Trick and Treat！
まさか、この年で恋なんていうものを知るとは思わなかった。
丁度そんな年頃の女の子たちが、何やらきゃあきゃあと雑誌を見ながら騒いでいるのを横目に見ながら、兵部は思った。
プールサイドのテーブルに広げられた雑誌の内容は、『抱きしめたくなる愛されコーデ特集』とやらだ。
ああああああの中に混ざりたい。
そう思ってしまう自分がめちゃくちゃ嫌だ。
愛されコーデって、一体何をどうする気だ、自分。
いつものように中空に文庫本を広げながら、何故だか頭を抱えだした兵部に、話に夢中になっている女の子たちは気づかない。
代わりに。
「何やってんだ兵部」
のっそりと現れた赤毛の眼帯男に、びびび、と兵部のしっぽが太くなった（錯覚です）。
それでも文庫本が浮いたままなのは、身に付いた習性か、とっさに張った無駄な意地か。
「何だ、来てたのか」
答えた声も、上擦ったりはしない。
伊達に長く生きているわけではないのだ。
「おう。ボスからユウギリへのお使いだけどな」
ヒノミヤが振って見せたのは、主にオレンジと紫にカラーリングされた、菓子の詰め込まれた籠だった。
あんまり甘やかすのは感心しないが、幸い、彼女はそれを独り占めしないくらいに良い子に育っている。
「へえ、ハロウィンか。面白そうだな」
カボチャや、可愛らしい西洋風のお化けの柄でラッピングされた菓子を見ていると、うずうずと、騒動好きの血が騒いできた。
ユウギリに魔女の扮装でもさせたなら、きっと、とっても可愛いだろう。
紅葉に言って、子供たちの衣装を揃えさせてやろうか。
うん、そうしよう。
「みんな、ユウギリがどこにいるか知ってるかい？」
超感覚を広げて見つけることはたやすいが、子供たちとコミュニケーションを図ることと、彼らに能力を有用に使わせる意味もあって、兵部は側にいた女の子たちに声をかけた。
混ざりたい気持ちがまだ余ってたからとかじゃない。ホントに。
「ユウギリなら、マッスルと厨房にいたわよ。アンタ来るから、こないだ覚えたクッキー作るって言ってた」
「一緒に作りたかったけど、だから遠慮してあげたんだからね」
能力を使うまでもなく、澪とカズラがユウギリの行方を知っていた。
ていうか、ヒノミヤが来る情報を、なんで僕以外の連中ばかりが知ってるんだ？
「お、マジか？」
「喜ぶな、ロリコン」
ちょっとしたムカつきを、手近なヒノミヤにぶつける。
本末転倒に、兵部は気づいていない。
「おめーにだけは言われたくねえよ・・・」
「何だと？」
ぼやいたヒノミヤの腹に、どん、と念動力をブチ当てると、生意気なことに、奴はプールサイドギリギリで持ちこたえた。
「うぉっと！これごと落とす気かよ！」
「そっちは守るに決まってるだろ」
菓子の籠を盾に取るヒノミヤに、止めを刺してやろうとするも、急に距離を詰められて、兵部の力は発動する前に霧散した。
気がつけば、すぐ目の前に、青灰色の片眼。
「ユウギリにこれ渡したら、部屋行くから。待ってろよ」
「ーーーーっ！」
しかも、そう耳元で囁かれれば、閉じた文庫本をばちんと顔面に当ててやるのが精一杯で。
「っ、痛・・・・・」
「・・・・フン」
もろに鼻っ柱にブチ当たったらしいそれに満足しつつ、ほんの少しだけ心配を残しつつ。
兵部はテレポートで姿を消した。
行き先はもちろん、ヒノミヤが行くと言っていた、自分の部屋だった。
ユウギリに王女からのプレゼントを渡し、代わりにカボチャ入りのクッキーをたくさんもらって、ヒノミヤはそろそろ通い慣れてきた兵部の部屋へと続く通路を急いだ。
「これは、少佐の分」
そう言って、分けられていたクッキーまで自分に渡されたのは・・・深く考えない方が良さそうだ。
女の子って、凄い。
こういった方向では、兵部なんかよりずっと凄い。
