明日は、『ばらんたいんでー』です。
お墓参りに行って、それからチョコレートをもらう日なのだそうです。
でも何故か。
何故かあのご主人様が、キッチンで何かを作っているのです。

「・・・いいか。訓練だと思え。何、溶かして固めるだけだ。そう酷いことにもなるまい」
旦那様はそう言います。
溶かして固めるだけ。だから、ご主人様もやってみようなどと思ってしまったのでしょう。
「でも、焼いただけの肉、食べられなかった・・・」
ぶつぶつと言うシンに、旦那様はちょっと眉を吊り上げました。
「あれは、解凍もせずに塊のままフライパンにかけるなどという馬鹿なことをしたせいだろう」
「・・・つまり、そういうことをする人物の作るものを、食べなければならないということですか？」
前に、ご主人様が料理に挑戦していた頃には、まだいなかったレイが淡々と聞いてくれます。
「だから、溶かして固めるだから・・・」
旦那様は、そう弁解しようとして。
「こげくさいー」
シンの呟きに、青筋を立てて。
「プラスチックの溶ける匂いもするのですが」
レイの言葉に、ブチ切れました。
キッチンは、旦那様の第二の我が城なのです。
あんまり勝手をされるのは、やっぱりとっても嫌なのです。
「何をしている、貴様―――！」
駆けていく旦那様を、二匹のわんこは祈るような思いで見送ります。
頑張れ旦那様。
今、家を漂う匂いのするものは、二匹とも、とっても食べたくないと思うでした。

その夜、ディナーのデザートは、旦那様特製のチョコレートケーキと。
旦那様監修、ご主人様製作の、本っ当に「溶かして固めただけ」の、チョコの塊、試作品でした。
「食べられますね」
「俺がちゃんと教えてやったからな・・・・」
旦那様もご主人様も、散々怒鳴りあっていたのでなんだかぐったりしています。
でも。
「あ、銀紙」
チョコを食べていたシンの犬歯に、アルミホイルが引っかかっています。
「全部取ったと言わなかったか貴様！」
「仕方ないだろう、見つからなかったんだから！」
第二ラウンド、開始してしまいました。

そうして翌日。『ばらんたいんでー』の日の朝。
一口サイズのチョコで出来た、大きな大きなハートの山（いーっぱい）と、徹夜でその山を築いたらしいご主人様が、キッチンでわんこたちを迎えました。
その手には、ハートチョコ製作に使ったのでしょうか？電工用ナイフやら、ハンダごてやらが握られています。
どうやら、製菓用のチョコを、それで削ったり溶かしたりして、ハートの形を作ったようです。
「こういう作業は器用なのに、何故、料理はあんなにできん・・・」
完っ璧なハート型チョコを摘み上げ、旦那様はぐったりと呟いています。
「全部食べるなよ。母上の墓参りに持っていくんだから」
「だれが食うか」
シンでも、思わず怯むほどの量のハートチョコです。
びっくりー、なのです。
全部なんか、食べられるわけありません。
でも。
「供えたら後は、おまえたちにやるからな」
そう、にっこり笑うご主人様
シン達はただ、黙って頷きました。


「もう、チョコはいらないです。でも、チョコアイスは食べたいです」
シン・アスカ（豆柴）

お出かけする時、ご主人様はよく、変な眼鏡をかけていきます。
黒くって見えない気がするのですが、でも、ちゃんと見えるのだそうです。
人がたくさんいるところでは、めったに外しません。
せっかく美人さんなのに、もったいないのです。
それでも。お母さんのお墓の前で、ご主人様はその眼鏡を外しました。
そうして、チョコとお花をお供えしました。
『ばらんたいんでー』は、お墓参りとチョコレートの日。
なむなむ、なのです。
「ザラ博士も、お前の作ったチョコレートがもらえるとは思わなかっただろうな」
「もらうばかりだったからな・・・そういえば、母も」
「博士も？」
「・・・・いや、なんでもない」
言わなくっても、なんとなくわかります。
ご主人様も、お母さんの作った、焦げ臭かったりプラスチックの匂いのしたりするチョコを食べたのでしょう。
「全部、食べればよかったな」
「そうして腹を壊して、余計心配させるのか？」
「俺は丈夫だから、きっと平気だったと思うよ。それに父は全部食べてた」
うー、と、シンは唸りました。
シンも早く丈夫な秋田犬になって、ご主人様のごはんを食べても、平気なようになりたいです。
・・・・秋田犬になっても、ご主人様の作ったものは、ちょっと無理かも知れませんが。
「俺たちは、何か、できたのかな」
ご主人様は、目を細くしてつぶやきました。
「俺たちが、死者にしてやれることなど何もない」
旦那様は、そう答えます。
「・・・そうか」
ご主人様が頷くと、旦那様も頷きます。
「歴史的な意味なら、100年後に誰かが勝手に意味をつける。俺たちには関係ない」
「そうだな」
ご主人様は、何かを凄く我慢しているようでした。
「シン、レイ、おいで」
でも、笑ってそう言って、シンとレイに、お供えしたものよりも、ちょっと大きなチョコの包みをくれました。
すぐに開けて食べたいなと思ったのですけれど、我慢しているご主人様のお顔を見て、シンは、我慢ガマンしました。
レイも一緒に、我慢しました。

