子わんこなので、夜はすぐに、ねむねむーになっちゃいます。
でもね。
「桜を見に行くぞ」
旦那様の鶴の一声で、今日は夜遊びなんですよ！
「夜遊びとか言うな！」
旦那様に怒られちゃったけど、シンはそんなの気にしません。
うっきうきーｖで、ご主人様に上着を着せてもらいます。
「まだ、夜は冷えるからな。脱いだらダメだぞ」
「うんっ！」
こないだ買ってもらったシンの上着は、アスランさんとお揃いの、マツトミシロヒの新製品、「春のミツバチルック」です。
クリーム色と茶色のしましまで、ちょっち、かっちょいいのです。
そいで、レイともお揃いなんだよ！
「イザーク、着ないのか？」
「誰が着るか！」
なのに、隊長着ないんだってさ。
へーんなの！
さてさて。
お出かけしたのは、マティウス市内の大きな公園。
そこには、いっぱいいっぱい桜の木が植わっているんです。
「どうせなら、昼に来れば良かったな、シン」
「そうか？俺は夜桜の方が好きだが」
エレカのハンドルを握った旦那様、別に、昼の桜だって好きですよ。
でもでも。
「桜かぁ・・・」
どっか遠いトコ見ちゃってる奥様が、気に食わないから。
前に聞いた、桜の思い出が、気に食わないから。
「フン」
だから、やっぱり桜は夜の方がいいんですよ！
「見えてきたぞ」
公園の駐車場には、もう、桜が植わってました。
下からライトが当たってて。
夜の闇に、ふううわりと浮かび上がったそれは。
「すっげー！」
シン、びっくりしちゃいましたよ！
「昼とは全然違って見えるなぁ」
奥様も、感心ですよ！
「・・・フン」
それを見た旦那様、してやったりとにんまりですよ！
「凄いですね」
普段、静かなレイも、思わず声が出ちゃう桜の側に、車を止めて。
旦那様、にーっこりですよ！
公園の中にも、もちろん桜がいっぱいです。
夜なのに、人もけっこういるんです。
その人たちの上に、ひらひら、桜が舞い降ります。
アスランさんの肩にも、シンのお耳やお鼻にも。
ひらひら、ひらひら舞い降ります。
「でも、まだあんまり大きくないな。俺が昔見たのは、枝ぶりがもっとこう」
アスランさん、まーだそんなこと言ってますよ。
「コペルニクスよりマティウスの方が新しいんだ。仕方がないだろう」
むっつりとした旦那様、でもすぐに、シンを抱いた奥様の腕を引きました。
「でかいのが見たいなら、こっちだ」
引っ張って行かれたのは、公園の真ん中でした。
そこには、おーっきな桜が植わってました。
「・・・・・」
シンのお口がまくっと開いちゃって。
お尻尾ふるるん！ってして、アスランさんのお手手を、ぎゅむ、ってしちゃいます。
「・・・怖いくらい、だな」
やっぱりふるふるしちゃってるお耳を撫でながら、アスランさんも言いました。
この一本だけ大きいせいか、ここだけ、少し照明が落とされているせいか。
他の桜とは、全然存在感が違います。
存在感っていうか、なていうか。
「色っぽいだろう」
でも旦那様、そんなこと言っちゃって。
「この木だけは、地球から移植されたものだそうだ。とんだ道楽だが・・・月にも、ここまで立派な桜はなかっただろう」
「うん」
素直に頷いた奥様、ととっと側に寄っていって、垂れ下がった枝のその先の、小さな花びらをシンに触らせてあげます。
はじめはふるふるしちゃってたシンも、すぐにきゃっきゃと大喜びで。
「あまり根本に寄るなよ。根を痛める」
「わかってる。すっごいなぁ、ここの親玉みたいだ」
シンのつついた枝が、ふわふわ揺れるのを見ながら、奥様、また感心して言いました。
「そうだな。この木は、ここの桜の親だからな」
その見事な枝振りを眺めて、旦那様、ふと、隣のレイを見下ろして。
「この公園の桜は、皆この木のクローンだ」
「・・・・」
レイのお目目がおっきくなりました。
それから、そのお目目で、大きな桜と、向こうの小さな桜たちを見比べました。
「へえ」
つぶやいた奥様は、今度は、自分でその枝先に触ります。
凄いなあ、君、ここのみんなのお母さんなんだ。
家族がいっぱいで、いいなあ。
夜の闇に浮かび上がる。
子わんこ抱いて、桜に触れる。
奥様の姿は、とってもとってもキレイで。
旦那様、やっぱりとっても大満足です。
「これだけじゃない。このソメイヨシノという品種はな、すべて、１８世紀に作られた一本の、クローンのそのまたクローンだと云われているからな」
「そんな時代にクローンって・・・ああ、挿し木とかか」
頷いた奥様も、一応農学博士の息子ですから。
こくんと頷いて、やっぱりちょっと、レイを見ました。
レイも、ちょっと。
ちょっとだけ、笑って。
いつも無表情なレイが笑ってくれたので、旦那様と奥様も、今度は、もっと笑って。
「いっぱいで、かっちょいーね！」
言ったシンのお鼻が、急に、ひくひくと動きました。
風向きが変わって、ざあっと、花びらが落ちてきます。
「たこやき！」
風向きが変わったせいでしょう。
風上になった方には、夜店の屋台がありました。
「小僧は花より団子か」
まあ、しょーがないなぁと旦那様は思います。
だって、子わんこですからね。
「イザーク、お金」
「って、キサマもかー！」
子わんこ抱っこしてない方の手を、ひょいと伸ばした奥様、へこんと小首を傾げて。
「だって、シンがたこやき食べたいって」
「しかし、コイツは蛸が食えんだろうが」
「たこじゃないよぅ、ちっちゃい卵のたこやきだよぅ！」
「なんじゃそらー！」
ぎゃあぎゃあと、いつものように騒がしく、屋台の明かりへ向かう隊長たちについて行って。
まだ若い桜たちの間へ入ったレイは、ふと立ち止まって、まだ細い枝先の、ちいさな花に触れました。
それから。
「レイも、たこやき？」
ご主人様の腕の中、ちょいと振り返った子わんこに答えるために、みんなの後を追いかけました。
みんなの上から、ひらひらと。
桜の花が、舞い降りました。
