つめきり
こんなことができるようになるのだから、慣れとは恐ろしいものだな、と、カズマの舌にかみつきながら、劉鳳は思った。
もちろん、噛み切るような真似はしない。
・・・してみたいような気もするが、別に、今でなくても良い。
鳶色の髪の向こうには、満ちる寸前の月が見える。
昼ほどではなくともあたりは明るく、やはりやめようか、と、少しだけ、思う。
これだけ明るいところでするのは、やはり、こう・・・
そう思ったところでキスを解かれ、月明かりに輝く透明な糸を、カズマの指が、つい、と断ち切ったところで。
本当にやめることに、決めた。
「・・・やめだ」
「はぁ？ナニ言ってんだ今更」
俺のコレどうしてくれんだ、と自分の下半身を指さすカズマの手をべちんとひっぱたき、劉鳳は逆に、その手を指さした。
「キサマ、手ぐらい洗え」
「洗ったぜ？かなみが、メシ食う前には手ぇ洗えってうるさくってな」
そう言って広げられたカズマの右手は、アルター化の後遺症で硬化した皮膚に覆われ、洗ったかどうかなど見た目ではわかったものではないのだが。
「人を食事扱いするな」
そこを丁寧に突っ込んでから、劉鳳はぐいとカズマの肩を押し退けた。
「爪の中の黒いのは何だ」
「細けぇな・・・いいだろそんくらい」
確かに、随分伸びた爪の間がかなり黒くなってはいるが、カズマにしてみれば、だから何だという感じだ。しかし、劉鳳はそこにこだわった。
「この汚い指を俺の中に突っ込む気かこのバカ」
「慣らさなくっていいってんなら大歓迎だぜ」
「失せろ、毒虫が」
睨み上げる赤い瞳に、本気の光が宿っている。
あー、こりゃちっとマズイな。
いつもならば、ここで殴り合いになだれ込んでも良いのだが、今日はとにかく切迫している。
この、気持ちの良い体の中に出したいと、オスの欲求が、下半身からズキズキと訴えてくる。
「しょーがねえだろ。洗ったって落ちねえんだから」
なので、精一杯の言い訳をしてみると。
「爪を切れ、爪を」
即座に言い返された。
長いままだから間に何か入るんだ、と説教されて、カズマは思わずこぼしてしまう。
「めんどっくせえなぁ」
「あのな・・・」
呆れ返った、というように呟いた劉鳳は、それから、はあ、とひとつため息をついた。
何で俺がこんな説教をしなくてはならない。
コイツの頭が５才児だからか。そうか。
そう結論づけると、前を開かれていた制服のポケットの中に手を突っ込み、捜し当てたものを引っ張り出すと、本格的にカズマを押し退けるとそれを放って寄越した。
「貸してやる。切れ」
「・・・・？」
放られたのは、指の長さより短い小さな棒。
カズマはそれを、試すつがめつして。
「何だ、コレ」
キョトンとしてそう聞いた。
「爪切りくらい知らんのか！」
「知らねえ」
これには、劉鳳も驚いた。
荒野側の物資不足は知っていたが、まさかここまでとは。
「・・・貴様、何で爪を切っている」
「何でって・・・鋏とか、包丁とか、あとコンクリとか？」
「・・・・・・」
鋏と言っても、こいつのことだ、爪切り用の鋏ではないだろう。
包丁もたいがい酷いが、コンクリの意味がさっぱりわからない。
頭を抱えた劉鳳を横目に、爪切りをいじっていたカズマは、部品を回したり曲げたりしているうちに、偶然正しい形に持っていくことに成功していた。
「あー、これならかなみが持ってたな。よく切ってもらった」
かなみ、こいつを甘やかせ過ぎだ。
それはそれで困った話だと思いながら、劉鳳は少しほっとした。
「なら、やり方はわかるな」
「わかんねえ」
見てなかった、とけろりと言う男に、劉鳳はとうとう痺れを切らした。
「馬鹿か、貴様は！・・・見てろ！」
カズマから小さな爪切りをひったくると、その右手をがっきと掴む。
そうして、お前の手もいい加減酷いななどと呟きながら、人差し指を摘むと上へ向けた。
