罰 ２
体が離れた瞬間、名残惜しそうな瞳が見上げてきた気がするけれど、それは気のせい、というより願望だろう。
たぶん。
「さて、じゃあ、今度はこっちかな。・・・こっちは私がやって上げよう」
そのまま、仰向けに倒れた少年の、投げ出された足をするりと撫でる。
膝裏から、腿の柔らかいところへ。
肌理が細かく滑らかなそれは、指先に確かな快感を伝え、一度イって上気した頬や、そこから見上げる不安げな眼差しと相まって、男の期待を嫌が応にも煽ってくれる。
「足を開いて」
そう言えば、おずおずと言うとおりに白い内腿や、その奥の、濡れた性器まで晒す従順さ。
「うん、そう。あと腰を上げて」
この命令には、戸惑ったような視線が返ってきた。
ああ、経験がないからわからないのか。
「膝を持って・・・いや」
その初々しさに苦笑しつつ、具体的な指示を出そうとした石神は、しかし思い直して少年の膝の上を無造作に掴み、そのままぐいと押し開きながら持ち上げた。
自然と腰が浮き、秘められた場所が男の眼前に晒される。
いきなりの恥ずかしい姿にされて、びく、と少年の腰が浮き、すぐに身をよじるようにするのを力ずくで押さえつける。
驚愕に見開かれた黒い瞳が、すぐに伏せられ、震えながら逸らされた。
自分でやらせて恥ずかしがるのを眺めるのもいいけれど、それは後からでもかまわない。
この、いかにも初めてな様子は、恐らく今回限りだろう。
「このくらいしないとね、やりにくいから」
そう言いながら、初めての場所を、じっくりと視姦する。
かたちも色味も綺麗なそこが、緊張のせいか、ひく、ひく、と震えているのが、どうしようもなく嫌らしく映る。
「うーん、いかにも処女ってカンジだねぇ」
重ねて言葉でなぶれば、いっそう震えが大きくなった。
その様子に満足しながら、石神はとりあえず右手を離し、いつの間にかぶつかりそうな位置まで来てしまっていたベッドヘッドの棚の引き出しを、ついと開けた。
中から出てきた透明なボトルを、何もわかっていない少年は、ただ呆然と見上げている。
「これはね、こうやって使うんだよ」
親切ごかしてそう言うと、石神はボトルの先を震える両足の間で傾け、中身をそこへとろりと垂らす。
「・・・・っ！」
体温の上がりきった敏感な場所に、いきなり冷たいローションを垂らされて、少年の体がひきつった。
「うーん、敏感だねぇ」
それは、前々から感じていたことだった。
痛覚の欠損を補うように、彼は耳もいいし、他の皮膚感覚も敏感だ。
元は視力も悪かったらしいから、余計なのだろう。
手を離した片足が、思わず、というように跳ね上がる。
「じっとしてないとダメだろう？」
更にそこにローションを足すと、とりあえずボトルは側のテーブルに置いておく。
それから、余計に垂らした分が、ゆっくりと下腹に垂れ落ちていくのを人差し指でべったりと掬い。
「や、あ・・・っ！」
その指を、何のためらいもなく、ひくひくと震えていた場所へずるりと差し込んでしまった。
体の中に、あり得ない異物。
その感触に、若い肌が総毛立った。
そこに勝手に力が入り、しかしそのため、余計にその異物を感じてしまう。
「しゃ、ちょ・・・・・」
「痛くなくても、力は抜いた方がいいよ」
見当外れな助言はわざとだったが、そんなことがパニック寸前の少年にわかるわけがない。
「や・・・っ」
腰をよじれば、堅い爪がぐりりと無垢な内壁をえぐった。
「あんまり暴れると、怪我をするかも知れないからね」
言っても意味がないことと知りながら、石神は声をかけながら、締め付ける入り口をこじ開けて、絡みつく襞を撫で回し、彼の感じる場所を探していく。
「・・・っ！」
少年の腰が、不意に跳ねた。
「うん、いい子だね」
石神の声は、森次にはほとんど聞こえていない。
一体、何が。
そう思っている隙に、同じ場所を、もう一度えぐられた。
「ーーーーーゃ！」
そこを触られると、体が勝手に動いてしまう。
「や、ン、やめ・・・っ！」
