ツメエリ
黒いツメエリからふと覗いた、白い首筋に欲情した。
取引先と話していた彼が、片手を上げるジェスチャーと共に、つ、と横を向いた瞬間の出来事だった。
しかし、真木は全く表情を変えないまま、主の後ろに立ち続け。
兵部も、振り返ることはしなかった。
「仕事中に、なーに考えてんだよ」
ばっふりと、ベッドに座る彼の足を捕まえる。
「気づいてたんですか」
「当たり前だろ」
履いたままの靴を左から順に脱がせると、その足先で、とん、と胸を突かれた。
要求のままに靴下を脱がせる間に、兵部は詰め襟のホックを外し、白い喉を露わにしてしまう。
今すぐ、その喉にかぶりつきたい。
その欲求を抑えて無心に靴下を取るが、現れるのは、爪の先まで真木が整えている、美しいつま先だ。
「視姦されながら仕事するってのも、いいもんだ」
「だから、ご機嫌だったんですか？」
兵部を取引に連れて行くのは、パンドラとしては、とてつもなくリスキーなのだ。
トップ同士でなけれなばならい、大きな話なら仕方がないが、彼の機嫌次第で、取引の話どころか取引先自体を潰してしまいかねない。
しかし、今日の彼は手際良く仕事の話をまとめ、世間話のついでに、いくつか重要な情報を引き出すことにも成功している。
いつもこうならいいのに、と、心底思わずにはいられない仕事ぶりだった。
「そうだって言ったら？」
ふつ、ふつ、と、学ランのボタンが外されていく。
その、指先にも、欲情する。
「毎回では、俺が保ちませんよ」
最近浮いていることが多いせいで、柔らかなつま先に口づけ、ベッドに下ろした。
兵部のせいで鍛えられたポーカーフェイスだが、本当に今日は神経が擦り切れた。
立ち上がり、ベッドに膝を付く。
濁った闇を湛えた瞳が面白そうに細められ、赤い唇が機嫌良く吊り上げられた。
そのどちらも、真木の愛してやまないものなのだが。
真木がツメエリの右袖を引くと、兵部も軽く、首を傾げて見せる。
晒されたのは、ずっと見せつけられ続けていた、白い首筋。
それに、がふりと食いついた。
「ん・・・っ」
下顎に触れる喉が震え、たまらない声が耳元で漏れる。
舌に触れるのは、滑らかで甘い肌。その下の、筋肉の弾力が素晴らしい。
夢中になってそこにかじり付く男に、滑らかな喉がくつくつと笑う。
たまらなくなって、手探りで引き出したシャツの下へと手を差し込めば、既に熱を持った薄い皮膚の上、なまめかしい傷跡が、手のひらいっぱいにわなないた。
かさついた男の手のひらが、気持ちいいことを知っている、淫らな肌。
その期待に応えるために、胸の先へと指を押しつければ、それは既に尖って触れる者を歓待した。
「いやらしいですね」
首筋から、耳元へ。
唇を滑らせて囁けば、ぐしゃ、と炭素繊維混じりの髪をかき回された。
そのまま引き離され、どろりと黒い瞳に見下ろされる。
「我慢してたのが、お前だけだと思うのか？」
その闇の奥に籠もる熱に、浮かされる。
「思いません」
そう答えて口づければ、熱い舌がすぐに真木の咥内に入り込み、ちゅくちゅくといやらしいキスを仕掛けてきた。
そのキスに応えながら、シャツの下の手のひらを下に滑らせ、ベルトを外して前を開ける。
兵部のそれも、もう期待に膨らんでいた。
ズボンも下着も丸ごと下ろしてそれを自由にしてやって、しかし、それ以上は触れてやらず。
真木は、その手を後ろに回してしまう。
いつもならば、もっとゆっくりと手順を踏むものなのだが、お互い、今日は急ぎたい気分なのはわかり切っていた。
「どんなこと、考えてた？」
腰を上げながら、兵部が問う。
「ここに、こう」