礼儀正しくノックをしてからドアを開け、ソファの上でいつも通りに本を読んでいる兵部に「やあ」と視線も上げずに言われると、ヒノミヤだって、さすがに途方に暮れてしまうのだ。
シャワーを浴びて待っていてくれとまでは言わないが、ここまでいつも通りだと、むしろ身構えてしまうのは、経験の成せる業だ。
ここで前置きなくベッドに引きずり込んだなら、確実に罵倒とシャレにならない攻撃がセットで来る。
さすがにそれが照れ隠しだということくらい、もうわかってはいるのだけれど、その照れ隠しが及ぼすダメージがただ事ではないのだ。
下手したら死ねる。
さて、どうする俺。
『お使い』にもらった時間は２日間。明後日の朝に出勤していれば問題はない。
ここは大人しく、夜まで待つというのも手ではあるのだが。
「耳、真っ赤だぜ？」
つかつかと歩み寄り、ソファの後ろに回ってそう、その真っ赤な耳元で囁くと。
「ど・・・どこを見てるんだ！？」
ばっ！と、今度は顔ごと真っ赤になって、涙の滲んだ瞳で睨まれた。
色が白いから、血が上るとすぐにわかっちまうんだよなー、と思いながら、ヒノミヤは、真っ赤なそれに唇が付きそうな距離で。
「だから、耳」
「ひゃっ！」
兵部が飛び上がったせいで、唇に触れたふにふにのそれを、思わずはむ、と食んでみた。
普段は冷たい兵部の肌の、特に末端はいつも冷たい。
そのはずだというのに、そこは体温の高いヒノミヤの舌よりも、高い熱を持っていた。
「ちょ・・・や・・・っ」
兵部は、自分から相手のプライベートスペースに踏み込みのは大好きだが、相手から踏み込まれるのは慣れていない。
力を失ったヒノミヤでも、威嚇の雰囲気を読まずに踏み込んでしまえば、それだけで兵部は動けなくなる。
後ろから抱き込んでしまえば、ばたりと文庫本が落ちた。
彼がオチた証拠だ。
よし、もう大丈夫。
「兵部、ベッド行こうぜ」
「いや、でも、しかし。まだ明るいぞ」
兵部が目に見えてキョドった。
おろおろする兵部京介など、見られるのはヒノミヤだけだ。
「ああ。おまえの綺麗な体、よく見せてくれ」
びびくん！と腕の中の体が目に見えて震えた。
やばい、マジで可愛過ぎる。
「シ・・・シャワーを浴びてくる・・・・」
どうやら観念したらしい兵部に、ヒノミヤは追い打ちをかけた。
「いらねえよ。おまえ、なんかいっつも甘い匂いするし」
「するか、馬鹿っ！」
どうやらやり過ぎたらしい。
今度は暴れだそうとする兵部の体を、ヒノミヤはとっさに抱き上げた。
「うわっ！」
日本語で言う、お姫様抱っこというやつだ。
この名称を知ってから、ヒノミヤがこれをする頻度は確実に上がった。
「おまえ、また軽くなってねえか・・・？」
「おまえがバカ力なんだ！」
念動力でいつも浮いていても、他人に抱き上げられる不安定さには耐えられないらしい。
こうすれば、兵部はいつも、ほとんど反射でヒノミヤの首にしがみついてくるから。
「はーいはい。お姫様一人ご案内ーっと」
「誰がお姫様だ！」
がつ、と顎に頭突きを食らったヒノミヤは、それでも垣間見えた額の傷に、ちゅ、とキスをするに留めてやった。
ベッドの上での兵部は可愛い。
いや、いつだって兵部は可愛いのだが、普段は凶暴性も兼ね備えているので、可愛さだけを堪能するには、やっぱりちょっと怖いのだ。
いやまあ、ベッドでも凶暴だけどさ。
それはあれだ、可愛い暴君ってやつだ。
「何を考えている」
ベッドに下ろして、キスをして。
学ランのボタンに指を掛けたところでそう言われ、ヒノミヤは少しヒヤリとした。
思考を読まれた訳じゃないのはわかってる。
あんなん読まれてたら、確実にぶっ飛ばされてる。
「いや。おまえは可愛いだけじゃねえのがいいよなって」
