とある８月７日のif
やっと、手に入れた。
この世でいちばん、美しいもの。
早乙女は、腕の中で徐々に体温を失っていく体を、いとおしさを込めて抱きしめた。
おびただしい血液が腕を濡らすが、その血潮さえ彼のものだと思うと、愛しくて。
白い頬を彩ったそれに舌を這わせれば、その味は甘露に等しかった。
見れば、漆黒の瞳は見開かれたままだ。
彼がその瞳に自分を映したまま逝ったのだと思うと、沸き上がった喜びに、はは、と思わず声が漏れた。
これで、君は私のものだ。
占領軍にも、君自身にも渡しはしない。
ゆるゆると血の抜けていく体を、横たえる。
血を吸った絨毯がべちゃりと音を立てた。
乾かないうちに、すべて舐め取ってしまいたいな。
そう思いながらも、早乙女は。
今しがた殺したばかりの少年の、その軍服を剥いでいった。
現れた白いからだ。
幾度か触れた、その柔らかな肌は変わらぬまま。
口づければ、まだ跡さえ残る。
しかし、この体の命は失われた。
二度と、私の元から飛び立ってしまうことはない。
これで、君は私のものだ。
永遠に。
「君は、いい子だね」
もうすぐ誕生日を迎える自分に、こんな素晴らしい贈り物をくれるのだから。
「本当に、いい子だ」
血にまみれた体を、舌で清める。
まだ、わずかに生気を残した彼の肌を。
体液を、味わう。
いくらでもそれの溢れる泉のようだった胸の銃痕は、しかし吸い続ければ、やがて枯れてただの肉の穴になった。
しかし、自分が彼につけた跡は、酷く感慨深いもので。
しばらくその跡を愛撫していた早乙女は、ふと思いついて顔を上げた。
もうひとつ。
自分のつけた、跡がある。
瞳と同じ、濡羽色の髪を撫でつければ、血を吸ったそれはぺたりと指に張り付いた。
額から、どくどくと流れ落ちていた赤い血は、もうすっかり出尽くしたのか、時折こぽりと溢れる程度になっている。
そこからこぼれる、まだ生あたたかい血を指にすくい。
舐め取り、また、すくい。
そうして早乙女は、その血にまみれた指を、京介の脚の間へ差し込んだ。
幾度か早乙女を迎え入れていたそこは、未だ命を失った瞬間の硬さを残していたが。
慣れた男のそれを覚えていたか、それともただの、生を失った肉体の経過か。
己の体液にぬるつく指を、難なく飲み込んでいった。
早乙女の口元が、思わず緩む。
既に血塗れのその笑みは、見る者がいれば鬼のそれだと判じるだろう。
しかし、ここには誰もいない。
早乙女と。
京介だったモノと。
それだけ。
力を失った脚を、両手を使って抱き上げる。
こうしてやったとき、京介は必ず恥ずかしがって顔を隠そうとしていたから、こうしてよくよく彼の顔を見ながら挿れられることは、とてもとても、喜ばしいことだった。
弛緩した肉の中は、まるで幾度か貫き、熟れてきた時のように柔らかかった。
あの吸い付くような襞の動きはないが、容易に奥深くまで到達できる快感は、満足のいくものだ。
体温が引きはじめているのもたまらない。
いつも火傷しそうに熱かったその場所が、ぬるま湯のような心地よさを醸すというだけで、早乙女の欲を加速させていく。
放つのは、早かった。
しかし当然、一度では満足できず。
早乙女は、その体を貪り続けた。
やっと、手に入れた。
この世でいちばん、美しいもの。
誘惑にあらがうつもりもなく、腕の中で揺れていた、力無い脚に歯を立てる。
若い皮膚は思いの外頑丈で、それが早乙女を悦ばせた。
ぶつ、と、己の歯でそれの裂けた感触。
その瞬間にも、達する。
咀嚼した肉は甘く。
早乙女は、もう他のことなど考えられず、その肉を犯し、貪った。
自分が歯を立てるたびに、徐々にかたちを損なわれていく、そのさまさえ美しい。
やっと、手に入れた。
この世でいちばん、美しいもの。
これが、あれば。
他のモノなど、もう、どうでもよかった。
