バージンロード １
９月１日は、シンの誕生日だ。
だからプレゼント下さい、と言う部下で恋人の、跳ねた毛先を撫でつけてやりながら、アスランは努めて作った仏頂面で、それでもこくりと頷いた。
「仕方ないな。・・・・でも今用意できるものなんか限られてくるぞ。何が欲しいんだ？」
頼られることは好きだ。
強請られるこのも、もちろん。
だから、この可愛い恋人の欲しいものなら、何でも用意してやりたいと思うのだけれど。
今は、戦争中で。
二人は、戦艦に乗っていて。
この状況の今現在、用意してやれるものなど、本当に限られているのだ。
しかしシンは必死の瞳で、そんなモノが欲しいんじゃない、と言い募った。
「そんな物って、まだ何も言ってないだろう」
そんな、呆れた声を出したアスランに。
シンは、噛み付くように。
「俺、アンタが欲しいんです。・・・・ってキョトンとすんな！」
キョトンとするな、と言われても。
「俺は一応、お前の恋人のつもりだが」
違うのか？と首を傾げられ、シンは今度こそ、本当にキレた。
「俺は！アンタを！抱きたいんです！！」
びっくりした。
凄く、すごくびっくりした。
だって、シンが、俺を抱きたいって。
さすがに鈍いアスランでも、その意味することくらい理解できる。
抱きたいってことは、あれだろう。
つまりは、そういうことなんだろう。
しかしよく考えてみれば、さっきアスランが言ったように、シンとアスランは恋人同士なのだ。
シンが告白して、アスランが頷いた。
だから、そういうことになってもおかしくはないのだけれど。
でも。
でも。
「だからキョトンとすんなって！くれんの？くれないの？どっち！？」
アスランを、ぎんぎんに睨みつけるシンは、なんだか涙目になっていた。
大きな赤い瞳に、こぼれそうな涙。
それが、あんまり可愛そうだったものだから。
可愛かったものだから。
だから。
「・・・・いいぞ」
気がついたら、アスランは。
そう、答えてしまっていたのだ。
その時のシンの顔といったら、このためなら何だってしてやろうと思えてしまうほど、嬉しそうなもので。
だからアスランは。
いいか、まあ。
と。
もの凄く簡単に思ってしまったのだけれど。
一応頷いてしまったからには、ちゃんとシてやらなくちゃいけない。
アスラン・ザラは真面目な男だったので、調べられることは一生懸命に調べた。
内容が内容だったので、痕跡は完璧に消した。
消して、良かったと思った。
だって。
「・・・・・・」
調べられるだけ、調べて。
これが、自分の身に起こるかと思うと。
思うと・・・・
アスランは、頭を抱えてしまったのだった。
シン・アスカはうきうきしていた。
誕生日がこんなに楽しみだったことなんて、一体何年ぶりだろう。
だってさ。
だって。
誕生日には、あの人が手に入るんだ。
好きで、好きで、大好きで。
ダメモトで告白したら、うんって言ってくれて。
今度のプレゼントのことだって、シンはダメモトだったのだ。
でも。
でも
『いいぞ』って。
『いいぞ』って、言ってくれたんだ！
言った時の仏頂面なんて気にしない。
だってあの人、いつだってあんな顔してるんだ。
ホントのホントに機嫌悪い時は、逆に無表情で殺気立っちゃって、ちょっと何か言っただけでドカンと殴られちゃうんだ。
だから、あれはホントにOKってこと。
アスランさんのこと、抱いても、いいってこと。
シンはふと、夢想した。
パイロットスーツに着替える時に見た、あの、キレイな腕の続き。
アンダーのラインだけで見た肩とか。
脚の続き・・・・
あの太ももの奥、とか。
「ってわーーーーーっ！」
自分の妄想に耐えられずにのたうち回った少年を、同室のレイが、つめたい目をして見下ろした。
「シン、だいたいの想像はつくが・・・・静かにしろ、うるさいぞ」
「わぁっ！」
自分のことでいっぱいいっぱいだったシンは、レイの存在をきっぱりはっきり忘れきっていた。
いやだって！
レイって気配ないし無口だし！！
しかしその、気配がなくて無口な友人は、意外と友情に厚い性格だったらしく、『お前、もうすぐ誕生日だろう』と切り出して。
「少し早いが、プレゼントだ」
渡されたのは、手のひらサイズの小箱と、それよりも少し大きなチューブ。
その正体を確認し、シンは一度しっかりと受け取ったそれを取り落としてしまった。
「レ・・・・レレレレ、レイ！」
「何だ、いらないのか？」
「い、いる！ありがと！すげえありがと！でも！」
慌ててそれを拾い上げ、それでも直視できないままに、シンの頭の中は、ひとつの疑問でいっぱいだった。
なんでお前、こんなの持ってんだよーーー！！
でも聞けない。怖くて。
シンの誕生日は、友人へのかすかな疑惑を深めながら、それでも明日に迫っていた。
アスラン・ザラは悩んでいた。
しかし、ここのところ彼は常に何かに悩んでいるので、青い顔をしてうつむいて歩いていても、既に誰も気にしない。
せいぜいルナマリアが、冷やかし半分に声をかけるくらいだ。
「どうしたんですか？今日はまた一段と酷いですよ、顔」
そこは顔色と言ってやれよ、と通りかかったクルーは思ったが、口に出すほどの勇者ではなかったので、そこはそのままスルーした。
真の勇者が、すぐ側まで来ていたのだし。
「顔ヒドイってなんだよ。俺のアスランさんに・・・・ってあれ？なんかホントにヒドイ顔してますね。大丈夫ですかアンタ」
しかし、そのシンも無神経だった。
「いや・・・」
しかし、アスランにそんなことを気にする余裕などなくて。
青い顔でシンを見下ろし、それでも、
「誕生日おめでとう」
と、笑ってみせる。
「はい！あ、約束忘れないで下さいよ。プレゼント！！」
元気いっぱいはしゃいだシンに、アスランはどこか空ろな声でやっと、「ああ」とだけ答えた。
「アンタ、アスランさんに無理言ってんじゃない？何強請ったのよ」
結構鋭い女のカンを発揮したルナマリアに、シンは偉そうに胸を張った。
「別に。ルナに言うことじゃないし。あ、ルナはプレゼントくれないのかよ」
「はぁ？なんであたしがあんたにやらなくちゃいけないのよ！」
きゃんきゃんと吠え合いだした部下たちを素通りして、アスランはどこか遠くを見ている。
その様子を、立ち去り損なったクルーが気の毒そうに眺めていた。