可愛いだけがいいのなら、こんな厄介な奴は選ばない。
そんなことは明白だ。
「僕のどこが可愛いになるのか、理解に苦しむな」
そう言ってのける兵部は、さっきの澪たちからさえも、「少佐って、彼氏できてから凄い可愛くなったよね」「恐るべし彼氏持ち・・・」などと言われていることに、全く気づいていない。
「勝手に苦しんでろ」
軽く笑われてムッとして、尖らせた唇にキスが落ちた。
ヒノミヤのキスは巧い。
巧い、と、思う。
他を知らない兵部に、比較対象は存在しないのだが、この自分がキスごときで黙らされてしまうのだがら、たぶんとっても、凄く、巧い。
舌を、食べ物か何かのように舐められ、噛まれ、あふれた唾液ごと吸われて。
じん、と痺れてしまったところで、トドメのように舌の根を、尖らせた舌先でくすぐられる。
「んっ・・・」
飲み込む隙を与えられず、こぼれた唾液が頬を伝っていくのが、気持ち悪いよりももったいない。
それは、ヒノミヤも同じだったのだろう。
ふは、と、息を継いでから、熱い舌で頬を舐められ、兵部はふるりと身を震わせた。
口の中を舐められるのも気持ちがいいけれど、外側を舐められるのも、凄く、イイ。
そう思ったところで、今度はべろりと、胸の真ん中を舐められた。
「ーーーーっ！」
学ランとシャツは、キスに夢中になっている間に、すっかり肌蹴られている。
この駄犬は、妙に手癖が悪いのだ。
「舐めるな！」
ここに来て初めて、兵部はシャワーを浴びていなかったことを後悔した。
でもいやだって、そんな期待しているようなことができるか！
部屋で待っていた時点でアウトなのだが、この朴念仁は、そこまで頭が回らない。
「だって、おまえ甘ぇんだもん。菓子みてえ」
実際、兵部の肌は繊細な菓子のように、舌に甘く、滑らかだった。
肌と傷跡の舌触りの違いさえ、とろけるように旨く感じてしまう。
「な、にが・・・噛むなぁっ！」
かり、と胸の赤みに歯を立てられて、びくり、と背が浮いた。
言葉とは裏腹に、もっと食べて欲しいというように。
「へえ」
「ふあっ！」
浮いた背中に下から手を突っ込んで、背筋をつうっと撫でてから。
「でも、お菓子くれなきゃ、イタズラしちまうぜ？」
言われたその言葉の意味を、もうだいぶ回らなくなってきた頭で考えて。
「そ・・・それは、どっちも一緒だろう！」
兵部はやはり、回らなくなってきた舌を縺れさせて叫んだ。
お菓子が自分で、イタズラされるのも自分なら、そんなの何が違うんだ！
「そうかぁ？」
しかし、ヒノミヤは悪びれない。
「まあ、菓子やるからさ。大人しくしてろ」
「ふぐ・・・」
口の中にクッキーを突っ込まれ、兵部は目を瞬かせた。
さすがユウギリ、美味しいじゃないか。
多分にマッスルの手が入っているのは間違いないが、それは気づかなかったことにする。
むぐむぐと、突っ込まれた端から菓子を咀嚼していく兵部が可愛くて、ヒノミヤは、兵部の口が開く前に、続けて追加を突っ込んだ。
「む」
ユウギリが作ってくれたものを、吐き出すという選択肢のない兵部は、また、むぐむぐとやり始める。
その隙に。
「ふ・・・・っ！」
ずるり、と学ランのズボンを引き下ろされて、兵部は口の中のクッキーを吹きかけた。
「吹くなよ」
「ん、ぐ、っ、吹くか！」
じたじたと暴れる脚をいなしながら、ヒノミヤは兵部に口付けて。
クッキーで口の中がちょっともさもさしていた兵部が、積極的に吸いついてきた隙を見計らい、下ろしたズボンを、すっかり脚から抜いてしまった。
もちろん、下着ごとだ。
「ぅんっ！」
ベッドで下着を取ったくらいで騒ごうとする恋人だから、もちろん、すぐにはそこには触らない。
背中から腰へ手のひらを滑らせ、そのまま脚を撫で下ろす。
「ん・・・ふ・・・・っ」
兵部は、腿のあたりがやたらと弱い。