今度こそ、本気で彼の下から逃げ出そうとするのだが、足を掴んだ手はびくともせず、それどころか暴れたせいで、また、違うところを酷く抉られた。
背筋を、先ほどと同じか、より強い痺れのようなものが駆け上がる。
「やんっ！」
自分のものとは思えない、高い声が勝手に喉をつく。
「・・・最初から、随分いい声が出るなぁ」
石神の声に、何かを言い返そうとするのだが、そのまま埋められた指を出し入れされて、開かれた唇からは、意味のない声が続けて洩れた。
「あ、あっ！」
石神の指が出入りするたびに、堅い指の節が入り口を抉り、そのたびにきゅうきゅうとそこに力が入る。
指が奥深くまで埋め込まれると、異物感に背筋が震え、そうして引き抜かれると、物足りなさに勝手に腰が浮いてしまう。
「うん、いいね」
声とともに、一度すっかり引き抜かれ、「あ・・・・」と情けない声が漏れたところで、異物感の増したそれが、また、深々と埋め込まれた。
「や・・・っ！」
「嫌じゃないだろ？」
ぐちゅ、と濡れた音を立てて、中で異物があり得ない複雑な動きを示した。
中を、広げるような動き。
「指、二本入ってるのわかるかな？」
「ーーーっ！」
ぐい、と、今度は入り口を広げるようにされた。
そこで、初めて言われたことを知覚して、しかし、したからといって何ができる訳でもなく。
ただ、与えられる刺激にもがきながら、情けない声を上げるしかない。
「んっ、んっ、んっ！」
開かされた脚に力が入りすぎて、もう自分の言うことも聞かない。
それだというのに、指先からは何故だか力が抜けていき、掴んでいたはずのシーツを無駄に掻いては、その刺激にさえ身もだえる始末だった。
「随分、気持ちよくなってるね」
気持ちいい、のか。
これが。
「あんっ！」
問い返す間もなく、ぬるり、と、前を触られた。
それは、触ってもいないのに、すっかり立ち上がって、ぬるぬるとしたものをこぼし始めていた。
「これなら、後ろだけでイけちゃうかなぁ。・・・さすがにまだ無理か」
「やっ、ぅんっ、ぁんっ！」
たぶん、また指を増やされたのだと思う。
中を押し広げるものが増し、いっそう複雑な動きで森次の中を、好き放題にいじりまわす。
たぶん、自分はもうおかしくなっているのだと、森次は思った。
だって、こんな。
こんな、の。
「やぁっ！」
硬直した腿を甘くかじられて、悲鳴じみた声が上がる。
ちゅく、と、滑らかな内腿の皮膚から唇を離すと、ああ、マズイなぁと石神は思った。
赤い噛み跡のついた、薄桃色の脚越しに、たっぷりと涙を乗せた漆黒の瞳が、何かを乞うように見上げている。
その間に、精一杯主張するような、まだ幼さの残る性器。
汗に濡れた黒髪が、シーツの上を滑るたび、白い体が自覚のない媚びを含んで淫らにうねり。
そうして、あたたかな体内は、石神の指を貪欲に飲み込んでは、もっととでもいうかのように締め付けてくる。
これはマズイ。
ホントにマズイ。
うっかりすると、深みにハマる。
いや。
森次の黒々と濡れた瞳が、幾度か瞬いてからきゅうっと閉じられて見えなくなった。
その代わり、涙を乗せた長い睫が、部屋の灯りを弾いてちらちらと光っている。
そこから目を離せない時点で、もう、すっかりハマってしまっているのか。
ならば、仕方がない。
悪い大人はそう諦め、長く蹂躙していた指を、そこからずるりと引き抜いた。
初めての暴虐にさらされた場所は、閉じきれないままにひくひくと赤い肉を晒している。
「もう、いいかな？」
そう声をかけると、閉じられていた瞳がふうっと開いた。
そこに見せつけるように、引き抜いた指でジッパーを開け、少年の媚態にすっかり大きくなっていた自分自身を取り出して見せる。
初めて間近に見る大人の勃起したものに、黒い瞳が大きく見開かれた。
これから、何をされるかはわかる。
わかっている、たぶん。
しかしだ。
指だけで、こんな風にされてしまったのだ。
この上、あんなものを入れられてしまったら、いったいどうなってしまうのか。
想像するだに恐ろしい。
しかし、石神は容赦がなかった。
「酷いことをしてあげると、言っただろう？」
