焼き肉食ってカラオケ行って
「んぁ？」
目が覚めたら、皆本の家のリビングだった。
あれ、いつの間にここで寝オチしてたっけ。
皆本の部屋以外で寝ると、あいつ子供たちに見つかるとか、キーキーうるさいんだよなぁ。
それを思いだし、兵部はひゅぱっとテレポートをして、慣れたベッドに潜り込んだ。
ついでに、服もテレポートで脱いでしまう。
床に落ちたそれは、後で皆本に洗わせればいい。
枕に頬を擦り寄せると、皆本の匂いがして、体の芯がずくんと疼いた。
なんであいつ、まだ帰って来ねえんだよ。
この僕を待たせたんだから、泣いて謝るまで搾り取って・・・やらな・・・けりゃ・・・・
ここが自分にとって安心できる場所だと知ってしまっている兵部は、完全に寝ぼけたままで。
リビングで寝てしまう前に何があったかなど、ぜんぜん全く、思い出そうともしなかった。
その朝、賢木はもの凄い頭痛で目が覚めた。
頭痛も凄いけど、吐き気も凄い。
二日酔いだな、こりゃ。
せっせと生体コントロールを働かせつつ、とりあえずトイレで吐いて寝ていたリビングに戻ると、皆本預かりの子供が二人、心配そうにガン首並べていた。
「大丈夫すか？」
「へーきへーき、生体コントロールですぐ治せっから。・・・うぷ」
ああくそ、生体コントロールも兵部くらい超度が高かったら、こんなんすぐ治るんだろうなー
そう思いながらもう一度吐いて、それから賢木ははたと気がついた。
「あれ？兵部は？？」
昨日は酔っていて気がつかなかったが、ここってあいつにゃ一番キライな奴の家なんじゃねえの？
「自分は見ていません」
「帰ったんじゃないですか？」
小首を傾げるバレットとティムの言葉に、賢木もなんとなく納得する。
「そうかもな」
一応、ここの家主の宿敵だ。
昨日は勢いに任せて転がり込んだが、起きて気づいて慌てて帰ったのだろう。
『史上最悪のエスパー犯罪者』のウカツさは、自分たちにはとても有り難いものとして、賢木もよく知っている。
「あー、でもタダじゃ帰らねえかも」
賢木は、だんだん頭痛の治まってきた頭を巡らせた。
ああいうタイプは、自分の失敗の腹いせも兼ねて、絶対何かやらかしていく。
ベッドにダンゴ虫入れるとか、冷凍庫の中身を冷蔵庫と入れ替えるとか、そういう低レベルなやつ。
「俺たちの見た限りでは、何もされていないようですが・・・」
「冷蔵庫の中身も無事っス」
同じようなことを考えたのだろう、子供たちの報告は的確だ。
「でも、皆本主任の部屋は見ていないんです」
さすがに上官の私室は勝手に開けられないと、困ったような子供たちの視線に、賢木は鷹揚に頷いた。
「ああ、俺が開けて見てみるぜ」
ホンっト、こいつら使えるわー
彼らの成長ぶりと、彼らをバベルにと言い出した親友の先見の明に舌を巻きながら。
ぜってー何かされてると、むしろわくわくしながらドアを開けた賢木の見たものは。
「・・・何やってんだ、てめえ」
親友のベッドで、すうすうと気持ちよさそうに眠っている、兵部京介の姿だった。
しかも。
「ん・・・遅ぇぞ眼鏡・・・・」
もごもごと、舌っ足らずにそう呟いて、目を擦りながら起きあがった兵部は裸だった。
胸にふたつの銃傷を刻んだその体は、丁度ティムやバレットと同じくらいの年頃の少年のもの。
それなのに、擦られた目元の赤みやら、すっきりと伸びた首筋やら、なだらかな線を描くわき腹やらの醸し出す色気が、なんかこう・・・
床に落ちている服の中には、パンツまで混じっているからには全裸だろう。
布団を被ってギリギリ隠されている下半身を想像してしまわないように気をつけながら、賢木はとりあえず、これは兵部のタチの悪いイタズラだと思いこもうとした。
ベッドに虫入れんのも、ベッドに兵部入れんのも一緒だろ。
・・・・一緒だろー！
うっかり、コメリカ時代に奥手な友人の誕生日に、【ベッドの中に美女！】のサプライズをやったことを思い出しそうになって引っ込める。
美女じゃなくて、見た目だけ美少年だ。
あ、やべ、余計タチが悪かった。
なんだかぐったりと疲れ果てながら、それでもやっとのことで口を開き。
「・・・お前なぁ、そのイヤガラセ、シャレんなんねえからやめとけよ」
そう、この状況を無難に収める言葉を捻り出した。
「んん？」
そんな賢木の葛藤など、ぜんぜん全く関知しない兵部は、こてんと小首を傾げ。
その意外な可愛らしさで、男どもの心臓をわし掴みにしてから。
「ーーーーーっ！」
その白い頬から胸から全部を、見事なまでの真っ赤に染めた。
おいおいおい。
つられて焦った賢木に、それでも兵部はぴんと伸ばした指を突きつけ、無駄に偉そうに胸を張った。
「ぼ・・・僕に指図すんじゃねえよ、ヤブ医者っ！」
声がすっかり裏返っていたが、それでもそう返せただけでも上出来だっただろう。
しかし。
「シャレんなんないくらいのが、お、げふっ、面白いだろうが！」
シャレんなんないって自分で言うな。
そいで、噛んだ挙げ句に咳き込むなジジイ。
もひとつ言うなら、フォローしてやった俺を攻撃するな。
そんな賢木のジト目を察したのか、兵部は「もういい帰る！」と、凄く最近デートのラストで聞いたのと同じセリフを吐いて、ひゅぱ、と、床に落ちていた服ごと、テレポートして消えた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
たとえばあそこで、同じセリフでも、もっと普通リアクションが返ってまだこちらも普通に対応できたのだが。
が。
「えっと・・・イヤガラセ、だよな？」
部屋の中、少し乱れた布団を指さして賢木が言う。
棒立ちになった少年たちは、首を縦にも横にも振ることができない。
何なんだあの可愛いリアクションは。
ていうかアイツあんなに可愛かったっけ。
ていうか！アイツを可愛いとか思うのってどうなんだ！
しかし、その混乱からより早く立ち直ったのは、意外にも子供たちの方だった。
バレットが頬を緩ませてベッドの方を眺め、ティムもへへ、と笑って首の後ろで腕を組む。
「・・・何なんだよ」
なんだか置いて行かれたようで、ムカついた賢木に、今度は首を振って。
「ああいやなんか」
「京介がいるみたいで、なんか嬉しくって」
京介としばらく暮らした子供たちは、兵部の中に弟分の姿を見て嬉しく思ったらしい。
その処理の仕方は、非常に健全でむしろ賢木には心配なくらいだったが。
しかし、大人の賢木はちょっと違う。
これは後で、皆本の奴を問いつめてやらなけりゃあならんだろう。
正直、知ったら絶対後悔するとわかってはいるのだが、この好奇心を抑えられる奴がいたら見てみたい。
ちなみにここで、ベッドあたりをサイコメトリしてみるという選択肢はない。
友情以前に、サイコメトラーの本能が、絶対やるなと言っている。
さてと、あいつ今日中に返って来れるかな。
そう暢気に思っていた賢木でも、さすがに、長期にわたって当の皆本が帰ってこないとは、夢にも思わなかったのだった。