いや、弱いといえば全身性感帯の弱さなのだが、ここは後ろと性器とその周辺と、それから乳首と傷跡の次くらい。ちょうど、背中と首と脇と同じくらいに、弱い。
・・・・いやうん、だから体中弱いんだって。
まあ、そうしたの俺なんだけどな。
そう思えば、愛おしさもひとしおだ。
大きな手のひらでやんわりと、包み込むようにしながら撫でてやると、ふるふると震える肌の感触が生々しくて。
ああ、ここも甘いんだよなぁと思うと味わいたくてたまらなくなって。
やっぱり甘い舌をむさぼっていた唇を離し、ふは、と息をついたそれを、ぺろりと舐めてやってから。
「うんっ・・・」
はく、と、腿の一番内側の、柔らかいところを頬張るようにしてやると、口の中いっぱいに、甘い肌の匂いが充満して。
舌先に触れる滑らかな肌は、とろけるように、甘くて。
そうして同時に、膝がばねのように跳ね上がるのだ。
「ぶっ、こら、何しやがる」
まあ、こう来ることはわかっていたので、蹴られた腹筋は、力を入れて防御していた。
その膝を掴んでいなし、しかし睨み上げてくる潤んだ瞳に心臓を跳ね上げさせながら、膝裏から腿の際どいところまでをゆっくりと舐め上げてやると、押さえた脚がびくびくと跳ねて。
それから視界の端を、白い腕が伸びてくるのが見えた。
やべ、殴られる。
そう身構えたヒノミヤだったが、その手は予想外の軌道を描き・・・ぐい、とヒノミヤの赤毛をひっ掴んだ。
「で・・・ててっ」
殴られはしなかったが、痛いことには変わりなかった。
しかし、兵部はそのままヒノミヤの頭をぐいと引っ張り上げて。
そのまま乱暴に眼帯を外すと、とろりと潤んだ闇色の瞳で、その双眼をぐうっと睨んだ。
そうしてたぶん、真っ赤になった頬がヒノミヤをどきどきさせていることに気づかずに、薄い唇を開いて。
「さっさと、しろよ、バカ」
そんな、可愛らしいことを言ってくれるから、困る。
「急ぐな。・・・待ってろよ」
ヒノミヤだって、早く兵部が欲しいのだ。
あんまり煽らないで欲しい。
ちゅ、ちゅ、と宥めるようにキスをして、甘い唇を黙らせてから、ヒノミヤは額、首、胸、腹と、順番にキスを落としてやって。
頭を持ち上げかけている兵部のものをどうしてやろうかと考えて、あまり何度もイくと限界が早い体のために、ちゅ、と可愛らしい先端にキスしてやるのに留めて。
それでもひくんと浮いた腰を捕らえて、そのまま、よいしょと抱き上げる。
もちろん、脚の間から、だ。
「ひゃぁっ！」
素っ頓狂な悲鳴を上げた兵部は、しかし、今度は暴れなかった。
ただ、顔を真っ赤にして、必死に明後日の方を向いている。
いや、自分から強請ったんだから当然だろ。
あんまり可愛いその様子に、そう理由をつけてやらないと、後先なしに襲いかかってしまいそうだ。
これが「KAWAII」か、これが「MOE」かと、彼と関係を持つようになってから、ヒノミヤは驚愕したものだった。
これがわかるのは、一応日本人の血が入っているからだろうか。
記憶もおぼろな、じいちゃんばあちゃんありがとう、だ。
まあ、こいつ自体が、たぶんヒノミヤの祖父よりも年上なのだが。
その、とんでもなく年上の少年の体の、ヒノミヤを受け入れてくれる口に、キスをする。
「だっ！から、そんなとこ、舐めるなって！」
これは、いつものやりとりだ。
しかし今回、ヒノミヤにも言い分がある訳で。
「でも、ゼリーとか嫌いなんだろ？」
「あれは、おまえが中になんか入れるから！」
どうやら、この間のセックスで、潤滑ゼリーをチューブこと突っ込んで濡らしたのが、引きずるほど嫌だったらしい。
中までよく濡れて良かったんだけどな、と思ったが、ここは引いてやることにする。
「わかったわかった、中まで突っ込まなきゃいいんだな？」
