遠い背中
その細い体に深々と突き込みながら、真木は眼下にのたうつ白い背中に指を這わせた。
銃弾の抜けた歪な傷跡が、まるでそれ自体が生き物のようにゆるゆると蠢き、真木をいっそう幻惑させる。
背から指を離し、その腰をよりいっそう引き寄せて、傷跡の上端に口づける。
「っ、あ・・・・・っ！」
とたん、逃げを打つように伸び上がった体を押さえ込み、好き放題に犯したい欲望を散らしながら、どくどくと激しい鼓動を刻む胸を抱いて、その体を膝の上に抱き上げた。
「ひぅ！」
とたん、悲鳴じみた矯声が上がり、あまりの深さに兵部の精が中空に放たれる。
「・・・すみません」
予想外の遂情に、ふるふると震える背中に唇を落とし。
達した直後の痙攣を押さえられない中に、引き絞られる快感を味わいながら、真木は低く謝った。
兵部の体力では、そう何度もイけないのだ。
それをコントロールするのも、真木の役目だというのに。
しかし。
「ばっ・・・か」
未だ中を押し開かれる快感に背を反らしながら、甘い声で兵部は情人を罵った。
「すげえヨかったんだ、謝るな」
ばか、と、繰り返される罵倒は甘く、ちらりと振り返った濡れた視線も、また甘い。
「それより・・・なあ、真木」
どろどろに甘い声で促され、真木は再び、抱き上げた背中に口づけて。
そのまま、そこで答えた。
「はい」
「っあ！あ、あーーーーっ！」
しっかりと掴んだ腰を深々と突き上げれば、感極まった声が上がった。
このままでは、またすぐに達してしまうな、と。
動きは緩くしつつ、しかし深さは変えずに。
愛しい背中を抱きながら、真木はその人の体に、彼の望む快楽を刻み込む。
「やっ、あっ、あ、あ、あン・・・っ」
淫らに乱れる背中に、感じ入ってのたうつ手足。
そのすべてが、愛おしかった。
セックスの後、真木はいつも、兵部の背中を抱くようにして眠る。
ベッドに置いて行かれるのが大嫌いな兵部だから、広い胸にぴたりと背中を付けられて、その心音を感じながら眠るのは、とても気持ちがいいのだけれど。
「おまえ」
隙間なく抱きしめられた体を少しよじり、それでも首だけ後ろを振り向いて。絡められた腕から自分のそれを抜き、後ろ手に炭素繊維混じりの髪を指に絡めて兵部は言った。
「僕の背中、好きだよな」
今、こうして抱きしめられているのもそうだけれど。
行為の最中、いつも執拗に口づけられ、指を這わされるのを思い出すと、じん、と背筋が痺れてくる。
「あなたのことは、すべて愛していますが」
そんなセリフをさらりと吐いて、真木はその人の頬に、額に口づけて。
「そうですね。背中は特に・・・好きかも知れません」
そうしてその言葉の通り、胸に抱いていた愛する背中に、ひとつ、ふたつとキスをした。
重すぎるものを負ったまま、それでもまっすぐに立ち続けることしか知らないこの背中を、少しでも支えたいと思ったのは、遠い子供の日のことだ。
あの頃から比べれば、手足も長く、大きくなって、出来ることも随分多くなったというのに。
この人のためにと、それだけのために努力してきたのに。
それなのにこの人は、この背に負ったものを、ほんのひと欠片さえも、代わりに背負うことを許さないのだ。
その苛立ちを知らしめるように、弾丸の抜けた跡に口づけ、舌を這わせれば、愛する背中がふるると震えた。
翼をもがれた跡のようなそれは、複雑な凹凸さえも美しく。
情欲とは別の、しかしひどく似た欲求のまま、真木は、そこにがりりと歯を立てた。
傷跡の残るような真似はしない。
所有の証を残したい訳ではない。
それはむしろ、懇願に似ていた。
少しでも。
少しでも、この体に自分を覚えていて欲しいと。
こうして、どうしようもなくあなたを愛する者が在るのだと。
「司郎」
まるで、子供の頃のように。
やさしく名前を呼ばれて我に返る。
夜目にも輝く、銀色の前髪の向こうから、闇より昏い瞳が真木を映していた。
「僕の翼は、とうに折れてる」
ここにあるのは、ただの傷跡。
遠い昔に時間を止めた、飛び立てなかった『何か』の成れの果て。
「おまえたちは・・・好きに飛び立って、いいんだぜ」
そうして欲しいと、彼が、切実に思っていることは知っている。
しかし。
「先程も言いました」
その頬に指を滑らせ、そっと首筋を撫で下ろして。背中の傷跡を辿って、腰の窪みまで五指を這わせ。
真木は真摯に、いつも通りの告白をする。
「あなたの、すべてを愛していると」
優しいところも冷酷なところも、聡いところも愚かなところも。
意地っ張りなところも、気まぐれなところも、迂闊なところも。
ひどく、愛情深いところも、すべて。
恋に狂う、とは、こういうことなのだろう。
この人の、すべてが愛おしくて仕方がない。
「あなたのいない空には、何の意味もない」
だから真木は、その、随分細くなってしまった背中を抱いて、口づけた。
折れた翼を愛するように。
重いものを負い過ぎて、痛んだそれを慰撫するように。
真木はただ、その背中を愛撫して。
兵部はただ、それを受け入れた。
互いに、もうそうすることしかできなかった。
もう。
そうすることしかできなかった、から。