加減された指先の力が、なんだかやたらとキモチイイ。
ぱちん、ぱちんとささやかな刺激が指先を震わせる。
かなみもこーやってくれたけど、なんかこう、コイツがやってると思うと。
思わず口元が緩んだところで、劉鳳が顔を上げた。
「わかったか」
指一本、爪などすぐに切り終わった。
やってみろ、と、爪切りを投げられて、間髪入れずに投げ返す。
「悪ィ、良く見てなかった」
「貴様は・・・・」
あー、怒ってる怒ってる。
なんだか他人事のように思いながら、カズマはにっかりと笑った。
「だから悪かったって。もっかい頼むわ、今度はちゃんと見てるからよ」
「・・・・」
むっつりとした劉鳳は、それでもまた、カズマの手を取った。
こいつはバカで卑怯者だが、くだらない嘘はつかないと知っているからだ。
今度は親指を取って、刃先を当てる。
行為をするには邪魔な月明かりが、細かい作業には有り難い。
親指は爪まで硬質化しているのか、妙に硬くて、逆に切り易かった。
ぱちん。
ぱちん。
爪が長いと無駄な怪我にも繋がるので、自分のそれはいつも綺麗に切りそろえている。
だというのに、まったく、こいつは。
「・・・どうだ」
「あー、だいたいわかった、と思う」
「馬鹿が」
「うるせえよ」
言い合いながら爪切りを渡され、とりあえず自分の爪に当ててみる。
ぱちん。
あ、切れた。
ぱちん、ぱちん。
おお、切れる切れる。
なんか面白ぇ。
ぱちん、ぱちん、ぱちん。
いつもの猫背を更に丸め、ぱちんぱちんと爪を切るカズマ。
その不器用な様子を眺めながら、劉鳳の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
こうしていると、なんだかまるで子供のようだ。
可愛いものじゃないかと、思うのはおかしな話だが。
「よっしゃ、どうだ！」
しかも、満面の笑みで両手を広げて見せるのだ、笑うなと言う方が無理だ。
「ふ・・・」
うわぁ。
両手を広げ、カズマはそのまま固まった。
愛想なしがたまに笑うと、その破壊力は抜群だった。
緩やかに細められた赤い瞳が、柔らかな光をたたえて。
いつもむっつりと閉じられた唇が、ほんの少し吊り上がっただけで、こう。
「わーーー！」
カズマは奇声を発して、頭に浮かびかけた何かを散らした。
突然の奇行に、カズマをおかしくした赤い瞳と唇が、ぽかんと開く。
「切ったぜ、いいだろ！」
何故だかひどく焦りながら、散らせるものではない欲のままに、カズマはがばりとその上にのし掛かった。
「できれば洗って欲しいんだがな」
仕方ないと諦めたのだろう、劉鳳も低く答えるから。
なら、代わりに舐めてくれよ。
そう言ったら怒るかな、と、少しわくわくしながらカズマが思ったそのとたん。
ごくごく、自然な動作で、劉鳳はカズマの手を取って。
ごくごく、なんでもないことのように。
自分が切った、人差し指の指先を、ぱくりとくわえた。
「〜〜〜〜っ！」
熱い舌先が、切ったばかりの爪と指の間とを、ぬるりと這う。
恐らく、劉鳳もカズマと同じことを考えたと思われる。
が。
思ってもみなかった行動に、カズマの背筋に何かが走る。
それから、第一関節のあたりに、きつく歯を当てられて。
その痛みに、カズマはやっと我に返った。
「・・・・痛ぇよ」
睨み上げる赤い瞳が、わざとやっているんだこのバカと言っている。
そんなニュアンスまでわかるようになってしまった自分を腹立たしく思いながら、カズマは逆に、口腔の奥へと指を突っ込んだ。
「ん・・・っ」
そう来るとは思わなかったのだろう。
噛みついた劉鳳の顎が緩む。
ったくよ。
経験もねぇくせに、なんでこんなに誘い方巧ぇんだ。
奥に仕舞われていた舌を指先で絡め取ると、中指も強引にこじ込んで、二本で挟み込んでやる。
「・・・っふ」
ぐいとしごくようにしてやれば、生理的な反射でどっと唾液が溢れたのがわかった。