「本当にわかっているのか君は！」
どーだろなーと、思っていても、声には出さない。
忘れた頃にまたやってやろうと思う程度には、あの時の兵部は可愛かった。
いや、今も十分可愛いのだが。
「んじゃ、お菓子くれないんでイタズラします」
「だからその理屈はおかし・・・・あんっ」
ちゃんと宣言して、ちゃんと、潤滑ゼリーで指を濡らして。
ゆっくりとそこに押し込んでやると、甘い声をかみ殺してから、兵部は黙った。
大丈夫わかってる。可愛がってやれば、すぐに可愛く喘ぎだす。
きつく締め付けてくるそこは、初めはどうして自分のものが入るのかと不思議になるほどに狭いが、ゆっくりと抜き差ししてやれば、入り口はふっくらと綻んで、中はゆるゆると蠢いてくる。
これは、ヒノミヤが教え込んだ。
ヒノミヤのためだけの、反応だ。
そう思うと、たまらなかった。
「ん、ふ、ン・・・・っ」
やがて、堪えきれない声が漏れ始めれば、兵部も随分良くなってきた証拠だった。
そこを見計らって、ゼリーを足して、指も足す。
「うんっ・・・・」
襞の柔らかいところをかき混ぜるようにしてやると、びくんと脚がひきつって、丸い踵がシーツを蹴った。
「気持ちいいか？兵部」
「っ、いちいち・・・」
そこまでは声を張ったのに、最後の「聞くな」だけ小声とか、反則だと思う。
ヒノミヤもいい加減限界が近い。
でも、まだ、もう少し。
大事な恋人に、辛い思いなんかさせたくないから。
更に指を増やして、ぐちゃぐちゃとわざと音を立てて出し入れする。
気分を盛り上げるためにわざとしているのだけれど、兵部としてはその音は、痛いよりもよっぽどダメージだと、ヒノミヤはまだ気がつかない。
「ヒ・・・ノミヤ、もう、いいから！」
これ以上、聞かされてたまるかと声を上げれば、『え、いいの？』と書いてある顔がこっちを見た。
いいわけあるか。
だけど、もういいから。
兵部の方は、既に訳が分からなくなりかけている。
光のない瞳に光る涙があふれて。瞬くだけで、綺麗だった。
「・・・わかったよ」
入れる前に、ちゅ、とキスするのはお約束だ。
そうすれば、こういうときだいたいちょっとパニックになっている兵部も、多少は落ち着いてくれる。
くちゅりと指を引き抜いて、脚を抱えて胸を合わせるようにすると、自然と首にしがみついてくるようになったのは、わりと最近のことだ。
ヒノミヤの頬に、銀色の柔らかな髪が擦り寄せられる。
甘い汗がふわりと香って、ああ、食っちまいてえと本気で思って。
その欲求に、忠実に。
ヒノミヤは、ヒノミヤだけの特別な『お菓子』を食らう。
「ぅん、ん、んんんーーーーっ！」
未だ慣れない衝撃に、上がりそうになった声を殺すため、がっぷりと肩に噛みつかれ、食われんの俺かよとちょっと苦笑いして。
「いやちょ・・・兵部さんマジ痛い」
萎えるからやめて、と必死になっておどければ。
「こ、これくらいでおまえが萎えるかぁっ！」
やっと口を離してくれて、耳元で大音声が返ってきた。
事実、ヒノミヤのものは兵部の中をしっかりと押し広げたままなのだ。説得力はない。
むしろ、ちょっとくらい萎えろというのが兵部の正直なところだ。
だって、ヒノミヤのものは、大きすぎて。
兵部の中の、どこもかしこも、苦しいほどに彼でいっぱいになって。
そうすると、どうしても。
どうしても・・・感じて、しまうのだ。
怒鳴ってからは、ただ腕の中でふるふると震えるばかりの兵部が可愛くて、ヒノミヤは銀色の頭を撫でて、真っ赤な耳元に囁いてやる
「ああ、萎えてねえから。・・・気持ちよくしてやるぜ？」
だから大人しくしとけ、と続ければ、もごもごと意味不明な抗議と思われる声と、きゅう、とただでさえ狭いそこを引き絞ってくる感触。
