
「とってもわかってます！付き合ってくださいっ！」
恐らく、この勢いが功を奏したのだろう。アスランは、どこか呆然としたまま。
それでも、こくりと頷いた。
「アスランさん！」
インパルスを下りて、先に格納庫に下りていたアスランを見つけて走り寄る。
「ああ」
軽く手を上げた彼に、体当たりするように飛びついて。
「さっきの、ありがとうございます。俺なんだか後ろ見えてなくて」
「お前は集中しすぎなんだ。後ろは任せてくれてかまわないが、敵機の位置くらいは常に把握していろ」
「はい！」
インパルスに損傷があったから、整備班は忙しい。
先に帰投したレイもルナマリアは、もういない。
だから、シンはいつもより少しだけ強く、アスランを抱きしめて。
アスランも、軽く腕を回して背を叩いてくれる。
それが嬉しくて､ちょっと、調子に乗って。
少し汗の匂いのする髪の間に鼻先を突っ込んで､戦闘の余韻に上気している耳を､食んだ。
とたんに強張る腕の中の体。体温さえ､すうっと下がって、いくのがわかる。
「・・・・すみません」
「いや」
そっと離れると､彼はもう、普通の顔をしていたけれど。
シンは沈んだ気分を引きずって､先を行くアスランの背を追った。
恋人、といっても、この狭い艦内でできることなど少ない。
たくさん、話をして。
人目を盗んで、ちょっとしたスキンシップを楽しんで｡
後は、彼の部屋でなら、キスくらいはできる。
でも、それだけ。
話には、時間の限り応じてくれる。
親愛のハグに応えてくれる腕は､自惚れじゃなく優しいと思う。
キスだって、触れるだけだったら、好きなだけさせてくれる。
でも。
それだけなのだ。
それ以上を頑なに拒む体は､アスランの自由にはならないらしく、その後の気まずい時間を避けるため､そして何よりアスランのために、シンも積極的に手が出せない。
アスランもそれについて語ろうとしないし、シンも聞くことができないけれど。
たぶん、過去に酷い目にあったことがあるのだ、というのは予想がついた。
少しづつ､慣れてくれて、少しづつ､近づいていけたらいいと思うけれど､互いに一度戦場に出れば、帰れるかどうかもわからない身、どうしても急いてしまう。
それに生き残って帰ってくれば､その人の存在を確かめたい。
家族を失ってから、初めてできた大切な人。
その人が生きていることを、実感したい。
だからシンは、精一杯アスランを抱きしめて､キスをして。
時々､ちょっと誘惑に負けてしまう。
アスランの部屋、腕の中の恋人の、紫紺の髪をそっと撫でて。
キスしようとすると、自然に屈んでくれる、そんなのをちょっと悔しいと思いながら｡
それでも、彼とのキスは嬉しくて｡
「んっ・・・」
唇を少し舐めてしまって、しまったと思って慌てて唇を離す。
手のひらに感じる強張った背中が､わずかに震えてさえいて、少し悲しい。
でも、今日は｡
揺れる瞳が何度か瞬き、血の気を失った唇が少し開く。
意外と細い指が、するりとシンの髪をくぐり、今度は、アスランの方からキスをしてくれた。
冷えた唇から、躊躇いがちに舌先を預けてくれて。震えるそれを絡め取り、硬いままの体を抱きしめながら､冷たい口腔をむさぼり尽くす。
熱の揃わない体を、ぴたりと寄り添わせて。
こんなにも怯えているのに、自分を受け入れようとしてくれている人に、シンの胸は熱くなった。
それはそのまま欲情へと繋がる。
いい、ってことなんだよな、たぶん。
告白で、あんなに苦労したのは記憶に新しい｡
確かな意図をもって腰に手を回し、セクシュアルな意味をこめてゆっくりと撫でる。
アスランは、動こうとしない。
もっと、キスを深くして。
軽く胸を押すと、アスランはとさりとベッドに倒れこんだ。
唇を離すと、揺れる瞳と目が合った｡
いいの？なんて、そんな怖いこと聞けないけど｡
拒絶の色は、そこにないとシンは確信した｡
シャツの胸を開けて､あらわれた白い胸に生唾を飲む。
そこに、そっと手のひらを当て､その滑らかさに驚く。
耐えるように細められた瞳。
わずかに震える唇。
そんなものにさえ、たまらなく欲情した。
「っ、あ・・・」
声にならない声を洩らし､差し出された体にむしゃぶりつく。
若い雄の、本能のままに。
しかしそれは、恋人の腕に阻まれた。
体術でも好成績を上げていた人の腕は､唐突ににシンの体を突き飛ばす。
そこで、勝手に腕が動くとは思わなかった。
シーツを掴んでいたはずの手が､思わぬ力で突き出され。
アスランは､ぼんやりと、白い天井を眺めていた。
「・・・・すみませんでした」
傷ついたような低い声。
視界の端に､少年の暗い色の髪が映る。
慌てて起き上がっても､見ることができたのは、ドアの閉まる一瞬。
去っていく、背中。
重なる。
見たことがないはずの、去っていく父の背中｡
行かないで｡
俺を置いて、行かないで｡
お願いだから俺を見て｡気が付いて｡
ここにいるから。
ドアを開けて。
気が付いて｡振り向いて｡
自室のドアだというのに､それを開けるのには、ひどく時間がかかった。
やっと飛び出した廊下で､彼の背中を探しても､既に影もない。
彼の部屋が､どちらにあるのかを思い出すのにまた時間がかかり､そこに移動するまでに、全身の力を使い果たしたような気がした。
そして、ドアを前にして。
キーナンバーは、知らされていたはずだった。
何度も押した簡単な番号。
それが、思い出せない。
指が動かない。
膝が震えて仕方がなくて、ドアに縋った。
灰色の床が迫って､吐き気がする。
無理やりに上げた腕で､ドアを叩く。
そんなことをしても､開くわけがないのに。
わかっていても、叩かずにはいられない。
彼を拒絶した､その腕で。
何度も。
駆け込んだ自分の部屋で､シンは頭を抱えていた。
まずかったよな。やっぱり。
もともと、拒んでいたのは体の方だったわけで。
アスランさん自身がOKだったって、そういうわけにもいかないだろう。
ってああ、アスランさんがいいって思ってたかどうかも確認取ってないし。
どうしよう。
さすがに本気で嫌われたかも・・・・
どんよりと落ち込んだところで､ドアの方からドン、とくぐもった音がした。
曲がりなりにも戦艦の艦内だ。ドアといってもただの作りではないし､外の物音が､こうも響くわけがない。
ドン ドン ドン
それでも、音は鈍く響きつづける。
不審に思って、ドアを、開ける。
ドアが、開いた。