しかし、それだけではなくて。
指先には、舌の痙攣する感触。
ああ、感じてやがるな、コイツ。
その反応に、にんまりと笑い、更に蹂躙してやろうと顎を取って仰のかせたところで。
がっ、と、また指に歯を立てられた。
今度は、食いちぎる勢いで。
「ーーーーっ、て！」
引かれる動きがわかったのだろう、素直に開かれた唇から、なんとか指を引き抜くが。
劉鳳は、最後にがふりと指先を噛むのを忘れなかった。
「いっ、てーんだよ！」
「苦しいんだ、この馬鹿」
そうは言っても、既に赤い瞳が潤んでいる。
濡れた唇が、はあ、と喘いで、こぼれた唾液を、長い指がぬぐった。
「んだよ、キモチヨくなかったのかよ」
「いいわけがないだろう！」
「素直じゃねーの」
まあ、それはお互い様だ。
「とりあえず、これでいいだろ」
唾液に濡れてきれいになった指を、彼の目の前に突き出すと、その先からほた、と、留まりきれなかった滴が、彼の頬に落ちた。
「ーーーーっ」
それを、ぐいぐいと拭う様が、艶めかしいよりも可愛くて。
にっと笑ったカズマは、長い制服の裾を払いのけ、手早く下を脱がせてしまおうとして。
「お」
と、小さく声を上げた。
「・・・なんだ」
腰を浮かせかけたところで手を止められて、なんとなくばつの悪い劉鳳が、機嫌の悪い声を出す。
「いや」
しかし、その声に低さなどおかまいなしに、カスマは自分の左手を見て。
「爪短ぇと、やりやすいな」
そんなことを言うものだから。
「当たり前だ」
そうむっつりと答えると、たちまち膝下までズボンを引きずり下ろしてしまったカズマは、顔も上げずにのたまった。
「伸びたらまた貸してくれよ」
「自分で調達しろ」
「いーだろ」
ぐい、と。
そのまま左手を持ち上げると、半端に脱がされた白い足が宙に浮いて。。
「アンタが持ってんだから、さ」
そう言って笑うと、濡れたままの右手の指で、さらされたそこに触れていく。
「甘えるな！・・・っあ！」
思わず、というように漏れた声は、痛みよりも快楽を示すそれ。
こんなふうに、こんな場所で。
感じる体に、自分が仕立て上げたのだと思うと、顔がニヤついて仕方がない。
そのままぐいぐいと奥を探れば、たちまち絡みついてくる熱い襞と、揺れる腰。
ホンット、たまんねぇぜ。
しかし、一気にヒートアップしたカズマのアタマに、ごつ、と堅い感触が落ちてきた。
「おい、ブーツ・・・」
膝下で拘束されている形になっているのが気に入らないのだろう。
そのブーツの踵で、劉鳳が蹴る。
「ったく、めんどーな作りしてんな」
そのまま、無理矢理に引っ張って、片足からズボンとブーツを抜いてやる。
もののついでに蹴られることも多いのだが、今日はもう指が入っているせいか、自由になった脚は、素直にカズマの腰に絡められた。
「も、イイか？」
「いいわけがないだろうが！」
「だってよー」
爪切り云々の前から焦らされているカズマにしてみれば、この辺がガマンの限界だった。
「こっちの身にもなってみろ！」
「ヨくしてやるから大人しくしてろって」
「何を・・・っあ！」
指を三本に増やしてみると、上がった声は、苦痛ではなく快楽に染まりきったものだった。
なるほどな、とカズマは思う。
爪、短い方が入れんのラクだわ。
「も、イイだろ？」
ずくずくと、熱い襞が疼いているのがよくわかる。
「欲しいんだろ、アンタもさ」
「ーーーっ！」
赤い瞳がぎろりと睨む。
ゾクゾクくる、イイ表情。
ブーツを履いたままの固い踵が、カズマの腰を後ろから蹴った。
自分の方へ、引き寄せるように。
「へっ」
ニカリと笑うと、カズマはずるりと指を引き抜いた。
荒れた指に内壁が引っかかり、びくんと劉鳳の腰が震える。
引き留めるようにまとわりつく感触は、この中に突っ込んだ時の快楽を思わせてくれて、たまらなかった。