なんだかこそばゆくなって思わず笑うと、ヒノミヤは言葉を違えないために、ゆっくりと、兵部の中で動いてやる。
「ふ、ぇ・・・・」
色気のない声は、まだ、感じ切れていない証拠だ。
だからヒノミヤは、宥めるように抱いた背を撫でて。
耳に、頬に、唇に。幾度も幾度もキスしてやって。
萎えないでいてくれた兵部の前も、ちゃんと愛撫してやって。
ゆっくりゆっくり、脅かさないように、怖がらせないように。
今すぐにでも、食らい尽くしたい欲望を押さえながら。
ただただ、いとおしい体を愛してやると。
腕の中の幼い肢体は、極上の『お菓子』へと変わる。
「ん、ふぁ、あ・・・・っ」
中が熟れてくるのに少しだけ遅れて、声が甘くなってくればもうこちらのものだ。
「イイか？兵部」
「ん、んっ」
こくこく、と頷きながら、つたなく腰を使おうとしてくるのがたまらない。
お返しにと、奥深くまで突いてやりながら、ヒノミヤは自分だけの貴重な『お菓子』を、存分に味わうことに没頭した。
「甘いもんやったのにイタズラされた・・・」
ユウギリのクッキーをつまみ上げ、兵部は呆然と呟いた。
一体何度イかされたのか、正直、途中から記憶があやふやだ。
時間も、もう夕食を過ぎている。
・・・もっとも、熱いもので満たされ続けた腹では、このクッキーのひと欠片で、もう一杯になってしまいそうだったが。
「あ、自分が甘いってやっと自覚したか」
ベッドから動かない（ていうか動けない）兵部にミルクのカップを渡してやりながら、そんなことを言う男の顔面に、兵部は無言で枕をぶつけた。
堅いものではなく枕なのは、兵部なりに恋人との甘い時間を過ごすための方法を、覚え始めた証拠だったのだが。
「んだよ。おまえだって俺のキャンディバー美味そうに下の口でしゃぶってたくせに」
顔の上に留まった枕を放り投げ、自分の分のジンジャービアをぷし、と開けたヒノミヤの言葉の意味を、一拍遅れて理解したとたん。
そんな気遣いは、あっと言う間に吹っ飛んだ。
「下品な例えをするなぁっ！」
「ぶっ！」
開けたばかりの炭酸飲料の缶を、がつ！と鼻っ柱の一番痛いところにブチ当てられて、ヒノミヤは一瞬悶絶した。
しかも、跳ねたジンジャービアが目に入って超痛い。
眼帯を付けなおした後だったから、片目で済んでちょっと良かった。
でも。
「・・・美味そうにしゃぶってたのは、否定しねえんだ」
「ーーーーっ！！」
兵部はただ真っ赤になって黙っただけで、やっぱり否定はしなかった。
本当に、ヒノミヤの恋人は、時々凶悪に可愛いから困る。
ヒノミヤは思わず調子に乗った。
「なあなあ、マジでキャンディバーしゃぶってみねえ？」
照れ隠しにはくはくとクッキーをかじりだした兵部の腰を、ぎゅむ、と後ろから抱きしめて、ヒノミヤは銀色の髪に鼻先を埋めた。
ああ、甘くっていい匂いだ。
「・・・は？」
しかし、兵部は意味を取り損ねて不審げな声を上げた。
なんだろう、よくわからないが嫌な予感がする。
しかし、兵部の匂いに酔っているヒノミヤは、内腿から際どいところまで手のひらを滑らせて、性懲りもなく続けた。
「アイスバーもいいかも。冷たくってキモチイイんじゃねえかな。ああそうだ、チョコバー突っ込んだらさ、溶けてゼリーの代わりになんねえかな。あ、ゼリーっていや、ゼリービーンズ詰めてみんのも・・・」
そこでやっと、兵部はヒノミヤが言っていることを理解した。
そうして、止せばいいのにユウギリたちから時々もらう可愛らしいキャンディを、今にもヒノミヤの指が触れそうな、その恥ずかしい場所に入れられる自分を想像してしまい。
「出てけーーー！！」
冗談抜きで、ヒノミヤを、カタストロフィ号の外へ放り出した。
もちろん外洋でのことだから、大音声を聞きつけた真木が、嫌々ながら助けてくれなければ、危うく命に関わるところだった