歪壊
どうも、自分は壊れているらしいと。
そう気づいたのは、ごくごく、最近のことだった。
「君は、何故・・・英治にそこまでしてくれるんだい？」
彼の父親にそう聞かれて初めて、それが、「何故」と問われるようなことなのだと気づかされた。
「彼は、私のたった一人の友達ですから」
その答えに嘘はない。
嘘など、何一つ。
「あ・・・」
深々と貫かれたもので感じる場所をえぐりたてられ、玲二はたまらず声を上げ、身をよじった。
「イイ顔するナァ、玲二」
そのまま、ずくずくと玲二の中を蹂躙しながら、英治は文字通り、舌なめずりをして。
「ナカも、すっかり溶けたよナァ」
彼を飲んだ腰を撫で回し、触られる感覚にもことさら弱い玲二を喘がせてから。
「スゴク、キモチイイよ」
そう言って、笑った。
今、自分を見下ろす彼の表情は、嗜虐性に満ちている。
目を逸らせなくなった今では、それがはっきりと見て取れる。
それだというのに。
その顔を、醜いと思わない自分がいる。
その、歪んだ表情に、自分は嫌悪を抱かない。
嫌いではない。
ただ、かなしいと。
そう思う。
シーツにすがっていた玲二の腕が、ゆるりと伸ばされて英治の頬に触れた。
「え、い・・・」
「ウン」
英治の笑みが、深くなる。
口元の歪みも、深くなり。
そうして。
「ぅあ・・・っ、や・・・・・っ！」
撫でていた腰を掴み締め、英治はことさら酷く、玲二を犯した。
痛覚の欠損を補うように、他の感覚を研ぎ澄ましてきた玲二の体に、英治の与える過剰な快楽は、暴力以上の暴力だ。
身を跳ねさせる玲二の耳朶に、嬉しそうに英治が噛みつく。
ごり、と、軟骨の砕ける音がして。
そうして、笑う吐息と生あたたかい血液が外耳の中に流れ込み、玲二の背筋を震わせた。
自分が痛みを感じないことを、もう彼は知っているが、明らかに彼は自分を痛めつける目的で、この行為を行っている。
いや。
彼は、自分を痛めつけることを楽しんでいる。
楽しんで。
そうして。
そうすることで、自分が彼に縋ると信じて疑っていない。
知らず、首に回していた腕で、彼の背中にすがりつく。
彼の、望み通りに。
「・・・玲二」
喜色に満ちて、歪んだ声。
続いて、ぴちゃぴちゃと、血液を舐め取る音。
もう一度頬に手のひらを当て、英治の頭を引き剥がし、その顔をのぞき込む。
玲二の血液に赤く染まり、ひどく歪められた英治の唇。
そこに、自分のそれを押し当てる。
ぬめり込んで来る舌は、鉄の味。
その味を、むさぼる。
長い長いキスの間も、英治は腰を休めない。
ゆるゆると揺らめかせ、玲二の官能を休ませない。
ようやく離れた唇で、ああ、と喘いだ玲二の頬を、今度英治がゆるりと撫でた。
そうして、その手で。
玲二の手を、握った。
それは、小さな頃、玲二の手を引いてくれた、英治の手だ。
たった一人の、友達の、手。
その手をきつく握り返すと、くすくすと嬉しそうに英治が笑う。
更にきつく握り返され、そうしてその手を、シーツに縫い止められる。
「ぅあ・・・っ！」
また、激しくなる律動。
玲二の泣く声を、英治が喜ぶ。
もっと。
もっと聞かせてよと、ささやく。
その、歪んだ唇で。
玲二の名を、呼ぶ。
「玲二・・・スゴく、イイよ。レイジ・・・ぃ」
呼ばれるたびに、玲二の体は高ぶった。
握り合った手のひらの、その指の先まで熱かった。
「あ、ああ・・・・っ、えい、じ」
思わず名を呼び返すと、英治の歪んだ笑みが深くなった。
玲二の中を蹂躙する、彼の楔が深くなった。
「ぁ・・・・・っ」
声にもならず、ただ、悶える。
その、玲二の耳元で。
「もう、離さないよ」
こぼされた言葉は、恐ろしいほどに深かった。
執着は、恐ろしい。
彼の、自分への執着が、彼をこんなふうにしてしまった。
姉さんを、殺してしまった。
なによりも、恐ろしいのは。
自分が、彼に執着しているという事実。
すがりついた、彼の背中。
この背を追っていた頃のことを思う。
ただ、それだけで。
ふたり、幸福だった頃のことを、思う。
しかしそれも、下肢を穿つ彼の熱に、突き壊されて。
白い闇のような快楽に溶けて、おぼろげになっていく。
それでも。
玲二の中に残った欠片は、消えなくて。
それは、硬く凝り。
しかし、どこかあたたかかった。
ぜいぜいと、荒い音を立てる喉。
そこを指でなぞられて、ひくりと止まった息が、また、ひゅうと洩れる。
くすくすと、笑う英治の息も上がっている。
あれだけシたのだから当然だ。
どろどろになった下肢は、痺れたように動かない。
必死に酸素を取り込む唇も、震える。
その唇を、無理やり動かし。
玲二は、自分を見下ろす英治の、歪んだ瞳を見上げて言った。
「お前は、どうして私に執着する？」
英治は、何を言われているのかわからないとでも言うように、ぽかんとして。
それから。
まるで、子供のように、笑った。
「だって、玲二にはボクしかいないじゃないか」
その時感じたのは、救いようのない絶望と。
それから、確かな、喜び。
ああ、そうだ。
俺たちは壊れている。
どうしようもなく。
どう、しようもなく。
其を打ち破るのは正義の味方。
普遍の光を纏う者。