「んじゃ、イタダキマス」
濡れたままの指で腰を抱え寄せて、さっきの言い合いを引き合いに出して笑う。
「だからキサマは・・・・っ、あ、ぅ・・・ンっ」
慌ててかみ殺された声の残響は、思いのほか甘く響いた。
ぐいぐいと締め付けてくる肉を、無理矢理にかき分ける快感。
ああ、たまんねぇ。
奥深くまで分け入って、その心地よさを堪能しながら、とりあえず一回イっちまうか、などと勝手なことを考えていると、ただでさえきつかったそこが、きゅう、とばかりに締められた。
「っ、て！」
しかし、痛いのはこの場合お互い様というか、むしろ締めた劉鳳の方が酷かっただろうと思うのだが。
「ヨくしてやるなどと、大口を叩いたのは、誰、だ」
そう、無理をしているのがありありの、涙目の嗤いで言われてしまい、カズマはニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。
「上等だぜ。足腰立たなくしてやるよ」
その、声と、表情。
ゾクリ、と、劉鳳の背筋を震えが走る。
繋がった場所から、頭の芯までが、じん、と、痺れた。
しかし。
「・・・の前に一回イっとく」
打って変わった情けない声に、思わず握りしめた拳でその頭をぶん殴っていた。
「キ、サマな・・・っ」
衝撃で角度が変わり、自分も結構なダメージだったのだが、そこはぐっと堪える。
中がびりりと痙攣してそのやせ我慢を伝えたが、幸い、ノーモーションでも岩を砕く劉鳳の拳をまともに食らい、一瞬意識の飛んだカズマは気づかなかった。
「いっ・・・てぇな！てめぇが散々焦らすからだろーが！」
「だれ、が、焦らした！」
「てめーだてめー！」
言いながら、ぐっと腰を押しつけたカズマは、予告通りそのままイってしまい、中を濡らされる感覚に、劉鳳はくっと息を飲んだ。
「毒、虫が」
思わず、といったふうにこぼされた口癖に、カズマは片方だけの瞳を可笑しそうに眇めた。
「いーだろ、その後ヨくしてやっから。てゆかてめー、いつだって最後はあんあんいって夢中なクセに・・・っ、てーーーっ！」
もう一発殴られて、腹立ち紛れに奥を抉れば、腰をよじって劉鳳が喘ぐ。
「あ・・・っ」
「ンだよ。ホントのことだろが」
思わず笑って内腿の柔らかな皮膚を掴み締め、ぐいといっそう開かせると、敏感な場所をひび割れた右手で掴まれた劉鳳の、正直な内側が気持ちよさそうにさざめいた。
「ったく、ココだけは正直だぜ」
一度イって余裕のできたカズマは、改めて組み敷いた体を見下ろした。
白い下肢だけを月光に晒し、そこにカズマをくわえ込んで、とろりと潤んだ赤い瞳をきつくして、カズマを睨み上げるその表情。
さっきの笑顔もイイんだけどよ。
やっぱ、コイツはこのカオだよな。
へっと笑って後はもう、遠慮会釈なく目の前の体に己を刻む。
「っ、は、あ・・・っ！」
大きく反った背に手を回し、そのまま強く引き寄せる。
今さっき、加減もなく殴ってきた手がカズマの肩にすがりつき、痙攣を繰り返す中が、犯す男を悦ばせる。
打ち振るわれた翡翠の髪が、頬に張り付くさまもいやらしい。
なんだかんだ言ったって、テメェだって好きなんじゃねえかよ。
そう思うとおかしくて、カズマは口元を歪ませた。
それが気に食わなかったのだろう。カズマの頭に手を回した劉鳳が、そのまま耳朶に噛みついてくる。
うっかり噛み切られてはたまらない。前をなぶってやることで相手の力を奪ったカズマは、余計なことはせずに、言ったとおりのヨくしてやるために動くことにした。
そうすれば、当然、カズマだって気持ちいい。
ああ、そうだ。
気持ちよけりゃ、それでいい。
そう思うだろ、お前もさ。
自分の下で、甘く喘ぎはじめた宿敵も、そう思っていると疑わず。
カズマは、ケモノの欲求を満たすことに没頭した。
爪を切っても、ケモノはケモノ。
何ら、変わることはなかった。