楽しそうにそう言うと、すっかり逃げを打っている少年の体を引き寄せ直し、初めにそうしたように、脚を掴んで大きく開かせ、その間に自分の腰を置いた。
指よりも熱く、大きな塊。
ぴったりと入り口に押し当てられたそれを生々しく感じ、言葉もなく震えている森次に、石神は少しだけ笑って見せた。
それから。
ぐぶ、と、入り口を割られた衝撃は、想像以上のものだった。
「や、あああああっ！」
しかもそれは、そのまま、ずうっと奥まで侵入り込み、少年の狭い肉筒を、あまりにも惨く押し開き。
それから、痙攣する襞を引きずるように、また、ずうっと引いていく。
どこまでもどこまでも、『犯される』感覚に、悲鳴じみた嬌声が上がり。
そうして、細い体がびくびくとのたうった。
「やっ！やだ、も、や、め・・・・っ」
やめて欲しいと懇願し、逃げようと暴れても、信じられないほどの力で押さえ込まれて許されず、いっそう深く犯された。
「このくらいでやめたら、酷いことにはならないだろう？」
強く引き寄せられたまま、そう囁かれて、それからずるりと引き抜かれ、今度はうつ伏せに押さえ込まれた。
「もっと、泣かせてあげるよ」
耳元でそう言われ、いつの間にか達して、しとどに濡れた性器ごと、腰を掴まれ引き上げられて。
また、深々とそれを打ち込まれ、少年は甘い悲鳴を上げた。
そのまま、身を荒らし続ける快楽に、森次はただただ泣き叫ぶしかなかった。
待ち望んだ罰は、少年の身に甘く、酷く、刻み込まれていった。
「昔はあーんなに可愛かったのになぁ」
昔を懐かしむというには、あまりに軽い口調にちらりと目をやると、森次は髪を拭いていたタオルを首に掛け、冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出した。
そうしてその一方の口を開け、石神に差し出しながら。
「可愛くてどうします」
ずいぶんと低くなった声で、そう言った。
「まあ今でも可愛いけどねぇ、イく時の顔なんか特にさ」
「・・・・・」
上司の軽口には答えず、自分の分を開けて口を付ける。
行為の後にシャワーを浴びてそのままだから、彫像のような綺麗な体は晒されたままだ。
それを目で愉しみながら、喉を潤していた石神は、ふと気がついて、愛人の端正な容貌を見上げた。
「そういえば君、いつから眼鏡かけてたっけ？」
行為の後にシャワーを浴びてそのままなのに、彼はしっかりと、度の入っていない眼鏡をかけている。
その眼鏡の向こうで、長い睫がゆるりと瞬いて。
「子供の頃から、ずっとですよ」
そう言った森次は、水をひとくち飲んでから、その手で眼鏡の位置を直した。
それを外してやる時に、ふっと目を伏せる癖が好きな石神は、それを見ながら首を傾げ。
「でも、初めてシた時はかけてなかったよね？」
初めてその仕草を見たのは、確か、あの時ではなかったような。
記憶を手繰る石神を、森次はあの時とそう変わらない、黒々と濡れた瞳で見下ろした。
「・・・あの時は、壊れていましたから」
「ああ、そうだっけ」
割れたレンズに歪んだフレーム。
ちょうど、そんな風だった少年。
「初めての給料で買いました」
「あー、そーだっけ」
そうだ、思い出した。
何故そんなものをと不思議に思った反面、しっくりと馴染んだフレームに、どこか安心したことを思いだし、石神はちょいちょいと森次に手招きした。
不審げに、しかし大人しく寄ってきた青年は、伸びてきた手に眼鏡を取られ、わずかに眉をひそめる。
「いや、良かったねえ、片づいてさ」
あの夜、彼がまとっていた危うさは、今はもう微塵もない。
あの時見とれた、長い睫の下の眼差しは、揺るぎない未来を見据えている。
もう、彼に罰は必要ない。
「これから、ですよ」
親友のこと、部下たちのこと、会社のこと、世界のこと。
考えることが多すぎて、そんなものを欲しがっている暇はない。
「そうだねえ」
うん、うん。
頷きながら、石神は笑った。
そう。
彼も、人類も。
きっと、これからなのだ。
終