空は綺麗に晴れていました。
雲がひとつもありません。
今日は『ばらんたいんでー』なので、お墓参り日よりにしてくれているんだよ、と、ご主人様はそう言います。
お母さんのお墓を見ている、ご主人様の目の色が、明るい光にちらちら光って、なんだかとってもきれいです。
でも、近くに人が来たので、ご主人様は、黒い眼鏡をかけてしまいました。
ちょっともったいと思ったけれど、それも、シンは我慢しました。

「フラフラするな。犬どもが騒ぐぞ」
「騒ぐのは、シンだけだろ・・・」
厳しく温度管理されたプラントも、北半球の2月に合わせた気候。空気が冷たい。
人目を避けるように、ひっそりと建てられた墓も、冷たい。
その上に、場違いにラッピングされた小さな包みを見つけ、イザークはフン、呟いた。
訪れる者のない墓に。ピンクのリボンと、透明なフィルムに包まれた、小さな茶色のハート型。
「母上だけじゃ、不公平だからな」
「そうか」
大気調整で気圧が変わり、緩く、風が吹いてくる。
イザークはそっと立ち去って、アスランは、しばらく、そこに佇んでいたのだけれど。

「ここもお墓―？」
「騒ぐな、シン」
彼は、犬達を連れて戻ってきてしまって。
レイは墓碑銘を見て、ちらりとアスランを見上げ。
「じゃあ、ここもお花だな」
シンは、持っていた花束を半分にして、それを墓標の上にぶちまけた。
「供えるならもっと綺麗にせんか」
「えー」
言い合う一人と一匹を背に、レイがその花を整え直し。
「行くぞ、アスラン」
イザークに腕を掴まれて、そこを離れるその一瞬。
アスランは、一度だけ、父の墓を振り返った。
初めて、花と菓子に彩られたそれに、少しだけ、涙が滲んだ。

「少し、離れても良いでしょうか」
レイが、ちょこんと前足を上げて言いました。
「かまわないぞ・・・・ああそうか、レイ」
ご主人様は、ちょいちょい、とレイを呼ぶと、ハート型のチョコの入った、小さな包みを渡しました。
「俺たちも行くか？」
旦那様が聞きますが、レイはふるふると首を振ります。
「いえ。結構です」
「じゃあ、花を少し持って行けよ」
「ありがとうございます」
レイはぺこりと頭を下げると、とことこと行ってしまいました。
「なんでレイだけ二つなんだよ！」
シンは、文句を言いました。
シンもレイも、キレイに包んだチョコを、ひと包みづつもらっています。
お家に帰ると、チョコはもっといっぱい、いーっぱいあるのですが、それでも、キレイチョコは特別です。
シンだって欲しいのです。
「違うんだ、あれはレイのじゃない。・・・待っててみろよ。ひとつしか持って帰って来ないから」
「うー」
ご主人様の言うことは、いつもなんか変ですが、あんまり間違っていることもありません。
仕方がないので待っていると、確かにレイは、自分の分だけ持って、帰ってきました。
「お待たせしました。ギルも、きっと喜んだと思います」
「そうか」
なら、仕方がありません。
レイは、前のご主人様が大好きなのです。
シンは諦めて、ご主人様に抱っこをねだりました。
今日は、『ばらんたいんでー』なので、お墓参りの人が多いのです。
うっかりしていると、踏まれてしまいそうです。
「お前な、レイを見習えよ」
見習いません。だって、シンのご主人様は、ちゃんとここにいるのですから。
思いついて、シンはキレイなチョコの包みを開けました。
そうして、ひとつ、いちばんキレイなハート型を、ご主人様のお口に押し込みました。
「・・・・シン？」
チョコを咥えて、ご主人様のほっぺがぷっくりしています。
ちょっとおかしいです。
「嬉しい？アスランさん」
聞くと。
「ああ」
にっこり笑ったご主人様は、それをゆっくり飲み込んで、それからシンの鼻先に、チョコレート味のキスをくれました。

「俺にはないのか」
墓参りに行って疲れたのか、今日は、犬達は早く部屋に引っ込んでしまった。
冷凍庫から出したウォッカをグラスに注ぎながら、イザークは常にない、子供っぽい顔でそう聞いた。
「ん・・・だって、いるのか？、お前」
工具のカタログを広げたまま、自分にも寄越せと手を出すアスランに、舌打ちしつつもグラスを渡してやりながら。
「気持ちの問題だろう」
そう、苦い声で言うのが、イザークには精一杯。
欲しいなら欲しいと言えばいいのに、と思うのだけれど、アスランは彼の、こんな意地っ張りなところも好きなので。
くすくすと笑いながらカタログを閉じ、作りすぎたハートの形を一掴み、皿に乗せて来てやった。
しかし、それにイザークが手を出す前に、ひとつ、摘んで自分の口に放り込み。
それから、とろりと冷たいアルコールを舌に乗せる。
「先に食うな」
「いいだろ、俺が作ったんだ」
「作ったとは言わんぞ、あれは」
「出来たものは一緒じゃないか」
言い合うのは、いつものこと。
空になったグラスをテーブルに置き、イザークは偉そうに脚を組んだ。
「少しくらいサービスしろ」
「サービス、か」
なんだよそれは、と、軽く笑えるのは、アルコールが効いているせいかも知れない。
アスランは少し考えて、チョコをひとつ、口に含み。
そうしてイザークを引き寄せて、口移しにそれを渡してやった。
「・・・甘い」
「チョコだからな」
「貴様がだ」
言って。
更に引き寄せようとするイザークの、胸を突き放して、かわし。
アスランはグラスと皿を満たすため、小さく笑って立ち上がる。
チョコはまだ、たくさんある。
夜はまだ長い。
どちらも、すぐに食べてしまうのは、もったいないと思うから。