軽く触れては離していた指を、そこに押し込む。
まだ乾いているそこは、しかし、きついなりに真木の指先を受け入れてしまう。
「んっ・・・」
いったん離し、兵部に見せつけるように、その指に唾液を絡ませて。
もう一度差し込めば、それはあっという間に根本まで入り込んでしまった。
「・・・・っあ」
真木の指は、気持ちがいい。
兵部の中を知り尽くしたそれは、たった一本で、感じやすい襞をとろとろにしてしまう。
「指を差し込んで、喘がせたいと思っていました」
ずるりと乱暴に引き抜かれ、すぐさま深く穿たれる。
「指だけ、かよ」
喘いだ吐息は、笑っている。
真木もまた、ちいさく笑んだ。
「まさか」
そうしてすぐに、先を残して引かれたそれが、今度は入り口近くの感じる場所を、くりくりと虐めてくるから。
兵部は跳ね上げた腰を、無理矢理真木に押しつけた。
「っ、変態、め」
「そうですね」
うねる襞が、差し込んだ指に絡みつく。
抜き差しの、そのついでのように指を増やせば、わななく腰は、あっさりとそれを許して締め付けた。
「あ、あっ・・・・」
この手に触れられるのは、本当にほんとうに気持ちが良くて。
ぐちゃぐちゃと音が立っているのは、真木がローションか何かを足したのだろう。
向かい合わせで時々キスしていたはずなのに、いつの間にか、うつ伏せで押さえ込まれてしまっていた。
後ろから歯を立てられると、あの視線に晒されながら、他の男と必要以上に親しく話をしていた時間を思い出した。
こうして、僕を後ろから見ながら。
こうして、僕を辱めること考えてたのかよ、と。
そう思うと、気持ちよくて。
気持ち、よくて。
ぐちゅぐちゅと、抜き差しされる音がせわしなくなった。
後孔を攻める指の動きが激しくなり、与えられる快楽に、とろんとしていた兵部は、はっとした。
「待、ちょ、マジで・・・？」
シーツにすり付けたそれは、もう十分に張っている。
３本か４本入っている指をぐるりと回されて、悲鳴のような声が漏れた。
「ええ」
耳元で囁かれる声さえ、腰に響く。
「指だけで、イってください」
「ぁ・・・」
奥まで指を入れられて、入り口をきつく開かれた。
まだ指だけなのに、こんな、という屈辱感と、このまま、拳ごと突っ込んで欲しいとさえ思う物足りなさ。
それごと味あわされる絶頂は、悔しいけれど、とても、とても悦くて。
「あぁん・・・っ！」
名残惜しく指を食み、いやらしくくねる腰から、指を引き出す。
てらてらと濡れた肉を晒すそこを、見せつけるように突き上げて。
「あ・・・・ぁ・・・・・まぎ」
着たままのツメエリから、散々噛まれて色づいた首筋を晒して。
とろん、ととろけた瞳で睨んでくるその人は、まるでサカリのついた雌猫だ。
「まぎ、もっと」
雄に首筋をきつく噛まれ、たっぷりと種付けしてもらうまで、治まらない。
「・・・はい」
そうしてそれは、真木の役目だ。
他の誰にも、譲ることはできない。
ほの赤く染まった首筋に、口づける。
そうして、大きく口を開けて、かぶりつく。
「あぅ」
それだけで声を上げた兵部は、すぐに大きなものに押し入られ、更に、歓びに満ちた声を上げた。
「あ、ああ・・・・っ！」
物足りなかったそこに、欲しいだけの質量を与えられ、充足感に一瞬、意識が飛んだ。
体感的にはイっていたが、出したばかりの自分のものは、まだ、たらたらとだらしない滴をこぼすばかりだ。
耳元で聞こえる、獣のような息が、髪の間を潜るだけで、感じる。
ああ、気持ちが、いい。
しかし当然、それだけで終わるはずもなくて。
大きなものは、狭い腔内をいっぱいに押し広げた後、ずるりと抜けて。
