夜
寝入りばなに、真上にテレポートをかまされた。
そうして、自分より随分小さいとはいえ人一人落ちて来られて、真木はぐえ、と情けない声を上げた。
何せ、パンドラは不良エスパー集団だ。
しかも、まだ分別や力のコントロールのおぼつかない子供を、ほいほい拾ってくる人物がいるものだから、これくらいのことはまあ、割とあると言えばあるのだが。
「少佐・・・」
子供時代など何十年前だというここのボスにそれをやられると、なんだかもう泣きたくなってくる。
「何なんですか、一体」
自分の上にのっしりと乗った人物を見上げると、彼は夜目にも昏い瞳を軽く笑ませて、真木の布団を引っぺがした。
「今日は冷えるんだよ」
そうして、質問に答えているんだかいないんだかわからないことを呟きながら、そのままベッドに潜り込んで来た。
「だから、湯たんぽが欲しいんだよね」
「・・・・・」
鼻先に触れる銀色の髪は、少し濡れている。
どうやら風呂上がりらしい良い匂いを吸い込んでしまい、真木は呼吸ごと言葉を失った。
子供の頃、それこそ、まだ少佐に拾われたばかりの頃。
『寒いから』の名目で、一緒に寝てくれることはよくあった。
それが、自分たちのためだけではなかったと気づいたのは、もう、そんなことをしてくれなくなってから、随分経ってからだったのことだったが。
子供の頃のように背中に回された手の冷たさに、冷えるというのがあながち方便ではないことを感じ取った真木は、心配になって体を起こそうとした。
「・・・大丈夫なんですか」
しかし、その頭をぐいと押さえつけ、兵部は夜の闇よりなお暗い瞳を上げて、にい、と笑った。
「ただの薬の副作用だよ。ちょっと飲み過ぎちまってさ」
末梢血管縮みまくって、自分で広げるのめんどくさい。
そんな、更に心配になることを言われたせいで、真木はその手がしっかりと自分の頭を押さえ込んでいるという事実をうっかり忘れた。
「少佐・・・」
「だから、湯たんぽが欲しいんだ」
「あ」
ぐにゃ、と、感覚の歪む感触があった。
そうと気づかせないだけの力量があるはずなのに、これはわざとなのかそれとも具合が悪いせいなのか。
彼よりも、ずっと大きくなったはずの自分の体が、彼の腕の中に、すっぽりと収まってしまう感覚。
とてもとても久しぶりのそれにどうしようもなく動揺しながら、それでも真木は冷静さを装った声を出した。
「・・・俺の感覚まで弄る理由はどこにあるんですか」
ああ、声まで高くなっている。
声変わりは早かった方だから、これは本当に、会ったばかりの頃に戻ったかのように、無駄に高度な催眠をかけられている。
「気分だよ」
そう言う彼は、変わらない。
初めて会った時から、恐らく、その前からも、ずっと。
「やっぱり、真木はあったかいな」
ぎゅむ、と頭を喉元に押しつけられて、その吐息や湯上がりの肌の感触をいっぱいに感じてしまい、真木の心臓は跳ね上がった。
もう勘弁して欲しい。
本当にこうやって眠った頃には自覚はなかったが、今はもう、自分がこの人にどういった感情を向けているのか、わかってしまっているのだから。
傍若無人な振る舞いはしても、一度懐に入れたエスパー相手ならば、そうほいほい思考を読むようなことはしない彼に、それは恐らくバレてはいないのだろうけれど。
「湯たんぽは覚えがありませんが、たしか、電気毛布が倉庫にあったと思いますから」
そのことに感謝しながら、なんとか代替案をひねり出すものの、兵部の拘束は全く解けない。
「嫌だよ。面倒くさいだろ」
「取って来るのはあなたじゃないでしょう」
「眠いんだから、お前もうちょっと静かにしてろよ」
「・・・・・」
若い見た目よりも更に子供な彼は、不機嫌な時にはそれを隠さない。
しかし、くすくすと面白そうに笑いながら、彼の声は、どこか笑っていなかった。
何があったのか、何を感じたのか。それを聞く前に、白い貌の中でただふたつ、どろりと黒い瞳にのぞき込まれ。
恐らく、催眠で髭など感じなくなっているだろう頬から顎を、するりと冷たい指で撫でられて、真木は黙った。
「いいから、湯たんぽになってな」
「・・・・はい」
ここは、彼の望み通りにした方がいいだろうと諦めだけでなく判断し、真木はそのまま、兵部の腕の中で大人しくなった。
「うん、いい子だ」
そう、ひどく柔らかな声で呟いた兵部は、そのまま冷たい体で真木を抱きしめた。
自分を包んだ手足が、緩やかに真木の体温に近づいていく共に、感覚を通してある髪に感じる吐息が、寝息に近いものに変わっていく。
常識的に考えて、暖められる兵部よりも、暖める真木が大きい方が、体温は上がりやすいはずなのだ。
それを、わざわざ催眠までかけて、【電気毛布】ではなく、【湯たんぽ】にしたがるその理由。
それがわかって、真木はそっとため息をついた。
『うん、いい子だ』
先ほどの言葉がよみがえる。
俺はまだ、少佐にとって、庇護の対象でしかないのだろうな。
どんなに背が伸びても、強くなっても。それは決して変わらない。
その事実は、どうしようもなく真木を打ちのめすのだけれど。
それでも、こうして何かがあったとき、自分のところに来てくれること。
自惚れでなく、甘えられていると感じられること。
それが、ほんの少しだけ、真木の心を慰める。
兵部の寝息が深くなった。
背中に回された手は、もう随分とあたたかい。
その感覚に、違和感。
何かが柔らかくブレる感触。
気がつけば、真木は兵部の夜目にも輝く銀色の頭を見下ろしていた。
半永久的な催眠も可能な兵部なのだから、眠ったくらいで解けるそれは、本当にやっつけだったのだろう。
体感と現実のずれのせいで、なんだか半端に抱き合うような格好になっていた体を、彼の楽なように抱き直す。
今では、腕の中にすっぽりと収まってしまうその体。
それなりに鍛えてはあるものの、随分と痩せた印象のそれに、どきりとする。
あと、どれくらい、と。
恐ろしくて考えないようにしていたことを、考えて、しまう。
「ん・・・」
体勢が変わったせいだろう、小さく呻いて兵部が身じろぐ。
肩口に額が擦り寄せられて、真木は、歯を食いしばってその頭を抱き寄せた。
パジャマ越しにも、かすかに感じる額の弾痕。
それが、とても、とても痛かった。