今日は、ご主人様のお母さんのお墓参りに行きました。
どうも、お父さんのお墓にも行ったみたいなのですが、シンはには覚えがありません。
レイは、前のご主人様のお墓にも行ったみたいです。
なんだかちょっと羨ましいのです。
シンの家族には、お墓がありません。
もしかしたらあるのかも知れないけれど、シンは知りません。
でもシンも、みんなにチョコをあげたいのです。
なので、ベッドの上に、ご主人様にもらったチョコレートを並べてみました。
いちにいさん・・・九つあります。
じゃあ、一番目と二番目に大きいのがお父さんのです。
次に大きい二つがお母さんのです。
で、ちっちゃい二つが妹ので。
それから、キレイなの二つが、お友達だったステニャのです。
シンの分は、ひとつご主人様にあげてしまったので、残りひとつです。
わぉ、ぴったりですｖ
なのでシンは、自分の分をぱくんと食べて。
それから、ステニャたちの分を、大事にだいじに仕舞いました。

それから、おやつは毎日チョコになりました。
キッチンには、作りすぎたハートがいっぱいです。
旦那様は、「極端だ！」と怒っています。
シンたちも、もうチョコはお腹いっぱいです。
一回、鼻血も出してしまいました。
でも、何日かすると、チョコももうなくなって。
シンたちは、お仕事に戻ることになりました。
「シン、これ」
お見送りのご主人様は、シンのベッドから、大事に仕舞ったチョコを、持ってきてしまいました。
「何すんだよ！」
シンは一生懸命取り返そうとしました。
「でもシン、取っておいても・・・」
「おとーさんとおかーさんと、マユとステニャのなんだよーーー！」
ご主人様は、びっくりしたように目を丸くしました。
それから、シンを抱っこして言いました。
「でも、シン。取っておいても、あったかくなったら溶けてしまうし。これは食べて・・・また、作ってやるから」
「作ってくれる？」
「ああ」
そうして、そのチョコレートは、ご主人様と、旦那様と、レイとみんなで食べました。
チョコはもういらないと思っていましたが、みんなで食べるチョコは、やっぱりとっても美味しいものでした。

シンは、今日からお仕事です。
旦那様は隊長になって、ブリッジで何かを怒鳴っています。
レイは、MSの調整に一生懸命です。
でも、一休みしようよー、と、わんにゃん専用の休憩室に、シンは引っ張ってきてしまいます。
「ちょっと遅いんだけど。シン、これあげる」
そうしたら、ルニャマリアが、赤くてキレイな箱をくれました。
見るからにチョコレートです。
チョコはもう、お腹いっぱいなのです。
ああでも、と、シンは思いました。
出かけるとき、みんなで食べたチョコレートは、とっても美味しかったのです。
これも、みんなで食べれば美味しくなるに違いありません。
なのでシンは、レイと、シンたちのMSを整備してくれる、ヨウワンとヴィーニャを呼びました。
「ルニャがチョコくれたんだ。食べよー」
なのに何故か、レイには無視されました。
ヨウワンとヴィーニャは、ふるふると首を振って近づきません。
あれれ？
不思議に思ったシンは、ルニャマリアを振り返りました。
そうして、思いっきり、ねこぱんちを食らいました。

「なんでだよーっ！」

誰も、答えてくれませんでした。

シン「ルニャが俺のことぶったー！　何もわるいことしてないのにー！」
アス「そんなこと言って。ルニャが何もなくてお前をぶったりする訳ないだろ？　ちゃんとごめんなさいしたのか？」
シン「俺わるくない！　なにもしてない！　アスランさん、ルニャのこと叱ってよー！」←言いつけっ子だ！
アス「いや…うーん…」
シン「みんなでチョコ食べようとしただけなのにさー」
アス「チョコ？　……ひょっとして、ルニャがくれたのか？」
シン「レイとヨウワンとヴィーニャとみんなで食べようとしたんだもん」
アス「……あー……うん……それはなぁ……」
シン「ルニャにだって、ちゃんと分けて上げるつもりだったのにさー！」
アス「…えーっと…それは…うーん…」



イザ「…まぁ、あの甲斐性なしに女心を説明しろと言うのは無理だろ」
ディア「はぁ？　なんの話ししてんの、お前」