兵部は、飢餓感にのたうった。
「ゃだ・・・ああっ」
そうしてすぐに与えられ、擦られる襞の快感に、そこを締め付けながらただ、声を上げる。
未来も復讐も関係ない。
今の自分は、彼を感じるための肉。
彼のための、ただの肉。
そう思うことは、兵部の快楽を深くした。
首筋にちりりと走った痛みが、そのまま背筋を駆け降りて、蹂躙される場所に直接響く。
噛まれればそのぶん締まるから、愛咬はいっそう深くなる。
このまま噛み切って欲しいと思うほどに。
深く、気持ちよく、なる。
「くンっ・・・」
喉笛を噛み切られる寸前の、小動物のような声が、耳よりも顎に直接響いて。
真木は、はっとして噛む力を緩めた。
「ぁ・・・」
とたんに漏れた声が残念そうだったのは、恐らく、自惚れではないのだろうけれど。
男というものは、本当に厄介だ。
ツメエリから覗く、白い首筋。
その下に続く、しなやかな体。
何よりも大切にしたい、この、いとおしい体に。
噛み付いて、押し伏せて、ねじ込んで。
めちゃくちゃに泣かせたい衝動を、堪えることができない。
血の滲んだ首筋を舐めれば、薄い肌がふるふると震えて。
とろりと見上げてきた瞳に逆らわず、リズムをつけて腰を振れば、それにあわせるかのように、気持ちよさそうな声が上がる。
「あ、あ、あ、ああぅ」
再び首に吸い付いて。
かじかじと小さくかじり付きながら追い上げれば、イきっぱなしだった彼自身も、ようやく最後のものを吐き出せるように震えるから。
「やはり、コレでイきたいですか・・・？」
聞いた声は、思ったよりもかすれていた。
兵部はもう声も出せず、こくこくと頷いては、真木の唇に首筋を擦りつけて先をねだった。
だから真木は、ねだられるままに、一番奥まで入れ切って。
「あ、ああーーーっ！」
トドメとばかりに、誘う首筋に噛みつけば、淫らな体は声を上げて悶絶し。
そのまま、意識を手放した。
さらさらと、髪を撫でられる感触に目を覚ました。
いや、実際は体を流れ落ちるあたたかな湯や、汚れを拭う手のひらの感触を感じてはいたのだが。
だって、目を開けるのも動くのもおっくうで。
やっと目を開ければ、目が覚めていることなど、わかり切っていたのだろう真木は、ただちいさく微笑んで。
「水、いりますか」
「いる」
さすがに、抱き起こされるのは介護っぽくてなんだか嫌だ。
むくりと起きあがると、すかさず手渡されたコップに口を付ける。
喉を通る水は、冷た過ぎずかといってぬるい訳でもない、兵部好みの温度と味だった。
ぷは、とコップから唇を離して見下ろせば、着たままだったツメエリは、もう脱がされていて、寝間着の浴衣に着替えさせられていた。
真木の選んだそれは、ツメエリと同じ、肌の白さを際だたせる濃藍で。
「なあ、お前」
空になったコップを、取りに来た手のひらに渡しながら、兵部は試しに聞いてみた。
「お前、ブレザーでも欲情する？」
女王たちの高校に入り込むために、もう制服は用意してある。
それは、兵部がいつも着ている黒のツメエリではなく、淡い色のブレザーなのだけれど。
「あなたなら、何でも」
そうさらりと答える男に、兵部は機嫌よく笑った。
「ヘンッタイ・・・」
くすくすと、機嫌よく笑うこの人が、べつに何を着ていようが。
中に収まっているのが、この肢体と人格であれば、真木はかまうことはないのだが。
「いい年して何やってんだとは、思いますけどね」
「僕は永遠の１７歳だ」
「はいはい」
ぽんぽん、と、まるで本物の子供相手のように頭を撫でてくる手のひらに。
兵部は、まるで。
本物の子供のように、笑った。